疑惑
――東雲優視点――
泉さんと別れた後、私は早足で賀茂さんの元へ行く。
「おお、優ちゃん。無事で何よりだ」
笑顔で出迎えてくれる賀茂さん。
机の上には今回の事件に関連しているであろう書類が積み重なっていた。
「忙しいところにすみません。調べてほしい事があるんです」
「…どんな事だ?」
「天宮結乃の過去と、お母さんの葬式が終わってから今までの凪の情報」
私の言葉に賀茂さんは顎を触りながら、考える素振りを見せる。
「後者は簡単だ。亜優さんに尋ねるといい」
「亜優さんには、中学卒業までの様子を定期的に聞いていました」
「それでも知りたいことが知れなかったのか?」
「はい。凪のあの力……」
私の言葉に賀茂さんは目を細める。
「力を使い始めたのか?」
「はい」
「…そうか。そうだったな…。彼もまた君と同様、あの大英雄が認めた神継技の後継者だったな。…それで、天宮結乃はなんで調べてほしいんだ?」
この人なら、もしかして結乃の事を知っているのではないだろうか。
そう思い、賀茂さんの様子を見ながら尋ねる。
「……賀茂さんは莉愛…天宮莉愛という人物を知りませんか?」
時が止まったかのような静寂が訪れた。
賀茂さんは私の目を見つめたまま何も言わない。
耐えきれずに口を開こうとした瞬間――
「――天宮莉愛…か。その名前をどこで聞いたんだ?」
「凪が結乃をそう呼んだんです。多分隠してたんでしょうけど、土壇場で凪はボロが出るので」
「そうか。じゃあ凪君は聞いたんだろう。彼女たちの隠していることを。俺の口からはそれを言うことはできない」
賀茂さんは書類へ視線を落とす。
「どうしてですか?」
「安心してくれ、俺の口からは言うことができないだけだ。きっと優ちゃんになら教えてくれるよ」
「誰がです?」
ふと賀茂さんが私の背後を指さした。
ゆっくりと振り返ると、そこには結乃が……いや、違う。
「結乃…じゃないわね」
「ふふっ、ご明察です。久しぶりですね優さん。私は天宮紗優です」
紗優は微笑む。
私は彼女のその笑顔に、不穏な何かを感じ取った。
――神葬光視点――
賀茂さんたちが今回のスタンピードに関連した書類の処理をしている間に、一人で大分の街に出ていた。
つい数時間前までスタンピードの影響で避難警告が出ており、人気が無かったのに対し、今では多くの人が出歩いている。
店も通常通りの営業に戻ったらしい。
まあ実際、この土地の被害は、賀茂さんが作りだした小規模なクレーターだけだし、普通の反応か。
そんなことを考えていると、ふとおいしそうな食べ物が目に入る。
「へー、あれおいしそうだな」
「はい、実際とてもおいしいですよ」
「え?誰?」
気づいた時には平然と隣にいた。
小柄で綺麗な水色の髪と、真っ白な肌が特徴的な少女だ。
「すいません。こんな場所で神葬さんに出会えるとは思わず、ついはしゃいで距離を詰めてしまいました」
今更一般人を装っているのか?
目の前の少女に気づかれないように、警戒心を強める。
「ふーん、俺のこと知ってるんだ」
「もちろんですよ。一時期、異端児としてテレビに取り上げられてましたからね。おっと、そうでした。あなたも忙しい人ですから、素早く本題に移りましょう」
少女は意味ありげに微笑みつつ、鋭い視線を俺に向けて言った。
「妹さんを連れて、国立英雄育成専門学校へ見学に行ってください」
彼女の意図が全く読めない。
なぜ妹を『英専』の見学へ連れていく必要がある?
あまりにも先が見えない…これは俺、或いは妹を狙った罠か?
「すまないが、そんな頼みは――」
「――妹さんの命の恩人と出会えるかもしれませんよ?」
「は?」
彼女のその言葉に、頭の中が真っ白になった。
「…なんで知ってる?」
「信じてもらえませんか?なら、そうですね…今からだいたい3年前の2022年、S級ゲート『氷雪ノ国』。ここまで言えばいいですか?」
ほぼ無意識に近かった。
俺は指先を彼女の喉元に触れる寸前で止める。
「頼みとかはこの際どうでもいい。俺の質問に答えろ。なんで知ってるんだ?」
「どうしてでしょうね」
「手荒な真似はしたくはないんだけど?」
「そうですか。ですが安心してください。私は逃げも隠れもしません。ただ、神葬光さん。話し合いというのは穏便に済ませるほうが得ですよ」
気づいた時には、少女と俺との間の距離は数メートルほどひらいた。
「?」
何が起きた?
俺が移動させられたというよりは、彼女が移動した感じだ。
転移系統の能力者か、或いはもっと厄介な力か…
「穏便ね…。とりあえず君の頼み事、一度は受けてみよう。でも、穏便なのは君の言葉に嘘が無い場合だけだってのは覚えといてね」
「はい。もちろんです。というより、『英専』に行けばきっと、あなたの妹さんの命の恩人に出会えますよ」
まったく、この子の腹の底が読めない。
本当に不気味だな。
「ま、聞きたいことは山ほどあるんだけど、どうせ答えないだろうし。名前だけでも教えてくれないかな?」
「あぁ…失礼しました。私としたことが自己紹介を忘れていました。私――――柊詩奈と申します」
柊詩奈は思わず見惚れそうなほど綺麗な笑顔でこちらを見てきた。




