託されたもの
目を開けると、黒一食の空間に俺は立っていた。
「ここは…」
状況が読めないまま、一歩前へ踏み出す。
その瞬間、目の前に眩しく輝く光が現れた。
触れようと手を伸ばすが、光の周囲に突如現れた暴風により体ごと吹き飛ばされた。
「っ…何なんだ…」
暴風は光を守るように…いや、俺を拒んでいるように見える。
なら、あの光はきっと…
「母さん…」
貰ったんだ…守るための力を…
光に触れるために暴風を突き抜けるぐらいの勢いで走る。
「ぐっ、この程度!」
再び暴風によって体が吹き飛ばされそうになるも、必死に耐える。
今、この場であの光に触れなければ、力は二度と使えなくなる。
証拠も何もないが、不思議とそう確信している。
「くそっ!」
耐えきれなくなり、ついに体ごと吹き飛ばされた。
よほど強く俺を拒んでいるようだ…。
そもそも、この状況を作ったのは俺だから自業自得か。
勝手に腐って、力を使うことを避けて…優の言っていた通り、俺は悲劇の主人公になろうとしていたのかもしれない。
そんなダメな継承者なんだから、力にも見放されて当然だったんだ。
でも、もう悲劇の主人公をやめなければならない。
優のため…莉愛のために…なんて綺麗事は言わない。
俺自身のために、変わるんだ。
再び立ち上がり、光へ突き進む。
が、暴風を勢いを増し、先程よりも強く吹き飛ばされた。
「まだだ…」
何度も何度も……
諦めず、挑み続ける。
何度も何度も何度も何度も…
自分の無力さも、惨めさも…もう数えきれないほど味わった。
この程度で折れてたなら、俺はここにはいない。
だから――
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も…
どれだけ拒まれようとも、光に手を伸ばし続ける。
………
……
…あれ?なんで俺はこんなに必死に…
咄嗟に頬を叩く。
痛みで意識がはっきりした。
「くそっ。忘れかけていた…のか?」
俺の記憶力はそこまで悪くない。
あんなに強く覚悟を決めたつもりだったのに、気づけば忘れかけていた。
考えれば考えるほど、悪い方向へ思考が進む。
そして…最悪な考えに至った。
(どうでも…いいって思っているのか?)
この数年間、散々自分に嘘をついた。
だから、自分でついた嘘すら気づかなくなっていたのかもしれない。
まだ救いようがあると思っていたけど、もしかすると…もう…。
〈凪、意思は力だ〉
「ぇ…」
その声は、聞こえるはずのない人のものだった。
ゆっくりと、声がした方へ視線を向けると、人影があった。
顔はボヤけてしまって見えない。
でも、声と雰囲気でその人が誰なのかはすぐにわかった。
「母…さん」
瞬きを忘れ、目の前の人影を見ていた。
頭を支配していた暗い感情がどこかへ消え、ただひたすらに目の前の母さんの影に対しての疑問が浮かび続ける。
「なんで…母さんがここに――」
〈――ユウナ…テメェ見る目がねぇなぁ〉
気づいた時には、母さんの斜め後方に新しい人影ができていた。
体格が大きく、声も野太い。
知らない人だ…。
〈お師匠、そんなことはないよ。凪は十分強い〉
〈ったく、久しぶりに継承の間に呼ばれたと思ったら……で、ガキ。テメェ余程怠けてたな?あれだけ暴走してんのは初めて見たぜ。先生もそう思うだろう〉
男の呼びかけにより、また新たに人影が現れる。
会話の内容から、この場にいる人影が歴代のこの力の継承者だということを察するのは容易だった。
「歴代の継承者たち…」
〈ずいぶん早く気づきましたね〉
男の声で現れた人影は、凛とした声でそう言った。
全員、継承者であることは理解した。
でも、こんな経験…母さんから力を継承したときにはなかったはず…
〈あなたは継承の間は初めてでしたね〉
「継承の…間?俺は、母さんの力を継げていなかった…のか?」
〈多分、その人…初代が原因ですよ〉
人影が俺の背後を指さした。
振り返ろうとした瞬間、体が硬直する。
「なっ…」
[振り返るな。そのまま聞け]
他の人影とは違い、頭の中で声が響いているような感覚がし、違和感を覚える。
[ここは分岐点だ。お前はようやく、この場に立つ資格を持てたんだ]
もう頭はパンク寸前なのに、入ってくる情報量が多すぎる。
必死に情報を頭の中で整理し、問いかける。
「じゃあ、ここは力を完全に継承する場ってことか…」
[本来ならばだ。今の力はすべてを拒絶している。かつての継承者であるお前の師たちですらな。お前は拒絶している力の本流に、強引に身を投げたようなものだ。エリクサーに助けられたな]
言動からして、この空間へ来る前の一連の行動は把握済みらしい。
この声の主が言っている通り、俺は力を引き出そうとする直前に、エリクサーを合成した携帯食を食べた。
もし食べていなければ、体は本当に爆散していたかもしれない。
[お前は理解しているはずだ。チャンスは多くないことを…そして、自分のなすべき事を。違うか?]
脳内で莉愛の過去の話や、優の言い放った言葉を思い出していく。
「違わない。俺はイビルジラーフを倒して、優や莉愛、沢田先生と共に生きてゲートから出る。そうして、今更だけど向き合うんだ。逃げてきた自分に。これが今の俺の答えだ」
数秒間の沈黙が訪れた後、再び脳内に声が響く。
[口だけは及第点だ。あとは行動で示せ」
全くもってその通りだ。
このまま諦めたら口先だけの弱虫だ。
拳を握り、自身の頬を殴る。
「いて……」
唇が切れて血が流れる。
痛みと血の味で、意識がはっきりとした。
「諦めんな」
自分自身に言い聞かせるようにそう言い、光の方へ進んだ。
もう2度と、この覚悟を忘れかけないように。
最初に先生と呼ばれていた人影の横を通り過ぎる。
〈頑張ってね凪君。あと、自己紹介が遅れたわ。私は2代目の継承者、東雲空よ〉
言い終わると同時に人影が消えた。
次に男の影の横を通り過ぎる。
〈ハッ、気張れよガキ。俺は3代目、東雲乱場だ。覚えておけ〉
空さんと同じく、乱場さんも消えていく。
そして、最後に残った人影を通り過ぎようとした。
止まったらきっと、欲が出てしまうから。
でも、俺は少し通り過ぎたあたりで、足を止めてしまった。
「……」
言葉を探した。
俺という人間は、こういう時に限って言葉探しが下手だ…。
声を絞り出そうと口を開く。
「…ぁ」
〈凪、次に優を泣かせたら説教だよ。もちろん、莉愛ちゃんもね〉
言いたかったこと…いくつも頭に浮かんでいたのに、その一言ですべて真っ白になった。
もっとキツく言われるだろうと覚悟していた。
……いや、違うな。
俺は大切にしていたはずの数年間分の記憶すら、忘れていたようだ。
母さんは昔からずっと優しかった。
俺たちを本気で想ってくれているからこそ、その言葉に、行動にキツイなんて思う要素はない。
次々と母さんと優、家族で過ごした何気無い日常を思い出していく。
〈凪、これだけは見誤らないでね。東雲一刀流とこの力は――〉
その言葉の先を俺は知っている。
母さんが昔からずっと言い続けていた言葉だから。
振り返らず、前を見ながら力強く言った。
「〈――大切なものを守るためにある〉」
俺の声と重なったからから、母さんが微笑んだ気がした。
〈もう心配する必要は無さそうだね。長い長い遠回りだったけど、無駄じゃなかった〉
ふと、昔にした母さんとのやり取りを思い出した。
「――母さんが昔、俺に『刀を握る理由』を聞いたの覚えてる?」
〈覚えているよ。その時の凪は英雄になるためって言ってたね。今は…どんな理由で刀を握っているの?〉
母さんは優しい声で問う。
きっと母さんにはお見通しなんだろうな。
でも、言う事に意味があるんだ。
あの時とは違う答えを…成長したかは怪しいけど、今の俺を一言で伝えるならちょうどいい言葉を。
深呼吸をし、真っすぐに光を見つめたままその問いに答えた。
「大切な人を守り抜くためだよ」
恰好のつくようなセリフじゃなく、極平凡であり、人によっては当たり前だと思える回答だったかもしれない。
でも、母さんと俺の間じゃ、十分すぎるほどの言葉だった。
〈最高の答えだよ、凪〉
振り返りたい気持ちはある。
でも、もう覚悟は決めたんだ。
だから、もう振り返らない。
「ありがとう、母さん」
そう言い残し、再び暴風へ向かって走りだす。
「ぐっ…」
気を抜けば簡単に吹き飛ばされそうだ。
あんなキメ台詞はいておいて飛ばされるとか、最高にダサいストーリーにはしたくない。
「はぁぁぁぁ!」
腹から声を出し、暴風を突き進む。
体に切り傷ができても足を止めず、ひたすら前へ進んだ。
そして――
「はぁ…はぁ…」
俺はようやく光は目の前に立った。
いつの間にか、周囲を守るように覆っていた暴風はなくなっている。
「ようやく…か」
手を伸ばして光に触れる。
その瞬間、意識が朦朧とする。
[及第点といったところか]
背後に気配がすると思えば、また脳に直接声が届く。
やはり変な感覚だ。
[力を取り戻したから安心、そんな状況じゃないことは理解しているだろう。お前が過去に使っていた力は不完全な継承により得た力だ。だから、この力とは異なる。一度…一度だけ手を貸してやる。体で覚えろ5代目]
必死に粘ってみたが限界らしい。
初代継承者の声が聞こえる中、俺の意識は完全に闇の中に沈んだ。




