不穏
佐藤との決闘に勝利した翌日、ようやくいつも通りの日常が始まるかと思っていたが…
「東雲君、今度僕に剣術を教えてくれないか?」
「ずりぃ、俺もいいか?」
「あ…あぁ」
別のベクトルで面倒事が増えたように感じる。
別に頼られることは嫌いでもないし、人脈を作るのは重要なことだとは把握しているつもりだ。
ただ…
「……」
隙あらば佐藤の睨むような視線に意識を持っていかれてしまう。
それには鍵谷も苦笑していた。
「あはは…、佐藤…ずっと睨んできてるな」
「東雲君、佐藤君は口や態度は悪いかもしれないが、良いやつなんだ」
どこが?と聞こうとしたが、ここは明石のフォローに乗ることにした。
「ああ、それは薄々気づいてるよ」
これ以上の争いを生みかねない発言は自重しなければ。
しかし、佐藤の睨むような視線は放課後まで続いたため、とりあえず話をつけることにした。
「で、屋上に来てまで俺に話ってなんだよ」
放課後になってすぐ、佐藤と共に屋上に足を運んでいた。
ここなら一応立ち入り禁止扱いを受けてるし、他の生徒が来る心配がないはずだ。
「いや、佐藤って強いんだなって思って」
「はぁ!?お前、わざわざ煽りに来たのか?」
「気が早いぞ。これは素直に感心しているんだ。魔法と剣術、どちらも実戦に使えるぐらいの技術は持っていた。あ、剣術の方は対人戦レベルじゃなく、あくまで知能の低いモンスターが相手の場合――」
「普通に言ったらどうだ?低レベル相手にしか通用しないってよ」
少し意外だった。
てっきり佐藤は、他人からの評価ばかりを気にしていると思っていたから。
「佐藤って結構客観的に自分とか見れるんだな。それなら呆気なく紗優に負けるとは思いにくいけど」
「油断しただけだ」
「そうか、油断か。少し安心した。紗優が三人を相手に余裕で勝ってたら、人間枠として見れなくなりそうだったからな」
空気を和らげようと冗談を交えると、佐藤は悔しそうな顔をした。
「はっ、どうせあいつが本気だしたら、俺たちなんて簡単に倒せるだろうよ」
「え……」
紗優の話は避けた方がいいな。
ただ、今の会話から佐藤の本質を垣間見ることができた。
彼は俺を通して自分の弱さに怒りをぶつけているんだ。
その姿は…どこか俺と似ている。
だからだろうか…つい余計な事を口走ってしまった。
「今すぐにとかは無理だけどさ。今度戦う機会があったら、魔法の使用制限なしで戦おう」
「お前だって本気じゃなかっただろ」
「それもそうだな」
「…なんか舐められてる気がして腹立つ」
そんなやり取りをしていると、ふと過去を思い出す。
母さんと模擬戦をしている中で、よく優が木刀を手放して泣き言を言っていた。
『…お母さん強いー。手加減して』
『優、無茶言うな。師匠はめっちゃ手加減してるぞ。あからさま過ぎて少し腹が立つけどな』
そんな優に俺はいつも通りの対応をして…、最早日常となったそのやりとりを見ていた母さんが、いたずらっぽい笑みを浮かべて煽ってくる。
『ふっふっふっ。私は英雄って呼ばれてるんだよ?子供に負けるわけないじゃん』
ここまでの流れが定番だった。
こんな記憶を思い出したのは、佐藤がその時の俺と似てるからだろうか。
「ま、いいや。次は俺が勝つ。それでいいだろ?」
佐藤はそう言って、屋上の出入り口へ向かって歩き出す。
「そうだな」
短く返したあたりで、扉が閉まる音がした。
聞いていたのかいなかったのか、定かじゃない。
ただ、俺と佐藤の距離感は今はこの程度でいいと思った。
佐藤が去って少ししたあたりで、屋上を後にし階段を降りていく。
その途中、莉愛らしき姿の生徒が、廊下を呆然と歩いているのを発見した。
「莉愛」
普通程度の声量で声をかけたつもりが、彼女には聞こえていないのか、反応が見られない。
そういえば、今日の莉愛は元気が無さげだった。
もしかして、どこか悪くなったんじゃ…。
「り…あっ」
そこで気づく。
「そういうことか…結乃」
「ん?あぁ、東雲君ですか」
今度はすぐに反応があった。
冷静に考えてみれば、周囲に人がいなくても校内であることに変わりはない。
どこで人が聞いているかわからない以上、リスクのある行動は避けないとな。
そんな事を考えつつ、彼女に近づこうとした時、足が止まった。
「……どうしました?」
「…あ、いや…なんでもない」
正直、自分の認知能力を本気で疑った。
なぜなら、目の前の少女が莉愛か紗優がわからなくなったから。
おかしい、普段ならわかるはずなのに…
「そうですか。それで、用事ですか?」
「え?あ、いや別に姿が見えたから…」
「すいません。少し急ぎの用事があるので、今度ゆっくり話しましょう」
「あぁ…」
そう言うと彼女は歩き去っていく。
「……やっぱりおかしいよな…」
この階に教室はない。
あるのは職員室や校長室、保健室のみ…。
「…こういう時の嫌な予感って、当たるんだよな…」
距離的に近かった保健室の扉を開ける。
室内には先生は見当たらず、代わりに2年か3年の先輩がいた。
「ん?申し訳ないけど、今先生は不在で…って、先生に用はなさそうだね」
「はい。聞きたいことがあって、さっきここに天宮結乃さんがいたと思うんですけど…」
「あー、すれ違っちゃったね。君は?彼氏かな?」
変な勘違いをされそうだったので、すぐに訂正を入れる。
「違います。友達です」
「へぇ~。ま、いいや。彼女さんのこと気にしてあげてね」
「だから彼女じゃ…。もしかして、結乃ってどこか悪かったりするんですか?」
心拍数が上昇し、思わず食い気味に質問してしまった。
「たまたま廊下で見つけてね、本人曰く軽い立ち眩みを起こしたらしい。一応、保健室まで来てもらったんだけどね。水を一杯ほど飲んだら出ていったよ」
「立ち眩み…ですか」
莉愛が立ち眩み?
先程見た莉愛は、特に体調不良という様子もなかった。
「私の経験上…彼女は何か精神的に不安定になっているんだと思うよ」
「そうですか…。結乃の事は注意して見ときます」
そう返答し、保健室を出ようとすると先輩が引き留めてくる。
「君は、他人である私の言葉の信じるのかい?」
「正確にいうなら、自分の勘を信じてます」
俺の言葉を聞いた先輩は満足そうに笑う。
「君、私の好きなタイプだ。ここは自己紹介をするべきだね。私は2年の獅童瞳、君は?」
「1年の東雲凪です」
「東雲君か。困り事があったらここに来るといい。可愛い後輩の頼みだ。面倒じゃなかったら協力するよ」
最後に余計な言葉がある気がするが、悪い人じゃなさそうだ。
どことなく、楠乃先生に似た雰囲気なのが不安要素だな。
「ありがとうございます。困ったら遠慮なく来ます。それでは」
会話を終えた俺は保健室から出て、帰路につく。
「さて…、どうしたものか……」
まだ俺は、いつも通りの日常に戻れたわけじゃないのかもしれない。




