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【書籍化&コミカライズ】伯爵令嬢の責務  作者: ごろごろみかん。
アデライン・アシュトンの矜恃 〈前編〉
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2.夢の終わりと、一欠片の真実


私とアンドリューの婚約は、アンドリューのお母様の遺言によるものだった。

元々、私のお母様とアンドリューのお母様は親しくしていて、その時はまだ、口約束のようなものだったそうだ。


だけど、私が十五歳になったある日。

アンドリューのお父様である、ロッドフォード公爵閣下が本格的に我がアシュトン伯爵家に婚約を打診してきた。


社交界デビューは、アンドリューのエスコートを受けて行った。

何もかも煌びやかで、慣れない環境だったけど。

アンドリューが凄く優しくて、頼もしく見えたことだけを、覚えている。


彼の穏やかな水色の髪を見て、春の空が好きになった。

彼の聡明な青の瞳を知り、海が好きになった。


私はアンドリューが好きだった。


その後すぐ、私は社交界で婚約者探しをする必要もなくなったので、魔法学院へと入学した。


元々、魔法に強い興味を抱いていたのだ。

アンドリューも、私の入学を応援してくれた。


本来、貴族の女子が魔法学院に入学することは滅多にない。

そもそも魔法学院は六年制。

卒業を待つと、貴族子女は結婚適齢期を逃してしまう。

そのため、通常貴族子女は魔法学院に進むことは無い。


だけど私は、アンドリューという婚約者が既に決まっており、そしてアンドリューそのひとも私の入学を後押ししてくれたことで、魔法学院への入学が決まった。


私が魔法学院を卒業してすぐ、結婚する予定だった。


予定外だったのは本来六年制の学院を、私が飛び級制度を利用して三年で卒業したこと。

本来、二十一で卒業予定が、十八で卒業してしまったのだ。

そのため、結婚の予定も早まった。


二十歳を迎えたら、結婚しようと決まっていた。

今年、私は十九になる。


だから、来年アンドリューと結婚する予定だったのだ。


(『きみの花嫁姿が楽しみだ』……って、言っていたじゃない)


ぽつり、誰にもともなく心の中で呟いた。


今すぐ、先程の場所に戻ればいい。

王族専用庭園(ロイヤルガーデン)のすぐそばの回廊。


彼らはそこにいた。

今もまだ、きっとそこにいるはず。


だから、戻ればいいだけの話。

戻って、説明を求めればいい。


それで全て解決する。


(それなのに)


どうして、私の足は凍りついたかのように動かないのだろう。

どうして、私の手は動かないのだろう。


だって、苦しい。苦しいの。


まだ、完全に殺しきれない恋心が、見たくないと言っている。叫んでいる。


どうしようもなく、私は初恋を燻らせていた。




「……アデライン・アシュトン」


彼が、私の名前を呼ぶ。

そう言えば、フルネームで呼ぶ癖のあるひとだったな、と今になって思い出す。

学院を卒業してまだ半年しか経っていないのに、ずいぶん昔のことのよう。


私とグレイは、魔法学院に同時期に入学した。

専攻はそれぞれ、魔法学と魔獣学で異なっているので、さほど関わりはなかったが。


そして私も彼も、十八で魔法学院を卒業している。


彼は、銀髪に紅の瞳をしている。

無造作に髪をひとつにまとめているのは、魔法学院の時と変わらない。


彼の容姿で目を引くのは、その、あまりにも白すぎる肌だろう。

その肌は病的なまでに白い。昔聞いたことがあるが、どうやら日焼けしない体質のようだ。

日差しの下に長時間いると、肌が赤くなってしまうらしい。


グルーバー公爵家の人間は、誰もが白い肌を持っている。

あまりに真っ白なので、実は吸血鬼の末裔なのでは……?という噂があるほど。


彼の容姿の中で黒の部分があるとしたら、それは彼の左目下の涙ボクロくらいだろう。




「……きみはこれからどうする?」


尋ねられて、私は思考の波から引き戻された。


「これから」


私はグレイの言葉を繰り返す。


(どうして、彼は落ち着いていられるのかしら)


自分の婚約者が、ほかのひとと抱き合っているのに。愛を、囁いているのに。


私は、こんなにも──。


「見てのとおり、王女殿下ときみの婚約者はデキてる」


「デキ……。……!?」


思わず、その単語の衝撃に顔を上げる。

すると、グレイはしまった、と言わんばかりに視線を逸らした。


「失礼、品のない言い方だったな。つまり、互いに想い合う間柄だ。恐らく、あの関係は俺たちが結婚しても継続するだろう」


「……王女殿下は、アンドリューに、いつ婚約を破棄するのかと聞いていたわ。彼は、私との婚約を解消するつもりなのかしら」


「破棄?解消ではなく?」


そこでグレイは眉を寄せた。

どうやら、彼には彼女達の会話は聞こえていなかったようだった。


「責は向こうにあるんだ。こちらから破棄するならともかく、向こうが破棄するのは無理筋じゃないか?」


「私もそう思うわ。だけど、アンドリューはそう言ったの。ねえ、グレイ」


私は、彼の名を呼んだ。


魔法学院の中では、誰もが平等とされている。

そのため、基本的に魔法学院では相手を名前で呼ぶのだ。

私もそれにならって、グレイ・グルーバーをファーストネームで呼んでいる。


「私は、彼に事実確認をするわ。まずは、それが先決よ」


グレイと話していて、少しだけ平常心を取り戻す。

それは、彼がいつも通りだからこそ、だろう。


「誤魔化すんじゃないか?バカ正直に答える方が珍しいだろう」


「……そうだとしても。理由を、知りたい」


まだ、私は彼を信じてしまっている。

もしかしたら、なにか理由があるのかも──なんて、そう思ってしまっている。


もう、気付いているのに。

信じても、待っているのは手痛い裏切りだと。


「決定的なところを抑えない限りは、嘘をつくぞ。あの男はそういうタイプだ。後がなくなって初めて、本心を吐く」


辛辣なグレイの言葉に苦笑する。


「お互い、頑張りましょう」


「……そうだな。健闘を祈る」


少し、元気を取り戻したからか。

グレイがホッとしたようにそう言った。


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