1.プレゼント交換
あの後、正式に婚約した私たちは互いに贈り物をすることにした。
きっかけは、グレイの言葉だ。
☆
私は研究を進めるため、また自身の研究室に通うようになった。
その日、私は作業が一旦落ち着くと彼の部屋を訪ねた。
この婚約について、細かい話をしておこうと思ったのだ。
私が彼の研究室を訪ねると、彼は研究室の片付けをしていた。
何でも、つい最近まで手掛けていた研究が大詰めで、ようやく落ち着いたところらしい。
室内は書類や物が散乱している酷い状況だったので、掃除を始めたのだという。
私も手が空いていたのでそれに付き合っていると、ふと彼が言った。
「婚約指輪なんだが、俺が決めて構わないか?」
「婚約指輪……?必要かしら?」
アンドリューから……というより、ロッドフォードの家から婚約指輪は貰っていたが、アンドリューとの婚約と、グレイとの婚約は違う。
この婚約は、あくまで体裁を整えるための、個人的な契約によるもの。それなら婚約指輪はなくても……と思ったのだけれど、グレイは私とは違う意見のようだった。
「必要だろう。契約に基づいたものでも、婚約は婚約だからな」
「……そうね。だけどあなただけに用意をさせるのもなんだか悪い気がするわ。私もあなたになにかプレゼントしたいのだけど、いいかしら」
「それこそ、必要か?気を遣わなくても構わないぞ?」
「いいのよ、私がしたいのだから」
そういった経緯で、私が彼に贈ったのは一点の耳飾りと、化粧水だった。
後日、私は改めて彼を訪ねた。
研究室でそれを渡されたグレイは、なんとも微妙な顔をした。
「これは?」
「ピアスと、化粧水よ」
特に、後者に至っては自信作だ。
なんと言っても、薬草学科の首席だった友人に協力してもらったのだから。
自信作を手渡されるとグレイは、まじまじとそれを見た。
繊細な飾り細工が施された透明瓶には、私が作成した魔法水がたっぷりと入っている。
「あなた、日焼けすると赤くなってしまう、って前に言っていたでしょう?痛みを伴う、とも。だから、普段使いできる日除け効果のある化粧水を作ってみたのよ!」
「…………」
グレイの反応は薄い。
(画期的なアイテムだと思ったのだけれど……)
この魔法水の凄さが、いまいち伝わっていないのかもしれない。
彼は無言で透明瓶を揺らしている。
中の液体がちゃぷちゃぷと揺れている。
私は、商品の良さをアピールする商人のように力説した。
「あなたは、敏感肌っぽい気がしたから、刺激の強い成分は使わなかったわ。薬草だけで作成するのは難しいから、そこは私の専門分野の魔法学で、仕上げをしたの。これで、あなたも日差しを気にせずフィールドワークができるっていうものじゃない?」
腰に手を当てて言うと、グレイは苦笑した。
「確かに便利そうだな。こういったものはあんまり使ったことがないんだが、せっかくだからな。今日から使ってみるよ」
「ええ!是非そうして」
私は頷いて答えると、次に、彼が持つピアスを指した。
「それと、これは化粧水のおまけのようなもの。友人との共同制作をしている時に聞いたのだけど、片方の耳だけに耳飾りをつけるのは【婚約者がいる】という意味らしいわ。この婚約を記念して、用意してみたの」
「へえ……そういう意味があるのか。知らなかった」
グレイは頷くと、それからピアスを白衣のポケットにしまった。
その時になって、私はようやく気がついた。
「……あら?グレイ、あなたもしかして」
「何だ?」
「……耳、開けていない?」
そう。グレイの耳に穴はなさそうだった。
そういえば彼が耳飾りの類をつけているところは見たことがない。
いや、そもそも男性がそういった装飾品を身につけること自体が珍しいのだけれど。
私の指摘に、グレイが納得したように言った。
「ああ。開けてないな」
「ごめんなさい……!リサーチ不足だったわ」
まさか、グレイがピアスホールを開けていないとは。
彼も二度目の婚約だし、もしかしたら王女殿下が過去、彼にピアスを贈っていたかもしれないと、てっきりそう思っていた。
私が慌てると、グレイは「いや」と言った。
「確かに今は開けていないが、こんなの針一本あれば済む話だろ、てきとうに開けてつけておく。それより、色々気を遣わせてしまったようで悪いな」
「そんなことないわ。あなたからもらったこの指輪、とても素敵だったもの。取るに足らないものだけど、お返しだと思って受け取ってちょうだい」
グレイからもらった指輪は、ダイヤモンドをサイドストーンに、アメジストをセンターストーンに置いた、煌びやかで美しいデザインのものだった。
特にダイヤモンドは、希少な石を使っているのか、見たことの無いほどの輝きだ。
汚したり、傷つけてしまったら悪いので、普段は引き出しの中にしまってある。
そんなわけで、私たちは互いにプレゼントを交換し、特にトラブルなく日々を過ごしていた。
予想外の出来事が起きたのは、それから三ヶ月後のことだった。