19.女優顔負けの熱演
「残念だけど、きみたちの会話は全部聞いていたよ。お前の言葉が嘘だということは、他の誰でもない僕が知っている」
王太子殿下が、一歩前に出る。
王女殿下は、口元を押え、悲鳴じみた声を出す。
「!!お兄様……」
「諦めなさい。往生際が悪い。仮にも一国の王女だというなら、みっともない真似はするな」
「な──」
王女殿下がわなわな、と震えた時。
背後から場を威圧するような、低い声が聞こえた。
「何事か!」
(この声は──)
振り返ると、そこには予想外、いや、この場合は予想通り、かしら。
国王陛下がいらっしゃった。
「お父様……」
王女殿下が呆然とした声を出す。
いつの間にか、秘匿されるべき休憩室の手前。
その回廊は、人だかりで溢れていた。
これでは、ホールとこちら、どっちが会場かわからない。
参加者のほとんどが、この場にいるだろうということは、その人の多さで見て取れた。
「──っ……」
王女殿下はくちびるを震わせて、その場に現れた国王を見た。
国王陛下も、場を騒がしている張本人が、自分の娘だと気が付いたのだろう。
おや?と眉を上げた後、続けて王太子殿下を見た。
「エリック、これはどういうことだ?」
「違うの!!お父様、話を聞いて。私、この男に酷いことをされたのよ……!!」
王女殿下の叫ぶ声に、場がざわめいた。
王太子殿下の言う通り、往生際が悪い、というか。
是が非でも非を認めない、という意志の強さを感じる。
「わたっ……私、嫌だって言ったのに……!それなのに、このひとが……!このひとが、わぁああっ」
王女殿下は、そのまま顔を伏せて泣き出してしまった。
それに、思わず目を見開いた。
その言葉の内容に、ではない。
こんなにすぐ号泣できる王女殿下の精神に面食らった。
(矜恃とか、ないの……!?)
あまりにも哀れぶったその泣き声に、私はたじろいだ。
ここまでするの!?という思いと、なりふり構っていられない様子の王女殿下に、端的に言うなら引いていた。
彼女の声は震えていた。切実な声色だ。
自分の体を守るように抱きしめ、泣いている様子は、何も知らない人が見たら、胸を痛める光景だろう。
王女殿下の声にその場がざわつき、アンドリューが焦ったように言った。
「ジェニファー……!?何を」
(あ、失言──)
私がそう思った直後、火を噴くように国王が吼えた。
「ジェニファー、だと!?貴様、自分の立場がわかっているのか!」
「いや、違っ……。王女殿下とは、同意の上です!いえ、そもそも、最初に誘ってきたのは──」
「伯父様、この女はとんでもない悪女よ!!さっき、ここで熱烈なキスをしていたわ。見ているこちらが恥ずかしくなるくらい、熱いやつをね!!」
「何……!?」
国王陛下が唸る。
その反応を見るに、国王陛下はジェニファーの火遊びを知らなかったようだ。
メアリーの言葉に震え、泣き出したのは王女殿下。
「違うわ!!私、嫌だったの。本当、本当よ、お父様!信じて……!」
「父上、私も見ていましたが彼女──エムルズ公爵令嬢の言う通りです。私の妹は婚約者がいるにも関わらず、あろうことか自身の騎士を誘惑してみせたのです。彼にも、婚約者がいるというのにね」
そこで、王太子殿下が割って入る。
王太子殿下は、そのまま未だに泣いている王女殿下に向かって、言った。
「ジェニファー、猿芝居はやめなさい。そんなことしても、既にあなたの名は地中深くまで失墜している」
国王陛下は、もはや何が真実で何が偽りなのか、判断できなかったのだろう。
「…………」
しばらくの間彼は沈黙していたが、やがてその場に響き渡る低い声で言った。
「わかった」
「お父様……!!」
王女殿下が、悲鳴のような声を出す。
回廊は、私たちを中心にドーナツ状に広がりを見せていた。
本日、夜会に参加している貴族の大半がここにいるようだ。
遠目からうかがうようにこちらを見ながら、夫人同士で何か話し合っているのが、漣のようにこちらに聞こえてくる。
「……とうに?」
「まさか。……で……だもの」
途切れ途切れに彼らの会話が聞こえてくるが、何を話しているかまでは分からない。
恐らく、王女殿下の言葉が真実かどうか話しているのだろう。
会話には、私とグレイの名前もところどころ聞こえてきた。
針のむしろのような有様に、王女殿下は国王陛下に抱きつき、騒いだ。
そう、騒いだのだ。もはやそうとしか形容できない。
「ひっう、うああああ!!酷い。酷いわ!!私、被害者なのよ!?こんなことって……こんなことって、ないわ!!」
「はぁ!?あっきれる。この期に及んで、そういうこと言うのね!?あなた」
「あなたは、彼の共犯者でしょ!?共謀して私を、貶めようと……!」
「何ですって!?」
王女殿下とメアリーが口論を始めそうになった、ところで。
ゴホン、と大きな咳払いが聞こえてきた。
見れば、国王陛下が厳しい顔をして、王女殿下を見ていた。
そして、国王陛下は周囲を見渡すと、威圧する声で、言った。
「皆の者、ここで見たことは一切口外しないように」