二人の弟子
――東雲凪視点――
「凪!」
短い言葉とともに、優がこちらを見てくる。
「了解」
ブランクはあれど、数年間はこうやって背中を合わせて戦ってきた。
だからこそ、余分な言葉は必要ない。
風を足元に集中させ、跳躍と同時に拡散させる。
「ちょっ!」
物凄い勢いで上昇し、気づけばイビルジラーフの頭部と同等の高度にいた。
〈キィッ〉
小さい鳴き声を上げたと思えば、すぐさま複数の目玉が俺を捕捉する。
こいつもビビることがあるのか、と思いつつ刀を思い切り振りぬく。
「はっ!」
〈キィィ!〉
片方の頭の目玉を切り裂くと、もう片方の顔は優から狙いを外し俺を捉えた。
その目にはすでに光線を発射できるだけのエネルギーがある。
これならいける、そう確信し声を上げる。
「優!」
叫ぶとほぼ同時に、イビルジラーフの足元から頭部の先端まで、微弱な電撃が伝う。
そして――
「ビンゴ!」
イビルジラーフの首…ちょうど頭と頭が分岐しているあたりで微かに放電のような現象が起きた。
「やっぱり、頭と頭のつなぎ目だ!」
そう優に報告する。
「凪っ!前」
言われずとも、現在進行形で光線を放たれそうになっていることぐらい理解している。
空中で足場もないこの状況、イビルジラーフの光線を回避する方法はあるにはある。
それは、風を思い切り自分にぶつけるという手段だ。
「ぐハァ!」
横腹に強い衝撃を受け、肺の中の空気を吐き出した。
力の出力が安定していない状態で、賭けに出すぎた気もするが、意識を持っていかれなかっただけマシだ。
受け身を取りつつ地面に落下し、すぐに体勢を整えつつ、莉愛から受け取っておいた携帯食を口にする。
「はぁ…」
体中の痛みが引き、視界が広くなった感覚がする。
どこぞの名言に、死ぬこと以外はかすり傷、なんてあるが今はその言葉の通りだ。
「あんた大丈夫なの?」
優が心配そうに声をかけてくる。
「なんとか大丈夫」
「そう、なら再生持ち相手の戦い方、覚えてるわよね?」
「覚えてる」
「そう、なら行くわよ!」
エリクサーの副作用か、倦怠感がある体に鞭をうち、優に続いてイビルジラーフの胴下へ入る。
そして、それぞれ左右の前足に近づいてきたころ、お互いの動作を確認しつつ、ほぼ同時に足の肉を削ぎ落す。
1秒のズレなく、それを前足と後ろ足で複数回繰り返す。
傷をつけていくにつれ、再生する速度が明らかに遅くなっていた。
「凪!行って!」
「頼んだ!」
再生能力のあるモンスターは、基本的に致命傷になり得る傷以外なら、古い傷から順に再生する。
知性がある以上、少し怖かったが、こいつも他のモンスターと同様、無意識に再生をするタイプで助かった。
おかげで、今なら致命傷だとしても、即座に再生なんてできないはずだ。
できるだけ最速で弱点へ向かうため、先程と同じように跳躍と共に足元に集めた風を拡散させる。
今度はうまく調整することができたみたいで、ちょうど弱点の手前だった。
「いい加減、勝負つけようかっ!」
風を纏った刃で、大きく切り裂く。
「っ!?」
切り裂いた皮膚の中に、赤黒く輝く結晶のようなものが見えた。
ただ、それと同時に周囲に肉が再生を始め、せっかく露わになった弱点を覆い隠そうとする。
「くそっ!まだ足りなかったってのか…」
「東雲君!」
「っ!」
下から沢田先生の叫び声が聞こえ、振り向く。
「手を出して!」
沢田先生の手には、魔石が握られていた。
まさか、『転移』できるのか?
どのみち、このチャンスを逃すのは避けたい。
その一心で、手を出した。
その瞬間、俺の手の平の上に魔力が込められた魔石が現れる。
それを見て思わず口角が上がった。
「最高です!沢田先生!」
そう言って、魔石を閉じようとする皮膚の中に突っ込みながら、大声を上げる。
「起動!」
次の瞬間、目と鼻の先で爆発が発生する。
顔は空いた片手で防げたが、それ以外の部位に激痛が走る。
今すぐにでも、ここから離れたいが、まだやることがある。
片手に風を集め、周囲の煙を霧散させる。
「莉愛!!」
名前を叫んで2秒もしないうちに、俺の目の前に莉愛が現れる。
その手には、先程使用した魔石より一回り大きい魔石が握られている。
俺のやけどが少しひどかったのか、彼女は目を見開いて俺を見ていたが、すぐに大きく開かれたイビルジラーフの弱点部分へ魔石を構える。
「起動」
普通の魔石とは桁が違う魔力量だった。
「くっ!」
咄嗟に、莉愛を抱きかかえイビルジラーフの首をけって、魔石から距離をとる。
その直後、轟音と衝撃波に襲われ、咄嗟に莉愛をかばう。
「っち!」
背中に走る痛みに耐えつつ、着地地点を見る。
そこには先に離れていたのか、優が構えている。
俺たちを受け止めようとしている…のか?
無理だ。
そう叫ぼうとしても、もう俺にそんな力はなく、そのまま優に直撃した。
「くぅぅ」
俺たち3人は盛大に地面を転がった。
「あ…ぁ…」
朦朧とする意識の中、残っていた携帯食をかみ砕く。
意識ははっきりとしてきたし、体の痛みも引いた。
なのに、妙に力が入らない。
というか、ものすごく怠い…。
天井を見上げていると、視界いっぱいに莉愛の顔が映る。
「ゆ…の」
「何…してるんですか」
多分、無茶苦茶な魔石の使い方のことだよな…。
いや、それ以前の戦闘もか?
心当たりが多くてわからないな。
「言いたいことはありますが、立ってください。急いで戻りましょう」
莉愛の手を取り、体を起こす。
視界すら、若干安定していない気がする。
「倒した…のか」
胴体から上…本来首があったであろう位置には、焦げ跡しかなく、近くの地面には、首と頭であっただろう焦げた肉片が転がっていた。
そこにはなぜか優がいて、何かを切り取っていた。
「大丈夫か、3人とも!?」
沢田先生が走ってこちらに向かってくる。
「はい…体は怠いですけど…」
「え?東雲君、やけどが治って…」
「先生、それは後です。優さん!」
莉愛は優を呼ぶ。
優は、手にイビルジラーフの弱点だった赤黒い結晶の一部を持っていた。
「それ…どうするんだ?」
「僕も気になるけど、今はここを出よう。皆、極力動かないように」
そうして、沢田先生が目を瞑ってすぐ、目の前の景色が変わる。
「え?」
転移先は洞窟の中、しかも見覚えがあった。
「ここ、ゲートの入口付近じゃないですか」
「まずい、魔力切れだ。ごめん、あの時魔石に魔力を割いてしまった…」
「気にしないでください。あれのおかげで勝てたんですから」
沢田先生を気遣っていると、優が顎に手を当てつつ言う。
「…このゲート、スタンピードが発生しようとしているのよね」
「「「………」」」
優の発言で、この場の全員が黙りこんだ。
すると、背後から複数の足音がはっきりと聞こえ始める。
「急いで!追いつかれたらマズいわ!」
俺と莉愛に関してはほぼ満身創痍に近い状態で、沢田先生も魔力切れでスキルも使えない。
優は多少動けるだろうが、反応からしてスタンピードに対応できるほどの力は余っていないのだろう。
追いつかれたら、本当に死ぬ。
体の疲労を忘れるほど、真剣に走りどうにかゲート入り口前まで到着する。
「出るぞ!」
ゲートの入口はスタンピードの影響か、現実世界がはっきりと見えていて、大きさも試験が開始した時と比べ何十倍もの大きさがあった。
あのサイズのモンスターが大量に背後にいると想像すると、背筋がゾッとする。
勢いよくゲートから脱出した瞬間、俺たちの目には多くのハンターたちの姿が見えた。
「え?あの子たちは…」
「はっ!…本部!ゲート内部より行方不明――」
「田丸さんに連絡を、行方――」
俺たちの姿を見た多くの大人たちが驚いていた。
「でれた…のか」
久しぶりに見た外の景色。
絶望に近い状況から抜け出せたと実感するには十分だった。
だからこそ、その瞬間に気を抜いてしまった。
最初に違和感に気づいたのは、数人のハンターの目線。
俺たちよりの後ろを捉えている。
時間の流れが遅く感じると共に、徐々に多くのハンターたちの視線が俺たちの後ろへ向けられる。
違和感は確信へと変化した。
咄嗟に振り返り後ろを確認した。
「っ!?」
そこには、ゲートから出てきているナニカがいた。
全身が漆黒の鎧で覆われ、赤黒い不気味なオーラを放っている。
脳が人間か、モンスターか判断するのに時間がかかった。
しかし、結論が出る前にそのナニカは巨大で禍々しいオーラを放つ大剣を振り上げる。
これはダメなやつだ…。
優たちへ視線を移す。
莉愛と沢田先生は変化に気づいていなく、振り返る俺を見つめていた。
優は俺と同じく振り返り、鎧を纏うナニカを視認し、刀に手を伸ばしていたが完全に出遅れている。
到底間に合うものじゃない。
気を抜いた数秒前の自分に怒りを覚えた。
(くそっ!間に合うか)
風を身に纏った瞬間、心臓あたりに激痛が走った。
「くっ!」
あまりの痛さにその場に膝をつく。
(最後の最後でっ!)
もうこの状況を変えることはできない。
どうしようもできない俺は、必死に手を伸ばした。
「ちょっと待て。その手、振り下ろす訳じゃないよな?」
聞き覚えのある声だった。
「!」
鎧を纏うナニカが振り上げた腕を掴む誰かがいた。
目を凝らして見る。
その人は――
「賀茂…さん」
ハンター協会代表、賀茂憲明は俺たちを見てほほ笑む。
「無事でよかった。あとは任せろ」
笑顔は一瞬で消え、ゲートから現れたナニカを睨みつける。
「さて、いきなりの登場とはやってくれるな、『混沌の騎士』」
カオスナイトと呼ばれたナニカは、賀茂の腕を振り払おうと左手で殴り掛かる。
その時点ですでに賀茂さんはカオスナイトの頭上に飛び上がり、頭を掴んでいた。
圧倒的経験差と身体能力……一瞬の攻防でこの場にいるほぼすべてのハンターたちが理解する。
これが日本で…いや、世界でも最上位に近いハンターの実力なのだと。
「負傷者狙っても面白くねーだろ。俺が相手してやるよっ!」
賀茂は掴んだ頭をそのまま地面へ勢いよく押し当てた。
轟音と共に大地が揺れ、小規模なクレーターとともに周辺に亀裂が走る。
俺たちは巻き込まれないように早々に距離をとった。
カオスナイトは、地面に頭部が埋まったまま動く気配がない。
その光景をみて安心すると同時に、先程の記憶が蘇る。
あの時、あの瞬間に賀茂代表がこの場所にいなければ莉愛たちは死んでいた。
以前のクラス対抗戦といい、運命そのものが俺に『力不足』と伝えてきているような感覚だ。
「賀茂さん、ありが…」
危機を救ってくれた賀茂代表へお礼を言おうと声を出した時、視界が暗転し意識を失った。
最後に聞こえたのは、莉愛の焦ったような声だった。




