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2.稀代の詐欺師


私の言っていたやりたいこと。

私の矜恃、私の思う貴族の責務ノブレス・オブリージュ


それは、セイクレッド国に伝わる、聖女伝説にあった。


『五百年前に封印された獣王が、ふたたび目覚める』


(おとぎ話のように曖昧模糊なそれ。誰も、信じてなどいない)


──そう、私たち以外は。


誰も信じていない作り話の伝説。


だけどもし、その作り話(それ)が真実だったら?


もし、本当に。

獣王が実在するとして、今年、復活するというのなら──。


その時、私には何が出来る?

今、私には何の用意ができる?


それが、私のしたかったこと。

私のやりたかったこと。


獣王の復活に備え、用意を進めておくこと。


もし、誰かが聞いたのならバカバカしい、と鼻で笑い飛ばすだろう。


『獣王などいないのだ。あれは物語の中の存在。そんなしょうもないことに人生を捧げる暇があるのなら、もっと有意義な使い方をしろ』


とそう言うだろう。

実際、過去、教師からそう言われたことがあった。

その経験があるからこそ、私は本当の理由を安易にひとに話さなくなった。


獣王は、百の呪いと、十の毒素を持つという。

百の呪いは常に放たれており、十の毒素は血液に流れている、らしい。


(セイクレッドには、聖女の生まれ変わりである王女殿下がいらっしゃる)


だけどもし、彼女に聖女の力(そんなもの)がなければ?


私が何かをする必要はなく、そもそも獣王が復活すること自体が有り得ないのだから、私の努力は無駄に終わる可能性の方が高い。


それでも、私は私に出来ることをやりたかった。成し遂げたかった。


これは、私の意地で、私の矜恃(プライド)だ。


杞憂に終わるのならそれでいいの。


それなら、それはそれで、懸命に熱意を注げたものが残る、というだけなのだから。


だけどもし、獣王が復活したのなら、私は──。





私とグレイが正式に婚約を結んで三ヶ月。


グレイは、よく笑うようになったと思う。

それは、婚約という関係を結んだために私に心を許してくれたのか。


それとも元々彼はこういうひとだったのか──つまり、親しくなれば笑みを見せるタイプのひとだったのか。


そのどちらかは分からない。

だけど、私は前者だといいな、と思うのだ。


グレイとの婚約は、思った以上に平穏な毎日だった。

アンドリューと婚約を解消してすぐ、婚約を結び直したことに社交界ではなにか噂されるかと思ったけれど、意外なことに私たちの話はあまり噂にならなかった。


というのも。


(王女殿下の話題が強すぎるのよね……!!)


それに全て隠れてしまった、と言っても過言ではない。

噂が噂を呼び、尾鰭どころか背鰭、臀鰭あたりまでついて、今やアンドリューは高貴な女性ふたりを手玉にとった稀代の詐欺師扱いである。


しかも、噂の内容は多種多様で

『既に王女殿下は懐妊だ』というものから

『王女殿下はエムルズ公爵令嬢に毒を飲まされたために悲劇が起きた』とか。


さらには、

『アンドリューの本当の愛はエムルズ公爵令嬢にあった』

『王女殿下の愛は他に向いていて、彼女にはお気に入りの役者がいる』

だとか、もはやどこから噂を仕入れたのか、というほど滅茶苦茶なものまである。


とはいえ、王女殿下の奔放の噂の原因は間違いなく、グレイのあの発言にあることだろう。


『私は、自分と血の繋がりがない子を、自分の子として我が家に迎え入れることはできない。この言葉の意味が、お分かりですね』


明確に、第三者との繋がりを暗喩した言葉だ。

あの場には、大勢の貴族がいた。

あの発言から様々な憶測を呼んだのは、想像にかたくない。






その日、私は朝食の席でグレイに言った。


「ピュリフィエの街に行こうと思うの」


「ピュリフィエ?」


パンを齧ったグレイが怪訝な顔をする

私は頷いて答えた。


「獣王が目覚める、と言われている時期まであと半年もないわ。徒労に終わる可能性の方が高いけれど、私は、私にできることは全てやっておきたい」


夕食はタイミングが合えば共に摂るけれど、互いに研究があり、魔法学院から戻る時間もばらばらだ。

そのため、タイミングが重なることは滅多にない。


そのため、なにか話がある時はこの朝食の席でするようにしていた。


グレイは私の言葉を聞くと、紅茶に口をつけてから、同意した。


「きみの気持ちは理解できる。何せ、俺も同じだからな。だけどどうしてピュリフィエに?」


魔獣学を専攻しているグレイだけれど、彼も、私と同じ理由で魔法学院に進むことを選んだひとだ。

私とグレイが、社交界揃っての変人だと言われているのは、私は貴族令嬢にも関わらず魔法学院に進んだこと。


そして、グレイは貴族、それも公爵家唯一の子供で、嫡男だと言うのに、魔法学院に進んだことが理由に挙げられる。

だけど、彼には考えがあった。


それは、彼も彼なりに、自身の貴族の責務を果たそうとしていること。


獣王は、元々、北の辺境、グルーバー領地で生まれたものだとされている。

詳細は伝承ゆえに曖昧だが、北の辺境、つまりグルーバー領に獣王が封印されていることは間違いない。


それに、彼は責任を感じているようだった。


『グルーバーが生み出してしまった厄災は、一族の人間がカタをつけなければならない』


魔法学院に入ってすぐ、私に尋ねられたグレイは簡潔にそう答えた。

それを聞いて、私と彼は動機こそ違うものの、目的は同じなのだと知ったのだ。


過去、グレイと出会った時のことを思い出しながら、私はピュリフィエに向かいたい理由を答えた。


「ピュリフィエでしか採れない鉱石があるの。今作っている魔法水は、獣王に有効だと思われるわ。……だけど、最後の材料がなかなか揃わなくて。最近、ようやく分かったのよ。最後のピースはピュリフィエにあるって」


私が言うと、グレイは少し考え込んだ後、顔を上げた。

ルビーによく似ている、紅の瞳と目が合う。


「ピュリフィエはグルーバー公爵領にある。俺が案内しよう」


「えっ!?」


まさか、グレイが同行してくれるとは思わず、私は素っ頓狂な声を上げた。

それに、彼が落ち着いた声で言った。


「俺も向こうで探したい文献があったんだ。案内人がいた方が、きみも手早く採取も済むんじゃないか?」


「それはそうだけど……」


……それじゃあ、彼のお言葉に甘えても、いいかしら?




そういうわけで、私は王都を発ち、ピュリフィエへと向かうことになった。

出立の朝、私は馬車に乗り込みながら、グレイに尋ねた。


「手土産はこれでいいかしら?お菓子なんて在り来りだったかしら……。もう少し捻ったものにするべきだった?そうだわ、グレイ。公爵ご夫妻に挨拶するにあたって、何か注意しておくべきことはある?」


──そう。


グレイと正式に婚約を結ぶことになり、グルーバー公爵邸に移り住むことになった、まではいいのだけれど。


王都の公爵邸(タウンハウス)に、公爵ご夫妻は住んでいなかったのだ……!


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