静かに壊れて
――東雲凪視点――
「対抗戦個人2位に佐藤、鍵谷、神葬雪に模擬戦で勝利…か。一躍有名人だな」
「なんでお前嬉しそうなの?」
いつも通りハルと登校していると、校門前に見慣れた姿を見つけた。
「ん…あぁ…、じゃ俺はお先に~」
何を誤解したのか、ハルは先に校舎へと走っていった。
「…あいつ……」
今度ハルと会ったら文句の一つでも言ってやろうと決心しつつ、その人物へ視線を向ける。
「…どっちだ」
ここ最近、何かがおかしい。
紗優と莉愛の見分けがつかなくなり始めている…。
わかる日は分かるのに、不思議だ…。
そんな事を考えていると、彼女と目が合った。
「東雲君、おはようございます」
「あ、あぁ…おはよう」
この口調は莉愛か…。
「何か俺に用があるんだろ?」
「はい。その…今日の放課後、デートしませんか?」
デート、その言葉の響きに懐かしさを感じた。
「懐かしいなそれ」
「…そうですね。あまり日は経っていないですが、とても懐かしく感じます」
「まあ、特にすることもないしいいぞ」
「ありがとうございます。時雨君や舞花ちゃんたちは大丈夫ですか?」
莉愛はどこか心配そうに聞いてくる。
「ああ。優がいるからな」
「優さんがいるなら安心ですね」
そんなやり取りをしつつ、莉愛と一緒に教室まで歩く。
さて…デートなんて言葉を使っちゃいるが…何を考えているんだろうな。
莉愛の横顔を観察してみるが、いつも通りの無表情だった。
…まあ、分かったらこれまでも苦労してないか。
放課後に入ってすぐ、莉愛が話しかけてくる。
「東雲君」
「ん?デート、だろ?忘れてない」
「それは良かったです」
「そんな簡単には忘れないだろ」
そんな事を言っていると、莉愛からジト目を向けられた。
そう言えば、初めて莉愛と話した時、忘れかけて…というか忘れてたことがあったな…。
「あ…あれは、まあごめん」
「…いいですよ。気にしてませんから」
「気にしてるよね」
「そんなことより行きますよ。時間は有限ですから」
歩き出す莉愛の後ろをついて行く形で、教室から出た。
「目的地は?」
「そうですね…水族館にしませんか?」
「全然いいぞ」
少し意外だった。
あまり莉愛のイメージに合わなかったから。
校門を出ると、黒スーツの人が俺たちの前に立った。
「結乃様、準備はできています」
「ありがとうございます。東雲君、目的地には車で行きますよ」
「あ…あぁ」
やはり彼女の言うデートは、一般的な捉え方をしてはいけないな。
車で数分移動し、目的地の水族館に到着した。
「近くで待機しておりますので、御用があればいつでも申し付け下さい」
「わかりました」
莉愛と黒スーツの人が会話をしている中、俺は水族館に懐かしさを感じていた。
俺の記憶が間違いじゃなければ、ここは昔…母さんと優、家族で来たことがある。
「東雲君、入りますよ」
「ああ」
受付を手短に済ませ、水族館の中を散策する。
「……」
「……」
平日ということもあり、そこまで人は多くはない。
心地の良い静けさに、水槽の光が薄暗い通路を仄かに照らしたこの空間は、とても落ち着ける。
こういう日もたまにはいいな。
そんな事を考えつつ、水槽の中を泳ぐ魚を見つめた。
「東雲君は…」
「ん?」
莉愛の方へ視線を向ける。
「どうした?」
「その、楽しめていますか?」
視線は下の方を向き、体の前に組んだ手にはわずかに力が入っているように見える。
わかりやすいな…。
「楽しめてるよ。こういうのも悪くないなってちょうど思ってたとこ」
そう言いつつ、水槽の中を泳ぐ魚を見つめ直した。
そんな俺の隣に莉愛は移動してくる。
「やはり私は人付き合いが下手ですね。こういう時、もっと楽しめるような場所が良かったんでしょうけど…」
そう言いつつ、莉愛は水槽のガラスをそっと撫でた。
「私にはここしか思いつきませんでした」
「実はさ…」
言おうか迷ったが、今の莉愛を見ていると言った方がいい、そう直感した。
「莉愛が行く場所決まってなかったら、俺もこういう静かなところを選んでたよ」
「え?」
驚いた様子で莉愛は俺の顔を見てきた。
「だって莉愛、ここ最近元気ないだろ?」
「…それは……」
「2日前は立ち眩みで、獅童先輩に保健室まで連れて行ってもらったんだろ?」
「あれは本当にただの立ち眩みで…」
「昨日は俺が教室を出た後、同じように倒れそうになったらしいな」
そう言った瞬間、莉愛はどうして?と言わんばかりの表情を向けてきた。
「明石とか長石が教えてくれたんだ」
「…そう、ですか。…すいません、やっぱり私といても楽しく――」
「――また変な事を言おうとする」
莉愛の声にわざとかぶせて、彼女の言葉を中断させる。
「言ったはずだ。楽しめてるって。こういうのも悪くないって。嘘じゃない。そもそも俺だって人付き合いはうまくないんだ。だから、時間の無駄だと思ったら、莉愛と一緒に来ていない」
そう伝えると、莉愛は呆然と俺を見ていた。
まだ、彼女の心に響いていない気がしたため、もう一言続ける。
「今の俺にとって、莉愛といる時間は楽しいんだ」
言い終わった後に、莉愛の顔を見ようとするが、彼女は物理的に距離をとってきた。
「え…莉愛?」
「すいません、少し離れてください」
マズったかもしれない。
莉愛に離れてなんて言われ、強いショックを受ける。
流石に熱くなりすぎて、気持ち悪かったか?
内心焦りつつも、莉愛の頼み通り距離を保ったまま立っていた。
これからどうしよう、先の事まで考えていると、莉愛が戻ってきた。
「すいません、少しだけ考える時間が欲しかったので」
「考える時間?何それ?」
「東雲君には教えません」
莉愛は無表情で水槽を見つめた。
その様子を見て、嫌われたわけじゃないとほっとする。
「ありがとうございます」
「え?」
突然、感謝されたことに一瞬困惑したが、先程の俺の言葉についてだと察し、静かに笑った。
「あぁ」
1、2時間ほどの莉愛とのデートは、以前と違い、何事もなく静かに終わった。
――莉愛視点――
「送迎ありがとうございました」
「いえ、これも仕事ですので」
「それでもです。…では、おやすみなさい」
「結乃様もおやすみなさいませ」
そう言って走り去る車を横目に、私は玄関の扉を開ける。
東雲君とのデートで、夕食は済ませてきたため、空腹感はそこまでない。
クッションに倒れ込み、目を瞑る。
制服の予備はあるし、朝にシャワーを浴びれば大丈夫。
そんな思考をするほど、今の私はひどい眠気に襲われていた。
「…あぁ、楽しかった、な……」
呟くと同時に意識は闇の中へと沈んでいった。
………
……
『どうして!?なんでなの!』
気づけば黒一色の空間で、正面には『私』…いや、結乃が悔しそうな表情をして立っていた。
もうこの光景にも慣れたものだ。
『それは私のセリフです。私はもう、思い残すことはありません。だから、もう私のことは良いんです』
そう言うと、彼女は私に触れようと手を伸ばしてくる。
でも、その手は見えない壁のようなものに阻まれた。
『莉愛…あなたはそれでいいの?』
か細く震えるその声に、静かに答える。
『はい。もう、私の存在は揺らいでいることぐらい理解していますよ。この一週間で3日…、あなたが私を演じたその時間は、私が望んだものでもあるんです』
『馬鹿な事言わ――っ!―――!』
結乃の声は途中から聞こえなくなった。
ただ、必死に何かを伝えようと、叫んでいることだけは分かる。
そんな彼女を見ながら言った。
『頑張ってね、結乃』
………
……
目を開けると、真っ暗な部屋でクッションを枕に寝ていた。
スマホを手に取り時間を確認する。
「4時…ですか…」
私は起き上がり、シャワーを浴び、洗濯済みの制服を着る。
「……何を、してるんでしょうね」
もう、私には制服は必要ないのに。
そう思いつつも、制服は脱がず、軽く朝食だけをとった。
時刻を確認すると、まだ4時半を少し過ぎたあたりだ。
「始発までは時間がありますね…」
私は玄関のドアを開け、散歩を始めた。
薄暗く人気もない外で、肌寒い風を感じながら、目に映る景色の新鮮さを味わう。
「……」
この際だから、私が存在していたこの場所を、覚えていようと思った。
きっと彼と会わなければこんなこともしなかったのだろう。
そう考えると自然と口角が上がる。
そこで気づく。
私が本当に見たいものが、彼…東雲凪の顔であることに。
「…私は本当に…未練がましい女ですね……」
「そのようですね」
「っ!?」
咄嗟に数歩下がり、声の聞こえた正面を睨む。
「誰、ですか?」
そこに立っていたのは綺麗な水色の長髪と、妖しく光る紫紺の瞳が特徴的な少女だった。
「…あなたは誰ですか?」
私の問いかけに、少女は笑顔で答える。
「私は柊詩奈と申します。初めましてでしたね、天宮莉愛さん」
「なんでその名前を?」
まさか私の名前を呼ばれるとは思わず、動揺が表に出そうになった。
「そう警戒しないでください」
「それはもう不可能ですよ、柊さん。あなた何者ですか?」
私の質問に、柊さんは微笑みながら近づく。
そして、眼光が鋭くなった彼女の瞳が私を捉えた。
「――莉愛さん。向き合う時間です」
「っ!?」
その瞬間、私の視界は光に覆われた。
2.5章 静かに壊れて 完




