12.手緩いことはしません
本来、魔法学院の研究室は卒業すると共に部屋の所有権を返すことになる。
だけど私とグレイは三年間、それぞれの科目のテストで一位を維持したために特例で、卒業後も研究室の使用を認められているのだ。
リリアが隣室に移動し、私は研究室の中のカウチに座った。
そして、すぐに本題に入る。
とにかく、今は時間が惜しい。
「王女殿下と私の婚約者についてのお話です」
「そうだと思った」
グレイが相槌を打つ。
彼は、研究机の前の椅子に座っている。
王太子殿下は、私の対面のカウチに腰を下ろしている。
彼は、足を組みながらうんうんと頷いていた。
驚いた様子がないので、恐らく彼も王女殿下の火遊びは知っているのだろう。
そもそもグレイと親しくしているようなので、知らないはずがない、か。
私は、グレイを見て言った。
「あなたは言ったわね。『きみはどうする?』と」
あの時──。
王女殿下とアンドリューの逢瀬を見てしまった私を裏庭付近まで引っ張っていき、彼は私に尋ねた。
どうする?と。
それの答えを、今示す時だ。
「……ああ」
「あの時、私は事実を確認をする、と答えたわね。アンドリューと話して、決めました。私は、私の持つあらゆる手段を使って、この婚約を破談にさせます」
「それはまた、思い切ったな。理由を聞いても?」
グレイの言葉に、私は頷いて答える。
「理由なんて、些細なものだわ。ジェニファー殿下は、私を貶めたいあまり、私の大切なものを侮辱したわ。それが、許せなかったの。だから、ふたりまとめてくっつけちゃおう、って」
大切なもの、と聞いてグレイは少し考えた素振りを見せたが、すぐに答えに行き着いたのか、「ああ」と言った。
「きみの妹の……エンジェル・アシュトン?」
私は、まつ毛を伏せた。
正解だからだ。
「王女殿下は、私に執着しているわね?その理由を、あなたはご存知?」
「さあ、知らないな」
「婚約者なのではないの?」
「俺と彼女が婚約したのは、つい一年前の話だぞ?しかも、彼女はまだ在学中だ。大した会話もしていない」
「親密ではなかったのね……」
それは少し、意外だった。
婚約者なのだから、もっと親しくしているかと思ったのだけど。
それは、私とアンドリューの婚約が上手くいっていたからこそ、そう思ってしまうのかもしれない。
(……ううん、上手くいっていた、と思っていたのは私だけだったわね)
この三年間のことを思い出すと、どうしても胸が締め付けられる。
だって、無駄だったってことだから。
意味の無い日々だった、と知ってしまうことは、怖い。それを突きつけられるのは、苦しい。
私が、その感情から目を逸らそうとした時。
それまで沈黙していた王太子殿下が言った。
「まあ、彼女の興味の先はアデライン嬢だからね。グレイは、アデライン嬢の存在ありきの婚約者だ。だから、関係が希薄なのも仕方ないのかもしれないね」
意味深な言葉に、私は顔を上げた。
王太子殿下は、私と目が合うとにこり、と微笑んだ。
「……グレイが、私の存在ありきの婚約者、というのは?」
「そりゃあ、あなたが嫌いだからジェニファーはグレイと婚約したんだ。だから、グレイとジェニファーの婚約は、あなたありきのものなんだよ」