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【書籍化&コミカライズ】伯爵令嬢の責務  作者: ごろごろみかん。
アデライン・アシュトンの矜恃 〈中編〉
20/46

20.お願いがあります

「──」


その瞬間、私は絶句した。

理解してしまったからだ。


国王陛下は、今宵の騒ぎを、全てなかったことにしようとしている。

隠蔽しようとしているのだ。

王女殿下の言葉の真偽を確かめることなく、全てなかったことに──。


あまりの言葉に思わず目を見開くと、王太子殿下が国王陛下の前に出た。


「それは難しいのでは?何せ、こんなに目撃者がおります。人の口に戸は立てられない」


「それが?そうだとしても、たかだか噂に留まるだろう。噂程度なら、どうにでもできる。……皆の者、よく心得よ!この場の騒ぎは、何人(なんびと)足りとも口外してはならぬ。もし破ったものは──」


「破ったものは?何でしょう、セイクレッドの王よ」


その時、この場にまた新たな人物が登場した。

その、どこかで聞いたことのある声に私は思わずそちらに視線を向けた。


すると、そこには──


「伯父様……!?」


お母様の兄であり、エーデル国の王太子殿下が、そこにいた。


お母様と私と同じ、紫の髪。

細いフレームの黒縁の眼鏡は、神経質そうにも見える。

そのひとは、私を見るとにこりと微笑んだ。


「やあ、アデル。一年ぶりかな。また綺麗になったね」


「な──どうして、伯父様が……」


今夜の夜会には、伯父様──エーデル国の参加は予定されていなかったはず。

予定外のことに呆然としていると、伯父様の後ろから、お母様が顔を覗かせた。


そして、お母様は私と目が合うと、片目を瞑ってみせる。

その様子に、伯父様の参加はお母様の差配によるものなのだと知る。


「…………」


私は、思わず脱力した。

ため息がこぼれそうになって、既のところでそれを呑み込んだ。


恐らく、お母様は私を心配して、念の為伯父様を呼んでおいたのだろう。


エーデルの国王、つまり私のお爺様は今年、御歳六十四歳を迎える。

しかし、お爺様は年齢を全く感じさせないほどに壮健である。


そのため、伯父様は四十を経てなお、王太子という肩書きなのだ。


とはいえ、エーデル国王太子の伯父様が自国を離れるのは、相当の労力を要したに違いない。

無理を押して、来てくれたのだろう。

恐らくは、お母様と叔母様──そして、私のために。


そう思うと、胸がふわりと温かくなった。




「レオナルド王太子殿下……な、なぜこちらに」


国王陛下は、突然この場に現れた伯父様に、動揺しているようだった。

王女殿下も、涙の残る顔で伯父様を心細そうに見上げる。


伯父様は、悠々と場の中心地──私たちの傍に来ると、国王陛下に向き直った。


「妹たちが辛酸を舐めさせられている、と聞いて飛んでこない兄がいますか」


その言葉に、僅かに王太子殿下が顔を顰めた。

恐らく、『自分は行かないだろうな……』か、あるいはそれに近しいことでも考えたのだろう。


「セイクレッド王。話を聞くに、マリアンヌとユーリカは、気苦労を重ねているようだ」


その言葉に、私はお母様を見る。

お母様は、私を見るとふ、と薄く微笑みを浮かべた。


マリアンヌ叔母様はエムルズ公爵閣下の愛人遊びに悩んでいて、お母様は娘の私の事で悩んでいる。


伯父様は、そう言いたいのだろう。

彼は、軽蔑するような眼差しで国王陛下を見た。


「この件に関して、我がエーデル国は正式にセイクレッド国に抗議いたします。マリアンヌを貴国に嫁がせる際の条件と違いますからね。後日、書類を通してご連絡してもよろしいが……」


アデル、と伯父様は私の名を呼んだ。

顔を上げると、穏やかに伯父様は微笑んだ。

伯父様とお母様、そして叔母様の兄妹はよく似ている。


微笑むと穏やかなところとか。

そして、怒るととても苛烈なところ……とか。


「貴国は、どう誠意を見せてくれますか?」


「それは──…………」


国王陛下は、黙り込んでしまった。

気まずそうに視線を泳がせ、その後の言葉が続かない。


『マリアンヌを貴国に嫁がせる際の条件』


その言葉に、私は思い浮かぶものがあった。


エムルズ公爵閣下と叔母様は政略結婚だった。

つまりそれは、エーデル国とセイクレッド国の同盟であり、契約だ。


セイクレッド国は、マリアンヌ叔母様を嫁がせるにあたり、彼女の幸せか、あるいは不貞行為を禁ずるような文言でも入れていたのだろう。


しかしそれは果たされなかった。

伯父様はそのことについて、抗議しているのだと思う。


国王陛下がたじろぎ、王女殿下が不安そうな顔で自身の父親を見つめる。


その時、私はようやく口を開いた。


今なら、私の話も落ち着いて聞いて貰えそうだと思った。


「発言をお許しいただけますでしょうか」


「うん?アデル、どうしたんだい」


温和な声で、伯父様が答える。


そう、伯父様は普段、こういう方なのだ。

公園のベンチに座り、犬の散歩をにこやかに見守る。

それが趣味のような方なのである。


私は、伯父様を見て、それから国王陛下を見て、言った。


「私から、お願いがあります」


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― 新着の感想 ―
"私にお願いがある" なぜこの使い方に違和感を感じるかと言えば、「お願い」という謙譲の要素の入った二人称的な言葉を、 "私に考えがある" この用法と同じように使用しているためだと思います。 作者様的…
「私に、お願いがあります」て、日本語的に変じゃないですかね? 決め台詞なのに、違和感が先立つ
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