15.結構、根に持つタイプです
そして、迎えた夜会当日。
予め合流場所を決めていたのもあって、私はすぐグレイと落ち合うことが出来た。
落ち合う、といってももちろん人目のないテラスなどではない。
会場の隅、偶然見つけた、という体でグレイが私に声をかけるのだ。
グレイはグルーバー公爵家の嫡男で、私は歴史の浅い弱小貴族の娘だもの。
私から声をかけると差し障りがあるので、ここはグレイに声をかけてもらう必要がある。
「ごきげんうるわしく。アシュトン伯爵令嬢」
「ごきげんよう、グルーバー卿。ずいぶんお久しぶりですわね。先日の件、なにか進捗でもございましたか?」
ここまでは気持ち声大きめで言うことにする。
私の様子に、グレイも困ったように笑った。
グレイが笑うのは珍しい、が、ここは社交場だ。
彼も、それくらいは取り繕えるということなのだろう。
そそくさと端により、周囲の視線が逸れたことを確認してから、私はそっと彼に尋ねた。
扇で口元を隠して。
「首尾はどう?」
「トラブルは特にない、かな」
「そこは上々、ではないの?」
私はちら、とグレイを見た。
ここまで、私のシナリオ通り。
あれから、私とグレイ、そして巻き込まれた王太子殿下の三人は、ある計画を練り、決行した。
その名も【王家主催の夜会で、不貞現場を抑えてしまおう!】というもの。
捻りがないわね。でも、わかりやすいと思うの、これくらいの方が。
この計画を成功させるために、このひと月、とにかく王女殿下を焚き付けた。
私とアンドリューはラブラブです、という嘘を吹き込んだのだ。
そして、アンドリューには王女殿下が不安定なようだと嘘を吹き込み、逢瀬の場を用意するよう誘導した。
私だけならともかく、グレイも共に協力してくれたので、信ぴょう性は増したことだろう。
先月、私は予定通り14日に王女殿下とお茶会をした。
王女殿下は、前回の件──大聖堂でのことを気にしていたけれど、私は全く気にしていない素振りを見せた。
本心は、別だけれど。
そして、その際、とにかくアンドリューとの仲の良さをアピールしておいたのだ。
『王女殿下の存在なんて全く気にしておりませんわ!!私たち、ラブラブですの!!』と執拗なまでに印象付けておいた。
王女殿下の反応は顕著で、戸惑いを隠せていない様子だった。
その証拠に、彼女が持つティーカップは小刻みに震えていたもの。
グレイにも、王女殿下には
『アンドリューとアデラインが円満である』
という嘘を吹き込んでもらった。
そしてアンドリューの方には私が
『王女殿下が私に嫉妬しているようだ』
と相談する素振りで伝えておく。
併せて、『王女殿下の悋気に晒されたら怖いから、夜会の日はなるべくそばにいて欲しい』とお願いすることも忘れない。
準備はこれくらいのものだ。
だけどこれが、思った以上の労力を要した。
今夜の王家主催の夜会に間に合わせるため、とにかく私は頑張ったのだ。
(とっ……ても疲れたわ……)
扇で口元を隠しながらも、このひと月の記憶に思いを馳せて、私は思わず遠い目になってしまった。
(思い出すだけで疲労するわ……)
あれ以来、私はアンドリューが絵に書いたようなナルシストにしか見えなくなってしまった。
そう思ってしまったからには、もう今まで通りではいられない。
何せ、彼のキザな振る舞いを目の当たりにする度に、鳥肌が立ってしまう。
寒い。とにかく寒いのよ……。
それを押し隠して微笑むのは、かなりの精神力が必要とされた。
だけど全ては、この婚約を破棄するため。
(王女殿下、あなたはすっかり忘れていると思うけれど)
私は、忘れていないわ。
あなたが、何を言ったのか。
あなたが、何をしたのか。
まだ言葉の意味が分からないからと言って、アンジーを侮辱したこと。
(ごめんあそばせ、王女殿下。私って結構、根に持つタイプですの)
されたことは、決して、忘れないのよ。
王女殿下に対しては、とにかく、『二度とアンジーに会わせてたまるものですか!』という気持ちが働いた。
そういう意味では、王女相手の方がモチベーションは高かったと言えよう。
──そういうわけで。
このひと月の努力がようやく実る。
しかし、油断は禁物。
まだ、完全に計画は遂行された訳では無いのだから。
気を引き締めたところで、隣のグレイがぽつり、言った。
「俺も、やれることはやっておいたさ。だけど、きみと彼の話を吹き込んだところで彼女の反応は薄かった。むしろ──。いや、とにかくそういう意味では、完璧とは言えないだろうな」
意図して、だろう。
グレイは名前を出さなかった。
だけど誰の話をしているかは分かったので私は頷いて答える。
「何回も聞かされて、新鮮さに欠けてしまったのかしら……」
「だとすると、腹の中では相当耐えかねていると見ていいだろうな。それに……きみがここにいる、ということは計画は成功したも同然だろ?」
「……そうね」
答えながら、私はホールを見た。
どんなに探しても、今、私の婚約者とグレイの婚約者はこの場にはいない。
──私の目論見通り、アンドリューは途中で私を放置した。
『ごめんね、王女殿下が呼んでいるから』
そう言って、悪びれもせず私を置いていった。
王女殿下との関係をカミングアウトして、その後、私が受けいれたように見えたから、許されたと思っているのだろう。
本当は、全く、なにひとつ許されていないと言うのに。
詰めが甘いのか、それとも相当、私は馬鹿にされているのか。
(私に大それたことなんて出来るはずがない、と……そう思っているのかしらね)
確かに私は事無かれ主義だ。
口論は苦手。ひとと争うことも苦手。
(だけど、だからといって、=何をされても許容する、というわけでは、ないのよ?)
アンドリューの不貞予告については、もちろん、笑顔で返したわ。
後はもう、タイミングを待つだけだもの。
そのタイミングを教えてくれるひと、というのが──
「やあ、お待たせ」
私が強制的にこの計画に巻き込んだ、王太子殿下、そのひとである。