悪目立ち
天宮結乃のあの目、たまたま視線があっただけには見えない。
何か明確な意思のようなものがあるように思えた。
「次の生徒さん、来てください」
水野先生の声で一度思考をやめる。
今は結乃の視線の理由を考えるより先に、考えるべき問題がある…。
おそらくこの調子でいくと、俺は最悪な状況になる可能性が――
「次の人は誰ですか?」
水野先生が俺たちの顔を順々に見ている。
次の生徒が休んだのか?
「今は6番の生徒さんですよ。えーっと…」
先生はスマホを取り出し、何かを確認している。
全く6番のやつは…
ふと、俺は思い出してしまった…。
(あー、中学の時の番号と間違えてたわ…)
胃に痛みを感じると共に、覚悟を決めた。
「東雲…凪くんですね。いますか?」
周囲の生徒の視線が一斉に俺に集まった。
「あー…すいません。忘れてました…自分の番号」
「次からは気を付けてくださいよ」
そう言って魔力測定が始まる。
さて、ここまで来てしまえば後のことは知ったことじゃない。
〈9〉
一瞬の静けさが終わり、ザワつくクラスメイトたちの声が聞こえ始める。
「9…ですか。まあ、努力次第で変わるので…落ち込む必要は、ないですよ」
先生も動揺を隠せないレベルだったことは声で分かった。
それに彼女の目からハイライトが消えている気がした。
◇
授業が終わり、教室へと戻ってすぐのことだった。
「あの…」
突然、天宮結乃が接触してきた。
紗優と瓜二つの見た目だから、間違えそうになったが、不思議と彼女を見ていると結乃であるとわかった。
「天宮結乃さんか。どうかした?」
「……」
天宮結乃は俺を見つめたまま何も言わない。
「え?…あのー、聞こえてる?」
「あぁ…すいません。人はよく私を紗優と間違えるので、一発で私を結乃と呼んだのはあなたが久しぶりです」
「えぇ……」
「私は影がとても薄いらしいので」
どうやら本人も影の薄さは自覚しているらしい。
どちらかと言えば、結乃の影の薄さは体質とか特徴ではなく、意図的に感じられるのだが…。
初対面で言う事じゃないな。
「で、用事があるんだろ?」
「そうですね。放課後、予定がないのなら少し付き合ってください」
「え?」
「「え?」」
どうやら困惑と驚きの混じった間抜けな声を漏らしたのは、俺だけじゃなくこの教室にいたほぼ全員だった。
いや、お前ら俺たちの話に興味津々じゃん。というツッコミが喉から出かけたが抑え込む。
ただでさえ魔力量の件で立場が怪しくなっているところに、このイベント…とてつもなく嫌な予感がするな…。
――3限目 魔法学――
チャイムが鳴り、先生らしき人物が入ってくる。
少し暗い橙色の髪色をした長身の男だ。
その顔には覇気がなく、どこか気だるげだった。
「はーい、ってことで魔法学は楠乃直人こと俺が担当する。入学式から約2週間、ちょい用事が長引いてしまって授業ができなかったのは申し訳ないと思ってる。で、今日から俺が復活したから、担当してる魔法学とその実技、体術の授業を開始する。って言っても体術の授業はまだ先だけどな」
誰も声は出さないが、表情から落胆の色が少し見える。
その落胆はおそらく体術の授業がまだ先という点と、不真面目そうな担当教師に対して発生した二重ショックから来たものだろう。
「じゃ、魔法学進めるぞー。今日は最初だから基礎魔法…炎、水、風、地、雷、氷について学ぼうか。はい、全員視線はホワイトボードね。で、書かれてんのは火魔法の詠唱文だ。これを唱えつつ魔法をイメージしろ。イメージによってはファイヤーボール的なのとか、火炎放射とかできるぞ…。って、ここにいる半分ぐらいはもう知ってるか…。英専に入ってくる奴はモチベーションの高い奴ばかりで楽だわー。無詠唱とか馬鹿げたことすんなよって注意するつもりだったけど、必要ないよな。じゃ、あとは個人作業ね。支給されてるタブレットから魔法学って書かれてるアプリの中に基礎的なこと書いてるから、あとガンバ。魔法初心者は適正探しから頑張れよ」
楠乃先生はかなり適当な事を口走ったと思えば、ノートPCを開き作業を始めた。
本当に大丈夫なのだろうか…。
どうやら不安を感じていたのは俺だけじゃないようで、クラスメイトの何人かは戸惑っている様子だった。
まあ、俺は魔法を使えないから関係のないことか。
――4限目 魔法実技――
魔法理論にて基礎的な魔法の詠唱文を学んだ俺たちは、早速実践してみることになった。
「遅れた分の授業はしないとってのはわかるけどさ、詰め込みすぎだよな。とりま、他のクラスに追いつくまで、代われる授業には代わってもらうように交渉しとくから、そこは安心しとけ」
「あ…俺ちょっと楠乃先生好きになったわ」
「意外と優しい先生かもな」
どうやらクラスメイトの楠乃先生への株が少し上がったらしい。
ただ、俺の中からは不安が消えない。
「えーっと、さっきの魔法学でやった基礎魔法の詠唱文の授業で、それぞれ適性を見つけているはずだ。だから適正に合った属性の魔法を今から一人ずつ、あの的に向かって放ってくれ。順番は出席番号順な」
楠乃の指示で俺たちは出席番号順に並ぶ。
「まずは明石」
「はい」
「お前の適性は?」
「風です」
「オーケー、じゃあ風魔法をあの的に向かって放ってくれ」
楠乃が指差した先には的があった。
明石と的の距離は大体20mで、初心者が当てるとなると少し難しい距離に感じる。
「【吹き荒れる風よ、我が前に顕現し敵を薙ぎ払え】」
明石が伸ばした手から風の刃が放たれ、見事に的を砕く。
その瞬間、周囲から歓声が上がった。
「すげぇ、あの距離の的に当たったぞ」
「流石、うちのエースじゃね?」
周囲の盛り上がり方に俺は内心驚いていた。
(あのレベルでこの盛り上がりか…)
あの年齢と、実戦経験なしということを踏まえれば、レベルがかなり高い。
高いのだが、俺が変にこの学校の生徒を過大評価していたようで、予想していたレベルよりは低く感じた。
良くも悪くも、普通の範囲にいる学生だ。
「はい、次――」
日本内でハンターの育成を専門とする学校は数が少ない。
中でもうちの『英専』は、実績で言えば1,2を争うほどの学園であるため、生徒は基本的に全員が、優秀という部類に入る。
ただ、同年代の平均的な実力を知らない俺にとって、何をもって優秀とするのかの基準が分からない。
「次は東雲」
「はい」
考え事をしている間の順番が回ってきたみたいだ。
名前を呼ばれた俺は先生の元へ移動する。
その間に俺は風魔法の詠唱を思いだす。
【吹き荒れる風よ、我が前に出現し敵を薙ぎ払え】だったか?
いや、【吹き荒れる風よ、我が前に顕現し敵を吹き払え】だっただろうか?
正直、詠唱文はうろ覚えだ。
……よし、思いだした。
「それじゃ、お前の適正は?」
「風です」
「的を狙えよー」
的に狙いを定めて詠唱を開始する。
「【吹き荒れる風よ、我の前に顕現し敵を薙ぎ払え】」
俺の手から風の刃が放たれ、的に見事命中。
的は綺麗に真っ二つになった。
「「は?」」
クラスメイトたちの間抜けな声を聞いた。
周囲を見ると呆然と真っ二つになった的を見つめる生徒たちの姿が…。
「あちゃー…、そりゃそういう反応なるわな」
楠乃は楽しそうな表情のまま言った。
「先生、どういうことですか?彼…東雲君の魔力量は〈9〉じゃ…」
「本当なら次の授業で話そうと思っていたんだけど…、皆気になるよな?」
「「はい」」
「だよねー」
生徒たちの食い気味な反応を見て苦笑いしながら、楠乃は頭を掻く。
「まずは魔力量とは何か。えーっと、そこの…名前は…」
「長石です」
「長石ね。おーけー」
長石と呼ばれた女子は、楠乃先生に投げかけられた質問に考える素振りを少しだけみせて答えた。
「魔力量はその者が保有する魔力の総量です」
「うんうん。魔法の規模・威力に関係している要素は?」
「…魔力量です。魔力が多ければ規模も威力も大きくなります」
何を当たり前な…と言いたげな表情で長石は答える。
気持ちは分かるが、それは正しい答えを言えた場合だな。
「うーん正解っちゃ正解。ちなみにこれが魔法研究大学の入試試験なら減点な。魔法の威力ってのは、ぶっちゃけ熟練度ってものなんだ。簡単に例えるなら水鉄砲かな?水の量が魔力量ってのを前提で話すぞ。例えば明石は、魔力量が超級レベルだ。でも、それは魔力量だけの話。水鉄砲は水の量が多くても、ただ長く水を出すことができるだけだろ?水の威力は上がるか?普通は上がらないだろ。水の威力を上げるにはどうする?はい、東雲」
「水を出す部分、射出口を広くすることと、押し出す力を強める」
小学生でもわかる、超簡単な仕組みだ。
「そうそう、こればっかりは参考書ばかり見ているだけじゃ身につかない、正しい知識だ。射出口が広ければ大量の水が出る。よって範囲に大幅に変化がでる。水鉄砲の射出口は人間で言うところの魔力回路だ。魔力回路を強くすれば、出力…押し出す力を上げられるってことになるだろ。魔力回路を成長させる方法は至ってシンプルで、魔法をどんどん使えばいいだけだ。そのうち、それぞれに見合う魔力回路になるだろう。魔法の世界じゃ魔力10が魔力60の人間より威力が高いなんてありえない話じゃない。まあ最大火力や持久力に関しては努力じゃ補えないがな。わかったか?東雲の魔法の威力が高い理由」
「「……」」
それなりの情報量だったからか、クラスメイトの反応ははっきりとはしなかった。
いや、これは情報量とかじゃなく、俺の能力に対する納得のできなさが原因か。
「全員、そこまで落ち込む必要はないぞ。東雲の熟練度は大したものだけど、異常ってわけじゃない。毎年1人か2人はいるレベルだからな」
先生の説明が終わると、クラスの一部から疑問の声が上がる。
「そうなのか…、っていうかなんで東雲は威力が出てんだよ?」
「そうよね……って、あれ…確か私たちの同級生に何人かハンターの資格を持っている生徒がいるって…」
ギャルっぽい見た目をした女子生徒がそこまで言った時、楠乃が少し驚いた顔で言った。
「あれ?お前ら聞いていなかったのか?今年の新入生の中に数人いるハンター資格を持っている生徒。そのうちの一人がそいつだよ」
次の瞬間、クラスメイトたちから向けられる視線に胃を痛めた。
※備考(読み飛ばしOK)
ハンターに関連した一部専門学校では、初級のハンター資格は持っていて当たり前とみなすことが多く、ハンター資格を持つということは中級以上を持つ、という意味になる。




