表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化&コミカライズ】伯爵令嬢の責務  作者: ごろごろみかん。
アデライン・アシュトンの矜恃 〈後編〉
29/46

29.実家に、帰らせていただきます

翌日、朝食の席に向かうと、そこは氷のように冷たい空気が広がっていた。

一体どうしたのだろうと思いながら、食堂に足を踏み入れる。


「おはようございます。お母様、お父様」


朝の挨拶をすると、お母様はにっこり笑って私に挨拶を返した。


「おはよう、アデル」


「……おはよう、アデル」


そして、お父様は顔を青ざめさせたまま意気消沈とした様子で言った。


その対照的な反応に、まだ夫婦喧嘩は続いてるのね……と、そう思ったのも束の間。


開口一番。

お母様がとんでもないことを言った。


「実家に、帰らせていただきます」


「──」


へっ……!?


椅子に座ろうとして、固まった。

驚いてお母様を見るが、しかしその目は本気だった。

決して、冗談で言っている様子ではない。


(……これは、まずいのでは?)


このままでは、お母様はエーデルに帰ってしまう。

お父様を見ると、それはもう、目も当てられない程に彼は動揺していた。


「待っ、待ってくれ!!ユーリッ」


ガチャンッとお父様の手がテーブルの上のティーカップに当たって、大きく音を立てる。

テーブルにぶつかりながらも、お父様はお母様に言い募った。


「確かに、あれは僕が悪かった。本来、僕はアデルを守らなければならない立場であったのに、攻めに出なかった。臆病に逃げてしまったんだ。それはきみの言う通りだ。だけど!」


「あら、答えは出ているんじゃありませんの。そういうわけで、アデル?わたくしと一緒に、エーデルに行くわよ」


「ユーリカ!!」


「…………」


(え、ええ……!?!?)


お父様の悲痛な声が、静かに食堂に響いた。


(私が……エーデルに……!?)


私は、数秒してお母様の言葉を理解した。

お母様は、もはやお父様の言葉に取り合うつもりはないのか、食後の紅茶に口をつけていた。

私は恐る恐る、彼女に尋ねる。


「お母様、それは本気なのですか?」


「もちろん」


お母様は当然のように頷いてみせた。


(そうよね……)


お母様は、そういった冗談を言わない方だ。


思わぬ展開に戦々恐々していると、私の懸念をどう受け取ったのか。お母様が安心させるように言った。


「安心なさい。後でアンジーにも伝えるつもりだから。お母様が、あなたたちにピッタリな婚約を整えてさしあげますからね。もう、二度とこんなことがないように、ね?」


「ユーリカ……!!」


お父様はまた叫んだが、お母様の反応はやはりない。


「…………」


気まずい沈黙が漂う。


あまりの空気の重さに、食事の配膳係が入口付近で入室を躊躇っているのが見えた。

気持ちは、すごくわかる。

私も許されることならこの場を退室したいくらいだもの。


私は、朝で鈍い思考回路を何とか動かし始める。


(つまり……つまり、よ?)


私がエーデルに行く……ということは。

チク、タク、チク、タクと、思考すること数秒、至って簡単な、そして当たり前な回答に行き着いた。


(私、もう魔法学の研究ができなくなってしまうということ!?)


それに気がついた私は、愕然とした。


(そ、それは絶対に嫌だわ……!!)


だけど、お父様とふたりで残るのも、それはそれで、差し障りがある。

お母様も絶対に反対するはずだ。

それに、アンジーと離れたくもない。


(どうしたら……)


いや、その前に、よ!?

どうしてこんなことになっているの!?

お父様は昨日、お母様と話をしなかったのかしら!?


咄嗟にお父様に視線を向けると、しかしお父様はお父様で何か考えていたらしい。

彼は、パッと顔を上げると叫ぶように言った。


「それなら、僕もエーデルに移住しよう!!」


「はあ!?」


驚きのあまり、思わず声を上げる。

お母様が、少しして言った。


「お断りだわ。あなたの移住は認めません」


「いいや、僕も行く。……ユーリカ、どうか許して欲しい。アデル、お前もだ」


「え……?」


名前を呼ばれ、突然許しを請われた私は、戸惑ってお父様を見た。

お父様は私を見ながら、眉を寄せ、言った。


「僕は……僕がしなければならないことをお前に押し付けてしまった。それを許して欲しい、アデル」


「それは──」


私がなにか答えるより先に、お母様がそれを鼻で笑い飛ばした。


「わたくしに言われてする謝罪に、何の意味があって?アデル、聞かなくていいわよ」


「お母様……」


お父様とお母様の板挟みになった私は、困惑に声を出した。


今ここにアンジーがいなくてよかった。

いえ、いないからこそ、お母様たちはこの話をしているのだろう。


お父様もお母様も、まだ八歳のアンジーの前では、口論は絶対にしないからだ。

お母様はゆっくり紅茶をソーサーに戻すと、キッパリと言った。


「ロッドフォード公爵への恩義があるのは分かりました。私が気になるのはその後よ。なぜ、その後始末をアデルがしなければならないのかしら?あなたの言う通り、あなたがするべきでしょう」


「…………」


お父様は返す言葉もないのか、沈黙してしまった。


またもや、重い空気が食堂に広がった。

それは息が詰まるほどで、配膳係のメイドがそっと、私たちから視線を逸らしたのがわかった。






その後、アンジーが食堂にやってきた。

それで、その話は一時中断となったのだ。


やはり、お父様もお母様も、まだ幼いアンジーの前で諍う様子は見せたくなかったみたい。

そのことに、心底安堵した。


もしアンジーが来ても口論を続けるようなら、私が連れ出さなければならないと思ったから。


その後はぎこちないながらも朝食をとり(お父様は屍のように静かだった)今、私は自室に戻っている。


ライティングデスクの前に座り、広げるのは一通の便箋。


宛先は、アンドリュー。


これが、お母様の言う【後始末】で、お父様が、しなければならなかった、と言っていたもの。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ