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【書籍化&コミカライズ】伯爵令嬢の責務  作者: ごろごろみかん。
アデライン・アシュトンの矜恃 〈前編〉
4/46

4.伯爵令嬢の責務

「っ……」


私は、思わず言葉を飲んだ。


なぜなら、その通りだったから。


悔しいことに、私は──。


アンドリューは驚いた、と言わんばかりに目を見開く。


「本当に?あなたは、意外と夢見がちな少女だったんだね」


「弁明はないというのですね」


「あはは。ただ驚いたんだ。あなたは、魔法学にしか興味が無いと思っていた。もっと言うなら、恋愛感情がないと思っていたよ」


グレイも、そう言っていた。

私は、そんなに婚約者に興味のなさそうな女に見えたのだろうか。


だとしても──それが、不貞に走る理由には、ならないと思う。


「僕に恋をしていたんだ?光栄だね。僕の愛はあなただけに捧げられるものでは無いけど、それでも僕はあなたと結婚するよ」


アンドリューは、もう隠し事は無いからなのか、流れるように話し出した。


(よく回る口だわ……)


気分良さげに話している男を見て、私はもはや引き攣った笑みを浮かべた。


不幸中の幸い、というのかしら。

燻った恋心は凍りついて、粉々に砕かれた。

自分に心酔しているようにも見えるこの男に、もはや夢は見ない。見られない。


「安心して?アデル。僕は、ロッドフォード公爵家に生まれた貴族の男だ。貴族なら貴族らしく、大人しく政略結婚に甘んじるさ」


「……そう、大した発言ね。つまりあなたは仕方なく私と結婚すると、そう言いたいのね。あなた、私のこと馬鹿にしているの?」


「まさか。あなたも貴族の娘ならわかるだろう?あなたにも、僕にも、貴族としての責任を果たす義務がある」


「それが、私たちの結婚だと?」


「少なくとも、僕はそのように考えているよ。この結婚は、ロッドフォード公爵家にも、アシュトン伯爵家にも利のある婚約だ。みんなそうしているんだよ、アデル。あなたは、知らなかったかもしれないけどね」


利のある婚約……?

私と彼の婚約は、お母様方の口約束で決まったもののはず。

そこに、政略的な意味合いも含まれた、と?


考え込んでいると、アンドリューが席を立つ。


「さて。話はこのくらいでいいかな。ああ、この話はご両親にしても構わないよ。恐らくあなたのご両親は、この話を聞いても婚約解消には踏み切らないだろう。何せ婚約を解消した場合の損害の方が大きい」


「ひとつ聞きたいのだけど」


「なんだい?」


アンドリューは、以前のように話す。

まるで、後暗いことはないのだと言うように。


いや、きっと本心でそう思っているのだろう。

彼に、罪悪感なんてものはない。


「今まであなたは私に優しく接していたけれど。あれも、演技?」


メイドが出した紅茶はすっかり冷えきっていた。

アンドリューは、それに一口も口を付けなかった。


「まさか!!僕は本気だったとも。僕は、博愛主義なんだ。あなたへの愛も、もちろん本物だよ。だけど光栄なことだね。優しいと、そう思ってくれていたんだ?きみ好みの優男の役は、ご満足いただけたみたいだね」


アンドリューは、殊更優しい声を出した。

いつも、私が聞いていた声だ。


「馬鹿にするのもいい加減にして」


「怒った顔もキュートだね、アデル。それじゃあ、次の夜会で会おうか。僕の婚約者はあなただ。それを、忘れないようにね」


言うだけ言って、アンドリューはさっさと帰って行った。




残されたのは、私ひとり。


侍女と侍従は、離れた場所にいたので会話まで聞こえていなかっただろう。

だけど、私が動く様子がないからか心配そうにこちらを見ている。


それは分かっていたけれど、それでも動くことは出来なかった。


ふつふつと込上がるのは──どうしようもない、怒り、だ。


「なっ……なぁ~~にが『怒った顔もキュートだ』よ!!馬鹿にしてるんでしょう!そうでしょう!!」


私はクッションでソファの座面を強く叩いた。

だいたい、なにあの態度!?


不貞行為がバレたって言うのよ!

もう少ししおらしくしなさいよ!!


『あなたも貴族の娘ならわかるだろう?あなたにも、僕にも、貴族としての責任を果たす義務がある』ですって~~!?


それが婚約者を裏切る理由になって!?

いや、ならないわよ!!


確かに、私はアンドリューが言うように夢見がちな娘だったのだろう。それは、私も認める。


だって私は、まさかアンドリューがほかの女性(ひと)と想いを交わしているなんて、想像もしていなかったのだから。


甘い、と言われたらそれまでだ。

私にもその自覚はある。


(だけど!!よりによって、よ?

それをアンドリュー(あなた)が言うのは違うでしょ!!)


先程言えなかった言葉達が次々に溢れてきて、私は意味の無い呻き声を零した。


「っ……。っ……!!」


(ずいぶん馬鹿にしてくれて、結構なことじゃない!!)


きっと彼は、私のことなど、大して役にも立たない魔法学の研究に没頭している、根暗な女、としか思っていないのだろう。


だから、このままなあなあで終わる、と思っているのだ。

そうに違いない。


その、タカを括った態度も……腹が立つのよ!



「あったまくるわ、もう……」


私を軽んじて、私を踏みにじる男にも。

そんな男に恋をしてしまった、私にも。


幻滅するし、腹が立つ。

怒りのあまり涙が滲む。


ぽた、とソファの座面に水滴が落ちた。


(……これは、怒りからくる涙だもの)


決して、悲しくはない。

苦しくもない。


私が思うのだから、そうなのだ。


(貴族なら、政略結婚は当たり前。

政略結婚なら、仮面夫婦は当たり前。)


そんなこと、私だって知っているわ。


ただ、夢を見ていた。

婚約してから三年。


この日々は、あまりに優しくて──私に、都合のいい幻だった、のだろう。


貴族の娘なら、その責務を果たさなければならない。

そうね。確かに、その言葉だけは正しい。私は、貴族の娘なのだから。



「だから、私は果たすわ。私は、私なりのやり方で伯爵令嬢の責務を」


私は小さく、そう呟いた。


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― 新着の感想 ―
魔法あるんだし、後悔するほど痛め付けてからボッシュートしちゃえばいいのに。
まあ、アンドリューの言うことも正しいわな。 彼ら彼女らは税金で食っている。その税金を払っているのは庶民であり農民。 彼らの結婚で両家に利があるなら家は安定する。 家が安定するってことは領地も安定するっ…
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