14.話を聞いたからには協力していただきます
私の質問に、グレイは僅かに目を見開いたあと、静かに尋ね返してきた。
「どうしてそう思った?」
「理由は三つ。まず一つ目は、あなたは『受け入れようと思った』と言った。……その時は気が付かなかったけど、あとから思い返して思ったの。あなたの言葉は、過去形だったわ」
私は、人差し指を立てて、そう言った。
そして、残りの理由を口にした。
「二つ目。これが、本命と言っても過言では無いわね。王女殿下は火遊びをして、さらに私の婚約者と体の関係まである。……となると、あなたは、自分以外の子を、自分の子として迎え入れてしまう可能性がある」
貴族の女性が一夜の戯れを楽しむことは、ままある。
だけどその殆どは既婚で、子供を成した女性だ。
逆説的にいえば、貴族の女性は世継ぎの子を産むまでは貞淑さが求められる。
(当然だわ)
貴族の政略結婚は、その血が尊いものだと思われているからこそ結ばれる契約。
それが、どこの誰かも知らない第三者の血が入ったら、その途端、その血筋の正当性は失われてしまう。
家自体を乗っ取られる可能性だってあるのだ。
貴族の女性の火遊びは、結婚後、世継ぎを生んでから。
これは、誰もが知る不文律で、社交界の常識と言っても良いだろう。
だからこそ、私は王女殿下の奔放さに驚いたのだ。
私は三本目、薬指を立て、最後の理由を口にする。
「そして、三つ目。あなたは私に、『きみはどうする?』と尋ねた。あなたはあなたで、動くことがあるから、私にそう尋ねたのでしょう?私の行動によっては、手を組んでもいいと思ったから」
「一つ目、二つ目に関してはきみの言う通りだな。だけど三つ目は、つまり、きみのカンってこと?」
「そうなるわね。でも、私の知るグレイ・グルーバーはそういうひとだもの。魔法学院で知ったあなたなら、そういう物言いをする。そう思っての、三つ目よ」
「…………」
グレイは黙ってしまった。
自身の反応から考えを読み取られるとは思っていなかったのか、なんなのか。
彼は無表情でいることが多いので、表情から考えが読めない。
「……ふっ。……ふ……ふふ」
その時、噛み殺しきれなかった笑いのようなものが正面から聞こえてきた。
見れば、王太子殿下が口元を手で覆いながら、目を細め、笑っていた。
彼は私と目が合うと、もう限界だと言わんばかりに爆笑した。
「ははははは!いや、すまない。だけど面白いと思ってね。グレイが言い負かされているのを見るのは、初めてな気がするな」
「言い負かされてはいないんだが?」
グレイが、王太子殿下を睨みつける。
それに、王太子殿下は肩を竦めて言った。
「気に触ったか?まあ良いだろ。グレイ、答えてやれ。お前が何を考えているのか」
グレイは、王太子殿下をもう一度睨むと、疲れたようにため息を吐いた。
それから、ゆっくりと話し出す。
「……まあいい。アデライン・アシュトン。きみの言う通りだよ。俺は、彼女との婚約を解消するつもりだ。知らないうちに他人の子供を育てる羽目になるなんてごめんだからな」
まあ、そうよね。そうなるわよね。
グレイの考え方は至って当然だ。
そこでふと、私は気になって彼に尋ねた。
「この件、グルーバー公爵閣下は……?」
「知っている。だけどグルーバー公爵家は基本的に放任主義だ。どうしようもなくなったら父上が出るが、基本は俺に一任している。そういう家なんだよ」
「グルーバー公爵は変わっているからねぇ。吸血鬼の末裔ってほんと?」
そこで、王太子殿下がグレイに尋ねた。
私もそれが気になったものだわ。
出会った時は、特に。
だけど今は──
「そんなわけないだろう。眉唾ものだぞ、そんなガセネタ」
嘘だと知っている。
なぜなら、私は出会ってすぐ、バカ正直にグレイに聞いたからだ。
グレイはそう言うと、付け加えるように言った。
「この肌は、北方生まれだからだ。グルーバー公爵家は、元はセイクレッド国の人間ではなかったからな」
「ああ、そういえばそうだったね。なるほど、それが理由か」
グルーバー領は、元々セイクレッド国の領土ではなかった。
その昔、北方で生きることに限界を感じた当時のグルーバー国の王──つまり、グルーバー公爵がセイクレッド国に合併の条件を持ちかけたのだ。
結果、グルーバー国は吸収される形で、セイクレッド国領の一部となった。
グルーバー領は、厳しい寒さと氷と雪の大地。
グルーバー公爵家の人間の肌の白さは吸血鬼だからではなく、ただ、その環境が理由なのだった。
「グレイ。あなたがどんな案を計画していたかは分からないけど。まずは私の話を聞いてくれるかしら」
その言葉に、グレイと王太子殿下はぴたりと話を止め、私を見た。
「では、私のプランをお話します」
これを決行するにはタイミングと、そして城勤めの協力者が必要不可欠だ。
しかし後者に至っては、これ以上ないほどの適任者がいる。
私は逃がさないわよ、という気持ちで、王太子殿下を見た。