表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/46

3.異常事態

確かに、グレイは公爵閣下は自領から出てこないと言った。

だけど…


(まさか、ご夫人もいないとは思わないじゃない!!)


グレイは行儀見習いと称して、公爵邸への移住を提案したのだ。

それなのに、公爵邸(タウンハウス)の女主人たる公爵夫人が不在だとは思わないわ……!


(それなら先に言っておいて欲しかった……!)


という思いと、


(いえ。もしそれを先に知っていたら、間違いなくお母様たちは許可を出さなかったでしょうね)


という感情が混ざり合う。


馬車に乗り込むと、グレイが私を見て答えた。


「母は甘いものが好きだ。そして父は、母が喜べば後はどうでもいい、というひとだ」


「どうでも……」


「そうだな。俺の父親と、きみの父親はよく似ている、と言えば伝わるか?」


「え……」


私は、思わず目を見開いた。


(……お父様と!?)


お父様とよく似ている、ということは──


私は目まぐるしく思考を働かせると、辿り着いた答えを口にした。

それはつまり。


「公爵閣下は、ご夫人を愛していらっしゃるのね……」


「一言で言うなら、そうだろうな。こっちは、きみの父親より随分極端な性格をしているが……ああ、そうだ」


そこでグレイは、何か思い出したように顔を上げた。


そして、首を傾げ、私を見た。

さらりと、その白髪が胸元に滑り降ちる。


「公爵家には俺しか子供がいない。グルーバー公爵家の直系は俺しかいないから、自然、嫡男(おれ)が死ねば、爵位は親戚筋にいく。貴族社会では珍しい話だと思わないか?」


(それは……確かに)


ずっと、不思議に思っていたことだった。


グルーバー公爵家は歴史も古く、格式ある家柄。

それなのになぜ男児がひとりしかいないのだろう、と。


公爵夫妻はなかなか子が恵まれなかったのだろう。

彼らの子供はグレイしかいない、ということなのだから。


だけどそれなら、当主は愛人を持ち、男児を産ませる、というのが貴族の暗黙の了解だ。


(貴族にとって、最大の禁忌は家の血を絶やすこと)


直系男児以外が爵位を継承すれば、途端、格式が落ちるというもの。


(まあ、アシュトン伯爵家(うち)は継承させるほどの家柄でもないから、私が婿を取ることになっていたのだけど)


しかし、グルーバー公爵家ともあろう家がそうしているとは思いもしなかった。

私の沈黙をどう受け取ったのか、グレイはあっさりと言った。

その答えを。


「父が強行突破したんだ」


「……強行、突破?」


私は、彼の言葉を繰り返した。


上手く想像できず素っ頓狂な声を出すと、グレイが僅かに微笑を浮かべる。

してやったり、と言いたげな、悪戯っぽい笑みだ。


彼はこんな顔もするのね、と少し驚いた。


「口八丁手八丁、屁理屈に屁理屈を重ねてとにかく親戚どころか、王すらも言いくるめた。それが終われば、彼は俺を次期当主としてある程度使えるまで鍛えると、そのまま領地に籠ってしまった。それが、グルーバー公爵家(うち)の実情だ」


「……豪胆な方なのね」


驚きながらも相槌を打つと、グレイが楽しげに笑う。

このひと、ほんとうによく笑うようになったなぁ……。


「面白いだろ。おかげで俺は、次期当主として問題事を起こさない限りは、自由行動が許されている。王都の公爵邸(タウンハウス)で俺しか住んでいないのも、父上が俺に関与してこないのも、そこに理由がある」


「……あなたが公爵家嫡男の責務を果たしている限りは、閣下はあなたのすることに口を出さない、ということ?」


「ああ、そうだ。随分楽をさせてもらっている」


そう言うと、グレイは背もたれに背を預けた。


彼はあっさり言うけれど──それって、相当大変なことなんじゃないかしら……?


今まで、私はグレイが普段何をしているかなんて考えたことがなかった。

恐らく研究にかかりきりなのだろうと思っていたのだ。


だけど──


(彼は公爵家嫡男の義務も果たしていたのね……)


グレイの就寝時間は遅いようだ。


魔法学院から戻っても、夜遅くまで部屋の明かりがついているらしい。

そして彼は、朝も早い。

週に二、三回は私が朝食を摂るよりも先に家を出ることがある。


「……私にも、なにか、できることはないかしら?」


「きみに?」


その言い方は、『きみに何が出来る?』とか、そういった声音(もの)ではなくて。

ただ、驚いているようだった。

動揺しているようにも見える。


私は頷いて答えた。


「ええ。契約上とはいえ、私はあなたの婚約者になったのだもの。私に出来ることは、手伝わせて欲しいの。力不足かもしれないけれど……」


「いや、そんなことはない。実を言うと、きみの提案はかなり有難い。実はな」


彼は、静かに彼の事情を話し始めた。

それは、公的な場所に出る際、パートナーがいないと目立って困る、という話だった。


それを聞いた私は、ぽん、と手を打つ。


まさにそれは──


「私の出番ね!夜会にホームパーティー、確かにそれは、付き添いがいないと酷く目立つでしょうね。でも任せて。次からは私が同行するわ」


グレイのように若い男性がひとりで出席するのは、確かに目立つだろう。

婚約者がいる以上、他の女性を連れていくのも差し障りが出る。

今こそ、契約婚約者の出番というものだろう。

私は胸を張って、胸元に手を置くと言った。


「社交界はあまり得意ではないけど、頑張るわ。あなたの足を引っ張らないように」


私が言うと、グレイはホッとしたように笑みを見せた。






というやり取りを経て、三週間。

王都からグルーバー公爵領のピュリフィエまではとても遠い。

船を経由しても、三週間という月日を要する。


私たちはピュリフィエにあるグルーバー公爵家の別邸に滞在すると、その足で採取へと向かった。

鉱石の採取は、グレイの案内もあり、何の問題(トラブル)もなく終えることが出来た。


別邸に戻ると、私は採取した鉱石で魔法水作り。

グレイは、彼が言っていた文献を探して出かけた。


異変はその日の夕方に起きた。


慎重に作成した魔法水がようやく出来上がった、と思った次の瞬間。


部屋の扉が、勢いよく叩かれた。

驚いて肩が跳ねる。

幸い、作り上げたばかりの魔法水を零したり、フラスコを倒したりはしなかったが──


私が扉に視線を向けると、この別邸のメイドと思しき女性が、焦ったように扉の外から声をかけてきた。


「大変です、アデライン様!!街が……街が……!!」


彼女の緊迫した声に、私は、この街に異常事態が起きていることを知った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ