13.敵対視の理由
「それ、は、どういう」
乾いた声で、私はさらに尋ねた。
呆然とする私に王太子殿下が眉を下げた。
「アデライン嬢。決してあなたのせいではない、というのは念頭に入れておいてほしい。……ジェニファーはね、どうもあなたに対抗意識を燃やしているようなんだ」
「それでどうしてグレイと婚約することになるのです!?」
私は、思わず立ち上がっていた。
だって、意味がわからないじゃない!!
私が嫌いだから、グレイと婚約する!?
それに、何の意味が──。
私は、さらに口を開き、言葉を続けた。
「おふたりの婚約は、王命によるものでしょう!?グルーバー公爵家が恐れられている現状を憂いた陛下が、この婚約を整えたと……!!」
「そうだね。表向きは、そういうことになっているね」
「──」
表向きは、ということは。
つまり、真実は異なるということ。
絶句する私に王太子殿下が落ち着いた声で言った。
「あなたとグレイは、魔法学院でよく目立っていたそうだね。ふたりとも、各科のテストで三年間、首位をキープした、と」
「それは……。そう、ですが。特別私は彼と親しかった訳ではありません」
「うん。それも知っている。だけど、ジェニファーはそれが羨ましかったんだ。彼女は、王城に上がって急にチヤホヤされるようになった。【今まで明日をもしれぬその日暮らしをしていた少女が、いきなり周りの人間に傅かれる生活を送るようになった】。……そうしたら、その少女は、どうなると思う?」
王太子殿下の声に、私は思考を巡らせた。
「それ、は──」
「普通、慣れるよね?その環境に。そして、得てして人間は欲深い生き物だ。富と名声、地位を得た彼女は、もっともっととそれを求めてしまった。魔法学院に進んだのも、秀才だと褒められたかったからだ。『王女という身分でありながら、学問の道に進むなんて』と、まあ、そういう賞賛が欲しかったんだろうね」
「そんな……」
それなら、私はただの──。
「そう。あなたとグレイはとばっちりを受けた、というわけだ」
「冗談じゃない」
うんざりしたように零すグレイに、王太子殿下が弱ったように言った。
「いや、本当にすまないね。まさか異母妹がそんなことになっているなんて思いもしなかったんだ。海をへだてた外国では、そこまで詳細な情報は入ってこないからね」
「分かりません」
私は、ぽつりと呟いた。
座るタイミングを逃して、立ちっぱなしのまま、私は王太子殿下を見た。
王太子殿下は、王妃に似ているため、王女殿下とは髪も、瞳も色が違う。
太陽のような赤毛を見ながら、私は彼に尋ねた。
「王女殿下の思考が、というのもそうなのですが。彼女はグレイも嫌っていたのでしょう?それなら、どうして」
「……それが複雑な部分でね。彼女が目の敵にしているのは、アデライン嬢。あなただけなんだよ」
「どうしてです!?」
「第一に、あなたとジェニファーは重なるところが多い。あなたは女性で、そしてあなたの母君は、エーデル国の姫君だったでしょう。元王女の娘であるあなたがどうも……うーん。端的に言うなら、羨ましかったんじゃない?」
王太子殿下は、あっさりとそう言った。
ますます、意味がわからない。
(重ねるところが……多い!?)
全く重なっておりませんけれど!?
私はもはや、どんな顔をすればいいのか分からなかった。
しかし、王太子殿下はそれ以上その話をするつもりは無いらしい。
「第二に、グレイは男だ。異性だから、そんなに気にならなかった」
そのまま、二つ目の理由に話は変わってしまった。
待ってくださいませ、私、まだ一つ目の理由にすら納得がいっていないのですけれど!!
意外、というか、そんな理由で?ということすぎて、目眩がする。
くらりとした私は、そのまま再びカウチに座った。
「グレイと親しく……しているように見えたあなたから、グレイを奪っちゃおう!というそういう考えなんだと僕は思うんだけど。どう思う?グレイ」
そこまで王太子殿下の話を聞いていたグレイは、そこで顔を上げた。
いつものように、日光を浴びないで生活している引きこもりのごとく、肌が白い。
グレイはちらりと王太子殿下を見たあと、私を見た。
その視線に、思わずドキリとする。
王太子殿下の説が正しければ、グレイは私のせいで王女殿下と婚約する羽目になったのだ。
「くだらないと思う」
「おお……」
あっさり、ばっさりとグレイはそう言い捨てた。
そのあまりのざっくりとした言葉に、王太子殿下が感嘆するように言う。
「彼女が俺に好意がないことは早々に気が付いていた。彼女の目的は、アンドリュー・ロッドフォードだろう」
「……ま、その辺りの話はいいか。それで、アデライン嬢。あなたはこの婚約を破談にさせるといったけれど、どうやって?」
王太子殿下の言葉に、私は頷き、顔を上げた。
そして、グレイを見る。
彼の、赤い瞳と目が合った。
「グレイ。あなたは……いえ、あなたも。王女殿下との婚約を解消しようとしているのではない?」