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【書籍化&コミカライズ】伯爵令嬢の責務  作者: ごろごろみかん。
アデライン・アシュトンの矜恃 〈前編〉
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1.嘘をついていたの?



なぜ?

どうして?


そんな言葉ばかりが頭を巡る。


今、私の目の前にいる男性は私の婚約者だったはずだ。


そして、今まさに彼は私では無い女性を抱きしめ──愛を、囁いていた。


「僕が本当に愛しているのは、あなただけだ。だからどうか待っていて欲しい」


「本当に?私もう待てないわ。いつ、あなたは彼女と婚約を破棄するの」


抱き合う男女の姿を、偶然。

そう、本当に偶然見てしまった私は──悲鳴をこらえるために、口元に手をやった。


(……どうして?だって)


王女殿下(・・・・)とは、特別な関係ではない、って。


あなた、そう言ったじゃない──。


どれほど呆然としていただろうか。

その時、私の肩を叩いたひとがいた。


驚きのあまり声を上げそうになったところで、彼は口元に指を押し当てた。

静かに、ということらしい。


「あなた……」


私は、僅かに目を見開いた後──彼の誘導に従い、その場を離れた。


今日、私は婚約者の叔母様に頼まれて、彼に届け物をする最中だった。


私の婚約者は、王女殿下の近衛騎士を務めている。

私はそれをずっと誇らしく思っていた。


彼が頑張っているのだから、私も頑張ろうと趣味と実益を兼ねた魔法研究に力を入れていた。


だけど、今、私が見たものは──。


どう、見ても。

不貞行為の現場だった。





私が連れていかれた先は、回廊を抜けた先。

城の裏手の、庭園に繋がる場所だった。

この先は、王家の森に続いており、立ち入りは厳しく禁じられているため、この辺りは人通りが少ない。


私をここまで連れてきたのは──


「……久しぶり。まさか、あなたとこんなところで会うなんて思わなかったわ」


王女殿下の婚約者(・・・)であり、グルーバー公爵家の嫡男、グレイ・グルーバー。

私と同様に魔獣研究に精を出している変わり者である。


彼はちらりと私を見ると、パッと私の手を離した。

それから、言葉に悩むようにしながらも彼は言った。


「……さっきのは」


「どう見ても、不貞の現場でしょう?……知らなかった。あなたは、知っていたの?」


先程の動揺で、上手く言葉が出てこない。

声が震えないようにするだけで精一杯だった。


私は、私の婚約者──アンドリューと出会ってからこの三年。


ずっと、彼のことだけを見てきた。

信じ続けてきた。


それなのに、影で彼は他の女性に心を移していたのだ。

裏切り、とかそれよりもショックだった。

衝撃だった。


しきりに瞬きを繰り返すと、目の前のグレイは苦笑した。


「……俺は、知ってたよ」


「それなら、どうして」


どうして、抗議しないのか、という問いは彼に正確に伝わったようだった。


「婚約解消も考えたけど、グルーバー公爵家(こっち)から申し立てるのはどう考えても無理だ。王女とその近衛騎士の恋愛なんて、特大スキャンダルもいいところだからな。どうあっても王が潰すだろうし、父上もその話を奏上すること自体、避けるだろう」


確かに、その通りだ。

こんなの、明るみになったらとんでもない問題になる。

グレイは、さらに言葉を続けた。


「だから俺は、受け入れようと思った。王侯貴族の結婚ならそういうこともままあるか、ってね」


何を、いえばいいのだろう。

そうね、私もそうするわ、って?


そんなの、言えない。

だって私、まだ、混乱してる。


黙りこくる私に、グレイは申し訳なさそうに言った。


「きみは……そうもいかなかったんだな。悪い、もっと早くに伝えておけばよかった」


「……どうして、あなたが謝るの?」


彼は、被害者だ。

私と同じ立場なのに。


俯く。涙が、零れないように。

こんなところで泣くなんて、絶対に嫌だった。


グレイの落ち着いた声だけが、今の私の救いだ。

少しだけ、平常心を取り戻せる気がしたから。


「……俺は既に知っていたからな。だけど、きみは知らなかったんだろう?きみが、あの男を好きだとは知らなかったから、知ってもそうショックは受けないだろうと、勝手に思っていた」


「…………」


「俺が知った時点で、知らせればよかったとそう思ったんだ」


好きだとは、思わなかった。

だから、ショックは受けないと──。


確かに、今まで私は魔法学の研究に没頭してきた。

そう思われても、仕方の無いことなのかもしれない。


そう思うと、少し、笑う余裕が出てきた。

涙を瞬きで振り払って、私は顔を上げた。


涙は見られたくない。


彼に、泣いていたことが気付かれませんように。

祈るように、私は笑った。


「……相変わらず、あなたは変わってるわね」


笑うと、グレイが少しホッとした様子を見せたので、成功したことを知る。



それと同時に、ようやく、私はこの恋が夢に終わったことを知った。



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― 新着の感想 ―
公爵系子息もだいぶクズですね 不貞相手の婚約者の女性は婚姻後に王女との騎士のと関係が少しでも発覚したら族滅や降爵や貴族位剥奪あってもおかしくはない、また、よくて離婚、どうあっても多大な不利益しかないの…
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