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かつて存在した英雄たちへ ―継がれた意思の行方―  作者: Oとうふ
2.5章 静かに壊れて

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氷姫

 特に開始の合図があったワケでもなく、模擬戦は始まった。

 俺も木刀を構え、雪の動向を観察しようとした時、足元に冷気が集まっていた。

 咄嗟に今立っている場所から離れる。

 

「おや?バレましたか」


 直後、元の立ち位置から氷の結晶が生成された。


「ふぅ…マジか」


 これで中学生というんだから、理不尽な世界だ。

 まあ、攻撃の前兆が確認できるからチートというほどでもない。

 ただ……


「先生、これは剣術コースの模擬戦っていえるんですか?」

「ん?それはさっきまでだろ?今は時間つぶしの模擬戦だ」


 本当にいい性格をしている。 

 確かに思い返せば、はっきりと剣術コースの模擬戦とは言ってない。

 

「私に集中してください」


 雪の声がしたと思えば、正面に氷の壁が生成された。

 これは視界妨害か。

 一体どこから――


「あぶっ!」


 氷の壁を貫通して、氷の刃が飛んでくる。

 ギリギリ反応しどうにか弾けたが、これが複数本あるとなったら少し怖いな。

 そんな事を考えているうちに正面の氷の壁が一瞬にして消え、雪が『縮地』で距離を縮めてきた。


「東雲さん、勘が鋭い…いや、すごい反射神経といった方が適切ですね」


 そう言いつつ振り下ろしてくる氷の剣を木刀で受け止める。


「雪さんも、本当に中学生ですか?」


 言っちゃ悪いが、現時点で風見や彩霞よりも厄介だ。

 

「まだまだ行きますよ」


 彼女の持つ氷の剣が突如消滅した。


「っ!?」

 

 力をぶつけていた対象がなくなり、一瞬だけ体勢を崩してしまった。

 その隙を彼女が見逃すはずがない。


「はぁっ!」


 雪の手に氷の大剣が生成され、勢いよく振りぬかれた。


「ぐっ!」


 咄嗟に防御はできたものの、体が地面から少し浮いてしまった。

 着地地点を咄嗟に確認し、木刀を構えた瞬間、刀身の一部が凍っていることに気づいた。


「嘘…」


 着地してすぐ、雪の追撃が来た。

 攻撃を受け止めた瞬間、彼女の大剣を受け止めた部分の刀身の凍結が広がった。

 長期戦なんて考えはもう捨てなければならないみたいだ。

 俺の思考の変化を察したのか、雪は大剣を刀へと変化させた。


「私はあくまで見学者、そしてあなたはこのまま戦い続ければ武器の破壊で敗北。お互い、早めに決着を付けたほうが得ですね」


 雪は片足で地面を強く踏みつける。

 その瞬間、俺と雪の左右を氷の壁が塞いだ。

 一本道のようなこの状況、次の一手で勝敗が決まる。


「さて…」


 勝てるかどうか…そう口に出そうとした時にふと気づく。


(なんで俺…勝とうとしているんだ)


 この学校に入学してこれまで、ずっと目立たないように意識はしていた。

 そんな思考の俺が、なぜ今神葬雪に勝とうとしているのか、自分でもわからない。

 

「……」


 木刀を握る手の力が抜けていくのを感じた。

 相手が神葬雪なら、負けてもクラスメイトたちは納得してくれるだろうな。

 ふと、莉愛の顔といつかの言葉を思い出す。


『ラルドの兜を砕いたあの瞬間。私には、あなたが物語の英雄に見えました』


 あぁ…そうか。

 ようやく俺は自分の変化の一つに気づけた。

 俺は――


「莉愛に失望されたくないんだな」


 再び力を握る手に力を入れる。

 正面からは複数の氷の刃と共に、雪も距離を詰めてきている。

 氷の刃に対応すれば雪の攻撃を捌くのは厳しくなる。

 かといって、氷の刃は無視できない。

 だったらどうするか…。


「あ…」


 以前、これに似た状況を切り抜けている人物がいたことを思い出した。

 木刀の構えを変える。

 あの天然の天才に並ぶほど、俺に剣才がないのは理解している。

 だが、才能が無くたって、俺にはこれまでの経験と努力がある。

 それだけは誰にも無駄なんて言わせない。

 剣気の代わりに風を木刀に纏わせる。

 そして――


(彩霞流『霧散万霞』)

 

 木刀を振るうと、向かってきていた氷の刃は軌道が乱れ、俺の体には掠りもしなかった。

 本家とは質が全然違うが、今はこれだけで十分だ。

 続けざまに、雪に向かって全力の一撃を放つ。


「っ!」


 受け止めようとした雪だが、俺の力に耐えられなかったのか、氷の武器は砕け散った。

 そんな無防備になった雪の頭に、軽く木刀を置いた。


「ほい」


 すると彼女は信じられないといった顔をして、その場に膝をつく。


「うそ…、負けた…」

「……」


 なんだろう…負けて落ち込む気持ちは分かるけど、少し深刻にとらえすぎているような気がした。


「相当強かったよ。正直、うちの学年でもトップを争え――」


 精神的に不安定と察し、言葉をかけるもどうやら遅かったらしい。


「足りない…」

「え?」

「これじゃ…あの人の横に立てない」


 周囲の気温が一気に下がる。

 嫌な予感がした。

 俺たちの左右を塞ぐ氷の壁にヒビが入る。

 

「マズイ、騒ぎになる前になんとか…」


 ふと、過去に似たような経験をしたことを思い出した。

 母さんとの模擬戦中に、優の力が暴走したことがあった。

 確かその時母さんは――

 完全に思い出すより先に体が動いていた。


「え?」


 そっと雪を抱きしめる。

 彼女の体は驚くほど冷たくなっていた。


「落ち着け」

「嘘…この感覚……」

 

 雪がそう呟くと、徐々に冷気が消え去っていく。


「止まった…か。あ、ごめん勝手に触って」

 

 すぐに雪から距離をとる。

 …あれ、俺も昔誰かに同じことを……

 直後、氷の壁は砕け散った。

 砕けた壁の向こう側から、楠乃先生が歩いてくる。

 

「えーっと、東雲の勝ちでいいのか?」


 座ったまま固まっている雪と、彼女の傍に立つ俺を交互に見つつ、楠乃先生が訊いてきた。

 

「はい、俺が勝ちました。流石に疲れたんで、授業休ん――え?」


 突然、雪に抱き着かれた。

 暴走のせいで混乱、或いは恐怖に耐えられなくなったのかと思ったが、どうやら違うらしい。

 彼女の潤んだ瞳を見て、それが恐怖ではなく、喜びや安堵に近い感情だと察した。


「あなただったんですね、凪さん。私はずっと、あなたに『ありがとう』を伝えたかった」

「え?…え?」

「覚えてませんか?数年前のS級ゲートの攻略」


 数年前のS級ゲートの攻略…確か3年前、俺が中学に編入する前にあった。

 

「『氷雪ノ国』…」

「そうです。そこで、あなたは私を救ってくれたんですよ」


 そう言われ、彼女と出会った時から感じていた既視感の正体に気づく。

 母さんが居なくなって、荒れて暴走し、亜優さんに引き取られた後、俺は全国のゲート崩壊が発生した地域に足を運んでいた時期がある。

 その時に俺は、神葬雪と出会っていたんだ。

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