騎士
「今すぐ戻るって選択肢は?」
「ありません。それにあなたが戻っても私は戻りません」
こんな時まで冗談か?と言ってやりたかったが、彼女の表情は真剣なものだった。
自分の命を人質にしてまでも、俺をここに…このゲートの先に進ませたい何かがあるということか。
「結乃、それが通用するのは、信頼関係ができている人間同士だけだ」
「そうですか。なら、あなたはここから立ち去りますか。私の見立てだと、あなたは私すら見捨てることはできないと思います」
「……」
どんだけ俺を信用しているのか…。
あるいは、これも戦略か。
どのみち、俺だけ戻る。
その選択肢をとるほど、落ちぶれちゃいないことだけは確かだ。
「…わかったよ。行けばいいんだろ?で、このゲートの名前は結乃がつけたのか?」
「いえ、私はつけてません」
「ん?」
ゲートの名称とは、一言でそのゲートの内部の特徴を読み取れるものにするのが基本だ。
彼女でないなら、先に誰かが見つけていたのだろう。
「じゃあ、だれがこのゲートの名前を?」
「教えてもらったんです」
「は?」
その瞬間、悪寒がした。
「!?」
不自然に木々が騒めき、何かが放つ圧に押しつぶされそうになる。
「…何か…いるぞ」
「お父様ですら撤退するほどの圧を耐えるとは…東雲君はやはりすごいですね」
褒められている気分がしない。
というか、結乃がいるから逃げないだけで、一人だったらとっくに逃げてる。
「天宮家の当主が…か。ところで、なんで結乃はそんな平然としているんだ?」
「私は何も感じませんから」
涼しい顔のまま結乃は進む。
疑問に思うことは多くあるが、彼女が進む以上、俺も止まっていられない。
重い足取りで、結乃の後を追う。
数分間、歩き進んでいると前方に柱が見えてきた。
最初に見えた、圧倒的な存在感を放つあの柱だ。
「そろそろこのゲートの中心です。ここからは、探索できていない未知の領域としての扱いを受けています」
「マジか…ってか、結乃詳しいな」
「まあ実際に探索したので。少なくともここまで辿り着いたのは私だけです」
「はい?」
「実は、お父様に内緒でここに来たことがあります」
このお嬢様のメンタルに驚く。
結乃の話では、当主やその他ハンターもおぞましいほどの殺気を感じていた様子。
俺も例外なく感じている。
そんな中、結乃は何も感じない。
まるで、この空間が人を選んでいるかのような…
「東雲君、気を引き締めてください」
柱は結界のようなものに覆われていた。
唯一結界が貼られていない場所があるが、そこには鎧で身を纏ったナニカがいた。
「なんだ…あれ…」
例えるなら、騎士が一番しっくりくる見た目をしている。
人か人型のモンスターなのかは判断できない。
俺は東雲優凪という英雄を身近で見て、過ごしてきたからこそ理解できる。
あの騎士、師匠たちに並ぶほど強い。
「結乃、今すぐに引き返そ――」
「何処へ行く?」
その声が聞こえたと同時に、俺たちを囲むように結界が生成された。
「!?」
咄嗟に門番の騎士に視線を向ける。
「貴様はこの『追憶ノ双生』からは、もう逃れられない。さあ、見せてみろ。貴様が英雄たり得るのかを」
完全に見誤った。
S級クラスのゲートで油断していたつもりはないが、これほどまでに知性があるとは思ってなかった。
それに…
「あいつ、追憶ノ双生って言ったよな。結乃、もしかして…」
「東雲君の想像通りです。私はこのゲートの名前を彼から聞きました」
「…詳しくは生きてこの場所から出れたら聞く」
「気を付けてくださいね」
結乃が少し離れた場所へ移動するのを見届けて、俺は騎士に近づく。
「討ち取れ言われても、武器もってきてないんだ。何かないか?」
口調からして、この騎士みたいな奴は殺人を目的としていない。
英雄たり得るか…つまり、実力者を探しているんだろう。
だからこそ、この騎士は俺に武器を渡す。
「ならばこれを使え」
そう言って騎士は、自身の持っていた刀を俺に投げてくる。
刀は思った以上に軽く、鞘から抜いた刀身は見事なまでに美しかった。
すごくいい刀だ。
「私はこれを使わせてもらおう」
騎士は近くに放置されていた数多くの武器のうち、剣を手に取った。
「その刀も、この剣も、かつて私に挑んできた者たちのものだ。貴様よりはるかに強かった」
剣を構えた騎士を目の前に、額から流れる汗を袖で拭った。
俺が弱いなんて、言われなくてもわかってる。
「だったら、俺ぐらいの小物、見逃してもいいんじゃないか?」
「そうもいかんさ」
一瞬だけ、騎士の意識が結乃に向けられたような気がした。
「さて、話はここまでとしよう。いざ、尋常に勝負っ!」
「!?」
勝負が始まった瞬間、相手の剣が俺の眼前に迫っていた。
「ぐぅ!」
思いっきり体を捻り、剣を回避する。
ギリギリの回避とはいえ、体勢は完全に崩れていない。
片足を軸に反撃を試みる。
「っ!」
「ほぅ」
ノールックで正確に俺の刀を弾いた。
経験値の差が圧倒的すぎる。
「最低限はあるな」
「?」
途端、騎士の雰囲気が一変した。
「では、本番といこう。私はこの生で三つの剣技を編み出した。その技は、私のこれまでの集大成といってもいい。だから、私のすべてと貴様のすべてで決めよう。貴様が私を…過去を消せるかを」
騎士の言葉の意味を理解するよりも先に、圧倒的な死臭がした。
匂い…その表現が適切かどうかはわからない。
ただ、意識よりも先に五感が濃厚な死の気配を感じ取った。
「一つ、剣技『閃斬神威』」
視界も音も、五感の情報すべてを無視し、刀で防御態勢をとりつつ横へ全力でステップする。
直後――
「がぁっ」
腹部に物凄い衝撃と痛みを感じ、吐血しながら吹き飛ばされた。
遅れるように、衝撃波と音がやってくる。
「ぐ…ゲホッ」
逆流してきた血が含まれた胃液を吐き出す。
朦朧とする意識の中、騎士を睨みつける。
もう、立て直すことはできない。
負けは確定した。
たが、なぜだろう…まだ俺は戦おうとしている。
刀身の折れた刀を握り占める。
その間にも、騎士はゆっくりとこちらに向かってきていた。
「そこまでです」
俺と騎士の間に結乃が割って入る。
「ラルド、引いてください」
何してるんだ、そう叫ぼうとしても声がでない。
腹部へ視線を向ける。
服は切れていて、そこから血が大量ににじみ出ている。
かなり深い…確実に致命傷だ。
「見てのとおり彼はこれ以上戦えません。見逃すことはできませんか?」
「姫…そうはいかないのです。英雄を…新たな英雄の誕生を見届けねばならない。姫のために。だからそこをどいてください」
「そうですか…ですが、今回ばかりは私も引けません」
結乃は自身の首に折れた刀身を突き付けた。
「…姫」
あの刀身…いつの間に拾ったんだ。
体を引きずるようにして動かし、結乃のもとへ移動する。
そんな手段取らせてたまるか…。
しかし、体はとうに限界を迎えており、意識は徐々に遠のいていく。
俺は…また、救えないのか…。
そこで意識は途絶えた。
◇
暗い空間の中で、懐かしい声が響く。
『凪、それと優。どんな状況になっても決して生きることを…守ることを諦めるな』
「師匠…」
温かく…そして、力強いその声は、俺の中の何かを刺激する。
ゆっくりと、心臓の鼓動が鮮明に聞こえ始めた。
暗かったはずの空間を光が照らす。
その光は母さんを象り、俺の胸に触れた。
『――私の東雲一刀流は二人の中にある』
その声が聞こえると同時、意識は覚醒し騎士の声が聞こえた。
「姫、そのような行為は――」
今しかない。
そう直感したころには体はすでに動いていた。
「――まだ、死ねないんだ」
結乃の横すれすれに刀を通し、騎士の頭を狙う。
「!?」
騎士はすぐに俺に反応する。
しかし、俺と結乃の距離が近すぎるからか剣を振る手に一瞬だけ躊躇いが生まれていた。
絶好のチャンスだ。
この機会を逃せば次はない。
腹から息を一気に吐き出し、折れた刀身の先を騎士へと突き出した。
「くっ」
刀は騎士の兜に直撃し、砕いた。
顔を手で押さえた騎士は、数歩下がる。
「まさか兜を割られるとはな…」
騎士は顔を上げた。
白髪に白髭が特徴的で、顔には古傷がいくつかある。
額あたりから血を流しているところを見るに、ノーダメージではないようだが、致命傷には程遠い。
「まだ、その時じゃないというのか…」
騎士は剣をその場に突き刺し、背を向けた。
「命拾いしたな、次はないと思え。……もし姫を救いたいなら、最後の試練を受けにこい。これは強制ではない、貴様が選ぶことだ」
「く…そ…」
命をギリギリ拾えたという安心感からか、俺は呆気なく意識を手放してしまった。




