思い出のあの地で③
いつまでも堂島さんの相手をしている余裕はない。
紗優たちが動きだした以上…彼女たちよりも早くあのゲートに…
「『祝福』…代償が大きければ大きいほど、強力な力を得る。あなた、何を代償にしているのかしら」
「……だよな」
以前、堂島さんは超級ハンターの資格を持っていると莉愛からは聞いていた。
この程度でどうにかできる相手じゃないのは想定内だ。
「言わなくても、とっくに調べてるんだろ」
「ええ、もちろん。あなたの代償は、保有魔力量の大半でしょう。でも、今ので確信したわ。あなたは、それ以上の何かを代償にしている」
「ノーコメント」
「いいわ。私が命じられているのは、あなたを学校に連れていくこと。今は知る必要がないもの」
瞬きの間に距離を詰められた。
「っ!」
「遅いわ」
右ストレートが飛んできた。
身体強化の練度が鍵谷たちとは段違いだ。
「ぐっ」
力が強くても、体は無敵じゃないからダメージはもちろんある。
というか、この人見た目通りのパワー系だ。
そう何発も耐えられるものじゃない。
「あたし、こう見えて超級ハンターの資格を持っているの」
「あっそ!」
殴りかかるが、軽く避けられる。
だが、それは想定内だ。
体を捻り、回し蹴りへつなげる。
「っ、やるわね」
回し蹴りは堂島さんに直撃し、大きくノックバックする。
「ふぅ…」
この人、耐久力もハンパない。
流石に、このままだと時間が足りなくなる。
焦りを覚え始めたその時、聞き覚えのある声がした。
「あー、これのことか…」
振り返ると、そこにはつい最近会ったばかりの金髪の男…神葬光がいた。
「神葬…光……」
「東雲凪君、スタンピードの日以来だね。で、これはどういう状況かな?」
神葬光の質問に答えたのは堂島さんだった。
「東雲さんが授業を抜け出したので、紗優様の命令で連れ戻そうと――」
「――俺、君に聞いてないんだよね。東雲君、どういう状況かな?」
歴代最強の『十二天』と噂されるだけある。
一瞥だけで、堂島さんがたじろいだ。
「俺は莉愛の…天宮本家へ向かいたい。それを阻止しているのが、この堂島さんだ」
「天宮の子か。はい了解、さっさと片づけるから少し待ってて」
神葬光は詳細な理由を聞いてこないまま、ゆっくりと堂島さんへ近づく。
「神葬光さん、申し訳ありませんが――は?…動かない」
「とりま、吹っ飛べ」
「っ!?」
神葬が固まったままの堂島さんの体に、軽く触れた。
次の瞬間、堂島さんの姿が消えた。
「え?」
驚きで声が漏れたのと同時だった。
思わず倒れそうになるほどの衝撃波が発生する。
咄嗟に、神葬光の手を伸ばした先へ視線を向けた。
「…冗談だろ」
ものすごい勢いで、堂島さんが飛ばされている。
「へぇ、あの人意外とやるじゃん。とりあえずあれが戻ってくる前に、何をしたいか教えてほしいんだけど」
「そうだった」
気持ちを切り替え、考える。
紗優たちは車で本家へ向かっている。
そして、おそらく到着すると同時に『追憶ノ双生』の攻略を始めるだろう。
以前、天宮本家に到着するまでおよそ1時間かかっていた。
あの時、紗優とチェス勝負をしていたこともあり遠回りルートだったはずだ。
今回は急いで移動していることも加味して、速くて30分以下で到着するだろう。
車より早く移動するものじゃないと、彼女たちの先回りは不可能だ。
で、車より早い、もしくは同等の速度のものは――。
「電車…」
「残念、それは無理そうだ」
神葬はそう言うと、スマホの画面を俺に見せてきた。
『天宮家当主が緊急発表、新たなS級ゲートが出現。S級ゲートが出現したのは、天宮本家のある地域。既に避難警報を流し、立ち入りが制限された。現在、『十二天』の――』
やられた。
「嘘だろ、そこまですんのか」
あのゲートの存在は、数年以上前からハンター協会も把握している。
ということは…
「賀茂さんもグルか」
「面白くなってきたねー」
どうする。
状況は絶望的だ。
立ち入りが制限されてしまえば、電車で行こうが車で行こうが関係ない。
現中級ハンターの俺が入れてもらえるはずがない。
「東雲君、焦りすぎ。もっと俯瞰して考えてみ。君の今までの人生で、車や電車なんかより、もっと早い移動方法はなかったか?」
「…っ!ある!沢田先生だ」
神葬は笑みを浮かべ俺の背中に触れた。
「じゃあ、やること決まりかな」
「ああ。沢田先生の『転移』のスキルであの場所に向かう」
「オーケー」
「まずは学校に…」
「その必要はないですよ」
振り返る。
そこには沢田先生と――
「優……」
優がいた。
「どうしてここにいるんだ?」
「そんなこと聞く暇ないでしょ」
「ああ、そうだ。沢田先生、転移で天宮本家に行けますか」
「行けますよ」
「俺をそこまで連れて行ってください」
沢田先生の口が開いたと同時だった。
「ちょっと待って」
優が、沢田先生と俺の間に立った。
「なんだ優」
「これだけ聞かせて。回答次第じゃ、ここであなたを止める」
「……何が聞きたい?」
張り詰めた空気の中、俺と優は向かい合う。
「あんた《《だけ》》が、莉愛を助けられるの?」
その言葉は重く響いた。
俺じゃないといけない、というものではないのかもしれない。
ゆっくりと調べることができていれば。
俺が最終試練のことを紗優たちに話せていれば、別の方法を見つけることができたのかもしれない。
あったかもしれない可能性を潰したのは紛れもない、俺自身だ。
「ああ。以前、あのゲートに入ったことは優にも言っただろう。その時、あのゲートのボスみたいなやつから言われたんだ。俺は最後の試練に挑めるって」
「………」
簡単に信じてくれるような話じゃない。
どうすれば、優を納得させることができるのか考える。
「わかったわ」
「詳細な――え?信じるのか?」
「正直なところ半信半疑ね。でも、あんたが莉愛を救おうとする意志は信じている」
そう言って優は刀を手渡してきた。
「この刀……」
師匠から貰った万象龍の鱗で作られた刀だった。
「必要でしょ。手入れは怠ってないみたいね」
「…当たり前だ。沢田先生、お願いします」
「わかりました」
そう答えた沢田先生を、優は見つめていた。
「ん?優さん、どうかしましたか?」
「いえ…沢田先生の性格なら、危険な場所に生徒を送るなんて断ると思っていたので」
「ああ、そうだね。正直なところ、今も断ろうかギリギリで悩んでいる。でも、ここで僕が動かないと一生後悔するような気がするんだ」
「沢田さんも感覚派になったねー」
「今回だけだよ。じゃあ、準備して」
沢田先生がそう言うと同時に、今1番聞きたくない人間の声がした。
「東雲、お前学校サボりやがって、俺と勝負しろ!」
こちらへ向かってきていたのは、佐藤だった。
「嘘だろあいつ、なんで場所知ってるんだ。先生急いで転移を」
「少し待ってください、座標がもう少し……よし」
景色が一瞬で変わる。
「天宮本家…」
佐藤は転移に巻き込まれていなかった。
ひとまず安心だ。
「凪、どうするの?」
「天宮家の力は借りない」
「どうして?目的はS級ゲートなんでしょ。力を借りたほうが――」
「――いい判断だ。東雲凪」
やっぱりそうだよな。
振り返らずとも、誰かはわかっている。
「あなたは…」
優の驚く声が聞こえる。
いつでも刀を抜けるように警戒を強め、ゆっくりと振り返った。
「天宮豪造さん、現天宮家当主…」
紗優の反応を見て薄々わかっていた。
天宮家全体が、俺をあのゲートに近づけないようにしている。
「紗優は……」
そう呟きつつ、豪造は沢田先生へ視線を向ける。
「そうか、転移を使ったのか」
「今は先を急いでいるんだ」
この場を離れようとした瞬間、一歩先に落雷が発生した。
威力は抑えられているが、直撃すれば気絶していたかもしれない。
「……邪魔するんですね」
「ああ、すまないが凪君、大人しく帰ってくれ」
きっとこの人たちにも理由があるのは理解している。
それでも、俺はどうしてもこの意思を曲げたくはない。
「それは無理です」
「だろうな。君はユウナにそっくりだ」
豪造はそう言うと、魔力を周囲に放つ。
全員で戦ったとして、『十二天』の当主クラスとなればかなり時間が――
「ちょっと落ち着きなよ、豪造さん」
緊張感が走る中、神葬光だけが普段通りだった。
「光か。お前はそっちにつくのか?」
「ああ。俺は東雲君を応援したい気分なんだ。その彼を妨害するなら、相手は俺だよ」
神葬光と豪造が対峙する。
『十二天』の当主同士、それも『異例』と『歴代最強』と噂される人物の戦いだ。
俺たちは足手まといにしかなれない。
「東雲君、先行きな」
「それはダメだね」
「っ!?」
神葬の声と同時、別の誰かの声が重なった。
その瞬間、目の前に大規模な爆発が発生する。
「これは…」
呆然と爆発を《《離れた位置》》から見ていた俺たちに、沢田先生が言った。
「嫌な予感がしたから、咄嗟に転移したんだ」
ということは、転移がなければ俺たちはあの爆発の中にいたのか。
考えただけでもゾッとする。
「あれー、避けたんだ。すごいね」
煙の中から現れたのは、天宮櫻だった。
「殺す気…ですか?」
「殺す気?そんなわけないよ。妹たちのお気に入りを殺すなんて、あり得ないだろう。君を止めようとしただけだよ。」
爆発が発生した位置を見る。
天宮家は強力なスキルで功績を挙げ『十二天』に至ったというのは有名な話だ。
莉愛を見て薄々感じていたが、全員そう簡単に倒れてくれそうな相手じゃない。
「爆発系だな…」
「そうね…」
俺と優と沢田先生の3人で戦えば、紗優たちが攻略を始める前にゲートへ行けるのだろうか。
いや、時間が足りない可能性の方が高い…
考えろ、思考を止めるな。
どうすれば…
突然、背中を叩かれた。
「いたっ。なんで叩くんだよ」
「背中を伸ばしなさい」
叩いてきた優を見ると、彼女は櫻を睨みつけたまま刀を握っていた。
「優?」
「ここは私に任せて、先に行きなさい」
いくら優でも無茶だ。
天宮櫻、少しだけ気になって莉愛に「お兄さんの櫻さんって、どんな人?」と聞いたことがある。
その時、彼女は言った。
『実際目にしたことはないですが、紗優曰く、とても強い人だと聞いたことがあります』
その時はあまり実感が湧かなかったが、戦闘モードの天宮櫻と実際に対峙して分かった。
紗優の言葉は嘘じゃない。
「優、でも――」
「頼りなさいよ」
優とは思えないほど、その声は震え、それでいて明確な怒りを孕んでいた。
「え?」
「頼りなさい!」
胸倉を掴まれ、引き寄せられる。
視界いっぱいに優の顔が映る。
彼女の目元には涙が溜まっていた。
「あの時とは違う。あんたには味方がいる。私が簡単に負けるとでも思ってるの?ふざけんじゃないわよ。頼れないなら、ここで殺すわ」
喉元に刀を突き付けられた。
「脅迫だぞ、それ」
口ではそう言ったが、優の不器用な優しさが今はただただ嬉しかった。
そうだ…俺は変わって……いや、莉愛が変えてくれたんだ。
だから――
「っ!」
優に掴まれたまま、自分の頬を強く叩く。
その様子を優は目を丸くして見ていた。
そうだ、普通に考えて優が簡単に負けるはずがない。
それに……。
爆発した跡を見る。
明らかに俺たちが立っていた場所の地面だけ、抉れ方が違う。
威力調整をしていたんだろう。
天宮櫻は、優と沢田先生に危害を加えるつもりはないとすぐにわかる。
「ありがとう。全力で頼らせてもらうぞ、優」
そう言うと、優は刀を鞘に納め、居合の構えをしつつ櫻を睨んだ。
「頼まれたわ」
「僕も優さんに協力するよ」
優の隣に沢田先生が並んだ。
「凪、飴は持ってる?」
立ち去ろうとしていた俺に、優が聞いてきた。
「持ってる」
「わかったわ。気絶でもさせたら後を追う」
「いや、悪いけど最優先は凪君を止めることだから」
瞬きする間に櫻は身体強化を使い、俺との距離を詰めてきていた。
まさか優も沢田先生も無視して直進してくるとは思わず、反応が遅れた。
「マズっ――」
「――アンタ、ずいぶん私を舐めてんのね」
櫻の隣に現れた優が刀を振るう。
その刀は、櫻の隠し持っていたナイフで受け止められるが、大きく後退させるには十分だった。
「へぇ…、やるじゃん」
「凪!早く行って!」
優と沢田先生に背を向け、走り出す。
真っすぐ、あの場所へと。
必死に走り続けていると、花畑が見えてきた。
その花畑の中心にある大きな木の下には、師匠の墓がある。
でも、今は用がない。
無視して通り抜けようとした時、視界の端に人が見えた。
「なんでっ!」
進行方向を変える。
背中しか見えないが、確信がある。
あの後ろ姿は――
「――莉愛!」
突如、強い風が吹き抜け花びらが宙を舞う。
この景色には既視感がある。
舞う花びらに気を取られた一瞬のうちに、莉愛の姿は消えていた。
「どこにっ!」
「ごめんなさい」
俺の背中に誰かが触れている。
「『封印』」
「だ…れ、だ……」
朦朧とする意識の中、必死に背後へ視線を向ける。
「三春…さん」
そこにいたのは、莉愛の母親である天宮三春さんだった。
だが、わかったとしてももう遅い。
俺の意識は、闇へ沈む。
また、俺は…誰も救えないのか……。
「……………」
◇
「……て……い」
声が聞こえた。
「…きて………さい」
徐々にはっきりと聞こえ始める。
「起きてください」
「はっ!?」
勢いよく起き上がった。
「ここ…は…」
どうやら俺は寝ていたらしい。
目の前に広がる景色には、見覚えがある。
ここは、師匠が眠っているあの花畑で間違いない。
「俺は…一体……」
「どうしたんですか?そんなに急いで起き上がって」
その声を聞いた途端、時が止まったような感覚になる。
「東雲君?」
名前を呼ばれ、呆然としたまま振り返る。
「莉愛……」
天宮莉愛はそこにいた。




