氷姫
特に開始の合図があったワケでもなく、模擬戦は始まった。
俺も木刀を構え、雪の動向を観察しようとした時、足元に冷気が集まっていた。
咄嗟に今立っている場所から離れる。
「おや?バレましたか」
直後、元の立ち位置から氷の結晶が生成された。
「ふぅ…マジか」
これで中学生というんだから、理不尽な世界だ。
まあ、攻撃の前兆が確認できるからチートというほどでもない。
ただ……
「先生、これは剣術コースの模擬戦っていえるんですか?」
「ん?それはさっきまでだろ?今は時間つぶしの模擬戦だ」
本当にいい性格をしている。
確かに思い返せば、はっきりと剣術コースの模擬戦とは言ってない。
「私に集中してください」
雪の声がしたと思えば、正面に氷の壁が生成された。
これは視界妨害か。
一体どこから――
「あぶっ!」
氷の壁を貫通して、氷の刃が飛んでくる。
ギリギリ反応しどうにか弾けたが、これが複数本あるとなったら少し怖いな。
そんな事を考えているうちに正面の氷の壁が一瞬にして消え、雪が『縮地』で距離を縮めてきた。
「東雲さん、勘が鋭い…いや、すごい反射神経といった方が適切ですね」
そう言いつつ振り下ろしてくる氷の剣を木刀で受け止める。
「雪さんも、本当に中学生ですか?」
言っちゃ悪いが、現時点で風見や彩霞よりも厄介だ。
「まだまだ行きますよ」
彼女の持つ氷の剣が突如消滅した。
「っ!?」
力をぶつけていた対象がなくなり、一瞬だけ体勢を崩してしまった。
その隙を彼女が見逃すはずがない。
「はぁっ!」
雪の手に氷の大剣が生成され、勢いよく振りぬかれた。
「ぐっ!」
咄嗟に防御はできたものの、体が地面から少し浮いてしまった。
着地地点を咄嗟に確認し、木刀を構えた瞬間、刀身の一部が凍っていることに気づいた。
「嘘…」
着地してすぐ、雪の追撃が来た。
攻撃を受け止めた瞬間、彼女の大剣を受け止めた部分の刀身の凍結が広がった。
長期戦なんて考えはもう捨てなければならないみたいだ。
俺の思考の変化を察したのか、雪は大剣を刀へと変化させた。
「私はあくまで見学者、そしてあなたはこのまま戦い続ければ武器の破壊で敗北。お互い、早めに決着を付けたほうが得ですね」
雪は片足で地面を強く踏みつける。
その瞬間、俺と雪の左右を氷の壁が塞いだ。
一本道のようなこの状況、次の一手で勝敗が決まる。
「さて…」
勝てるかどうか…そう口に出そうとした時にふと気づく。
(なんで俺…勝とうとしているんだ)
この学校に入学してこれまで、ずっと目立たないように意識はしていた。
そんな思考の俺が、なぜ今神葬雪に勝とうとしているのか、自分でもわからない。
「……」
木刀を握る手の力が抜けていくのを感じた。
相手が神葬雪なら、負けてもクラスメイトたちは納得してくれるだろうな。
ふと、莉愛の顔といつかの言葉を思い出す。
『ラルドの兜を砕いたあの瞬間。私には、あなたが物語の英雄に見えました』
あぁ…そうか。
ようやく俺は自分の変化の一つに気づけた。
俺は――
「莉愛に失望されたくないんだな」
再び力を握る手に力を入れる。
正面からは複数の氷の刃と共に、雪も距離を詰めてきている。
氷の刃に対応すれば雪の攻撃を捌くのは厳しくなる。
かといって、氷の刃は無視できない。
だったらどうするか…。
「あ…」
以前、これに似た状況を切り抜けている人物がいたことを思い出した。
木刀の構えを変える。
あの天然の天才に並ぶほど、俺に剣才がないのは理解している。
だが、才能が無くたって、俺にはこれまでの経験と努力がある。
それだけは誰にも無駄なんて言わせない。
剣気の代わりに風を木刀に纏わせる。
そして――
(彩霞流『霧散万霞』)
木刀を振るうと、向かってきていた氷の刃は軌道が乱れ、俺の体には掠りもしなかった。
本家とは質が全然違うが、今はこれだけで十分だ。
続けざまに、雪に向かって全力の一撃を放つ。
「っ!」
受け止めようとした雪だが、俺の力に耐えられなかったのか、氷の武器は砕け散った。
そんな無防備になった雪の頭に、軽く木刀を置いた。
「ほい」
すると彼女は信じられないといった顔をして、その場に膝をつく。
「うそ…、負けた…」
「……」
なんだろう…負けて落ち込む気持ちは分かるけど、少し深刻にとらえすぎているような気がした。
「相当強かったよ。正直、うちの学年でもトップを争え――」
精神的に不安定と察し、言葉をかけるもどうやら遅かったらしい。
「足りない…」
「え?」
「これじゃ…あの人の横に立てない」
周囲の気温が一気に下がる。
嫌な予感がした。
俺たちの左右を塞ぐ氷の壁にヒビが入る。
「マズイ、騒ぎになる前になんとか…」
ふと、過去に似たような経験をしたことを思い出した。
母さんとの模擬戦中に、優の力が暴走したことがあった。
確かその時母さんは――
完全に思い出すより先に体が動いていた。
「え?」
そっと雪を抱きしめる。
彼女の体は驚くほど冷たくなっていた。
「落ち着け」
「嘘…この感覚……」
雪がそう呟くと、徐々に冷気が消え去っていく。
「止まった…か。あ、ごめん勝手に触って」
すぐに雪から距離をとる。
…あれ、俺も昔誰かに同じことを……
直後、氷の壁は砕け散った。
砕けた壁の向こう側から、楠乃先生が歩いてくる。
「えーっと、東雲の勝ちでいいのか?」
座ったまま固まっている雪と、彼女の傍に立つ俺を交互に見つつ、楠乃先生が訊いてきた。
「はい、俺が勝ちました。流石に疲れたんで、授業休ん――え?」
突然、雪に抱き着かれた。
暴走のせいで混乱、或いは恐怖に耐えられなくなったのかと思ったが、どうやら違うらしい。
彼女の潤んだ瞳を見て、それが恐怖ではなく、喜びや安堵に近い感情だと察した。
「あなただったんですね、凪さん。私はずっと、あなたに『ありがとう』を伝えたかった」
「え?…え?」
「覚えてませんか?数年前のS級ゲートの攻略」
数年前のS級ゲートの攻略…確か3年前、俺が中学に編入する前にあった。
「『氷雪ノ国』…」
「そうです。そこで、あなたは私を救ってくれたんですよ」
そう言われ、彼女と出会った時から感じていた既視感の正体に気づく。
母さんが居なくなって、荒れて暴走し、亜優さんに引き取られた後、俺は全国のゲート崩壊が発生した地域に足を運んでいた時期がある。
その時に俺は、神葬雪と出会っていたんだ。




