解氷
――2022年 東雲凪(13)視点――
「おい!こっちにモンスターの大群がきてる。誰か手を貸してくれ!」
「負傷者だ!傷が深い、早く治療を!」
「くそっ、何体いんだよ」
S級ゲート『氷雪ノ国』がゲート崩壊し、約半日が経過した現在。
俺はゲートから離れた位置にある、ハンターの仮拠点に足を運んでいた。
すでにそこには、かなりの負傷者がいて、動けるハンターは次々と前線へ出ている。
つい先程、ゲートが攻略されたという情報が入っているため、この現状も半日ほどで治まるだろう。
「おい!なんで子供がいるんだ!」
俺の姿を見た中年の男性ハンターがこちらへ近づいてくる。
このやり取りをほぼ毎回のようにしている俺は、慣れた手つきでハンター資格を取り出し、男性の目の前に出す。
「俺は中級ハンターです。応援にきました」
「は?その年でか…。あぁ…クソっ、上は何やってんだ。いくら中級でもこの年齢のガキを…」
「大島さん!右田さんたちのチームから連絡です。金髪の少女がモンスターと交戦していると」
大島と呼ばれるハンターに、焦った様子の男が早口に報告を始めていた。
「あぁ?なら、右田たちに」
「壊滅しました…」
「ちっ!おい!大群対処の中から上級ハンターを2、3人を引き抜け!人命救助だ!大群掃討のチームに空いた穴は俺が埋める!で、右田たちがいた方角は?」
「この拠点から北東およそ1kmです。スマホに位置情報を送ります」
そう遠くないな…。
なら――
「大島さんで合ってますよね?」
「あぁ?」
「人命救助は俺がします」
そう言い残し、北東に向かって走る。
背後から大島の怒号のようなものが聞こえてくるが、何言っても止めようとしてくるのは目に見えている。
俺は気にすることなく、走り続けた。
体感500mほど進んだあたりで、氷小鬼に遭遇する。
〈ギィアァ?〉
無駄な抵抗をされる前に素早く刀を抜き、首を切り落とす。
速度は落とさずそのまま走り続けていると、近くで優に似た気配を感じた。
「優…もしかして、来てるのか」
母さんが死んだと知らされたあの日以来、一度も会ってない妹の顔を思い浮かべる。
思い浮かべると同時に、少しだけ優と違う気配だと気づいた。
「誰だ…」
確認したいが、正確な位置が分からない。
そのため、足を一度止め、耳を澄まして何か聞こえないか試してみる。
「……寒……。誰……助けて…」
とても小さく震えた声が聞こえた。
「向こうか」
全力で地面を蹴り、近くの建築物の頂上まで登る。
そして、声が聞こえた方向を注意深く見渡した。
「…いた」
複数のアイスゴブリンと氷牙獣に囲まれている金髪の少女の姿を見つけた。
複数のモンスターに今にも襲われそうになっているか弱い少女、というワケでもなさそうだ。
〈グィィ…〉
〈ギィアァ…〉
〈グルルルル…〉
モンスターたちが、小さな少女を全力で威嚇している。
まるで少女の方が強いとモンスターたちが訴えているようだったが、俺にはそうは見えない。
少女は自分の体を抱きしめながら震えている。
どう見ても、戦える状態じゃない。
着地地点を見定めつつ、高所からモンスターたちに奇襲を仕掛ける。
「はっ!」
〈ィ…〉
面倒なアイスハウンドを先に仕留め、反応しかけたアイスゴブリンの首を最後に落とした。
周囲を見渡し、モンスターがいないことを確認した俺は、少女の元へ歩み寄る。
「大丈夫か?」
少女は驚いた表情で俺を見る。
「……て………」
声が小さく震えていたため、よく聞き取れない。
「なんて?」
聞き取りやすいようにと、少女の口に耳を近づけようとした瞬間――
「逃、げて…今すぐっ!」
「!?」
全身に悪寒が走ったと同時に、全力で少女から離れた。
直後、少女を中心に氷の結晶が生成され、周囲にあったモンスターの死骸を凍結させ、近くの建造物を貫いた。
反応がもう少し遅ければ、俺もモンスターと同じ運命を歩んでいたかもしれない。
「マジ…か」
再び少女を見ると、彼女の腕の一部が凍結していた。
なんだ…この子、まるで力が制御できていない…。
違和感を感じつつ、邪魔な氷を砕きながら少女に近づく。
「私…は、大丈夫…だから」
「どこをどう見ても大丈夫には見えない」
見た感じ年齢も俺とそこまで離れていないように感じる。
なのに、なんでスキルの制御ができないんだ…。
「私のスキルは氷を操れるの。だから、これぐらいは平気…」
「平気…ね」
これで彼女の言葉を信じる人間がいるなら、会ってみたいものだな。
「制御できてないことぐらいわかるぞ」
「……」
彼女は黙ってしまった。
言い返す言葉が咄嗟には思いつかないのだろう。
スキルを保有した人間は自然と力の使い方がわかると聞くが、彼女のように全員が全員制御できる代物でもないらしい。
最近じゃ、『十二天』の望月家の長女、望月華という少女がスキルを暴走させたなんて話も聞く。
「わからない…。昨日までは普通に使えてたのに…ついさっき――ぐっ!」
少女は胸を抑えて、苦しそうにする。
何か俺にできることはないかと思考を巡らせるが、治癒系統のスキルを持ってない以上、そこまで役に立てるとは思えない。
彼女を担ぐのも無理そうだな…。
スマホを手に取り、救難信号を発信する。
ゲート崩壊の際などに使われる、位置情報が即座に近場のハンターに分かるように開発されたアプリらしい。
初めて使うからあまり信用しすぎない方がいいか…。
「苦しい…助けて…兄…様…」
少女の周囲に、新たに氷の結晶が生成され始めた。
「これは本格的にマズい状況だな」
どれだけ考えても、俺に彼女を救う手段は思いつかない。
また…何もできないのか。
脳裏に思い出したくもない、優の泣き顔が過った。
(もし、この場にいるのが俺じゃなく母さんだったら…)
そう考えた時、母さんに抱きしめられた際の温もりを思い出した。
なぜ、こんな状況で思い出したのか…。
「いや…温もり…か」
彼女は氷の能力に苦しめられている。
氷は熱で溶ける。
そんな安直で馬鹿な発想だとは自覚しつつも、何もしないよりはマシだと判断し、鋭く尖った氷の結晶を避けながら少女に近づく。
「聞いて…なかったの?こ、こから…逃げて…。私に、近づかない…で」
拒絶の態度を示す彼女の言葉を聞き流し、半ば強引に抱きしめた。
こんな俺だ…人を救って死ねるならまだ…
「え?何して……これ…心地いい……」
「…?」
気のせいか、俺も胸あたりに温もりを感じた。
周囲の氷は、少しずつ消滅していく。
まさか効果があるとは思わなかった。
周囲の氷と、少女の呼吸の乱れが治まった事を確認し、彼女の体から離れた。
「どうだ?」
「…もう平気」
「嘘じゃないよな?」
「…今度は本当…嘘じゃない」
そんなやり取りをしている最中、遠くから強い気配を感じた。
「っ!お兄様が来てる」
この気配、この子の兄だったのか。
相当強い、まるで母さんみたいだ。
というか、ボーッとしてる場合じゃない。
今見つかると面倒に巻き込まれると判断し、少女からゆっくりと離れる。
「家族が来ているなら大丈夫そうだ。じゃあ俺は行くな」
「あっ…」
少女が言葉を放とうとする前に、静かにその場を去った。
――神葬雪視点――
「んん……」
目を開けると、見知らぬ天井があった。
「ここは…」
「学校の保健室」
私の寝ているベットの近くの椅子に、お兄様は座っていた。
「どうして…」
「倒れたんだ。東雲凪に抱き着いてすぐ」
「そう…なんだ…」
「……」
「……」
私は…彼にそんな事をしていたんだ…。
あまりにも嬉しくて…その時の事をあまり覚えていない。
「見つけたのか?」
お兄様の声からは、真剣な質問だと読み取れた。
私はお兄様の目を力強く見つめた後、はっきりと答えた。
「はい、彼…東雲凪君は、あのゲート崩壊が起きた際、救ってくれた人です」
そう言うとお兄様は真剣な表情を崩し、優しく頭を撫でつつ笑ってくれた。
「そうか。良かったな、見つけれて」
「……はい」
お兄様の優しさと、探し続けた恩人に出会えた喜びで、顔が熱く、心拍もとても速い。
落ち着こうと、自分の胸にそっと手を添える。
「……やっぱり、変わってなかったなぁ…」
抱きしめられた時に感じたあの温もりは、偽物なんかじゃない。
深呼吸し、ようやく落ち着けた私は嬉しさの中に別の感情も芽生えていた。
「悔しい、ですね…」
保健室の窓から外を眺める。
今度戦う時は、きっとあなたより強くなって、今度は私があなたを助けます。
そう声には出さず、心の中で宣言した。




