兄として
――東雲凪視点――
優は小さく呟きながら、こちらに近づいてくる。
「…結乃は見つけたのか?」
「ええ、同行していた沢田先生が行ったわ。安心して、あんたたちは沢田先生の『転移』で助かるわ」
「じゃあ、今すぐ――!?」
顔に衝撃が走り、視点が大きく優からずれる。
一瞬、何をされたか気づかなかった。
「は?」
少し遅れて、頬の痛みに気づく。
その痛みを実感するとともに、自分の身に何が起きたのか理解した。
俺は優に叩かれたのだ。
「いい加減にしてよ!お母さんのお墓参りに行って、あんたと出会った時もそう!俺が全部悪いですみたいな雰囲気で、私とロクに喧嘩もできない。ねぇ、そこまでして何が得られるの?何を得たいの?」
優の目には涙がにじんでいた。
言い訳をするつもりはない。
ここまで優を追いつめていたのは、他でもない俺自身だから…。
「言い返しもしないんだ…。じゃあ、友達が……結乃が死んでもよかったんだ」
彼女の言葉に向き合うと決め、黙って聞くつもりだった。
だが、結乃の名前を出された瞬間、反射的に口が動いた。
「っ!優!」
「そうじゃない!もし、本気であの子を守る気があったんなら、あんたは使っていたでしょ!?誰かを守るための力をお母さんに貰ったんじゃないの!?」
「……そ…れは」
多分、俺がどんなに頭の回転が速い人間だったとしても、その言葉に反論はできないだろう。
自分勝手なルールを決めて、大切なものを失くすまで学ばなくて…。
そんなことはとっくの昔にわかっていた。
〈〈キィィィィィ!!〉〉
頭部の再生が終わりかけていたイビルジラーフが鳴き声を上げる。
「あんたは先生たちと一緒に離脱すればいい」
「…優は?」
「あんたなんかと一緒に出たくない」
そう言ってイビルジラーフに向かって刀を握り、歩き出した優の背中を見つめる。
その姿は、俺の知っている優とはかけ離れ、ずっと強くなっていた。
それはそうか…。
俺は母さんだけじゃない…、優からすらも目を背け続けていたんだから。
「東雲君!」
背後から莉愛の声が聞こえた。
振り返ると、莉愛と沢田先生が小走りでこちらに向かってきていた。
「り…結乃、ごめん」
「東雲君、沢田先生の『転移』でここから脱出……もしかして、戦うつもりですか?」
顔に出ていたのか、莉愛にはすぐに気づかれた。
俺は静かにうなずく。
そのやり取りを見ていた沢田先生が、少し焦ったような様子で口を開く。
「このゲートではスタンピードが起きようとしているんです。ここで時間を消費して、スタンピードが起きてしまえば『転移』があっても、無事に脱出できるかもわからなくなるんです。だから出ましょう」
「…スタン…ピード…。結乃は知っていたのか?」
あまり驚いた様子のない結乃に訊く。
「私は一足先に聞きましたので」
スタンピードのことを考えれば先生の言う通りにするのが最善だ。
だが、何かが引っかかる。
なんで優は脱出しようとしない?
いくら俺が嫌いでも、命の危険に身を晒すほど優は馬鹿じゃない。
なら…きっとあるはずだ。
優が残る…理由、が…。
まさか……
「俺はここに残ります」
「「え?」」
結乃と沢田先生の声が重なる。
「早く出ないとあのバケモノが――」
〈〈キィィィィィィィ!〉〉
イビルジラーフの頭部は完全に回復し、先程よりも甲高く、迫力のある鳴き声を上げた。
その様子を見ながら優の隣へ移動する。
「今更何?あんたがいたところで邪魔なだけ」
冷たく突き放そうとしている優を見ながら言った。
「このモンスターをゲートの外に出さないため、か?」
「……この大きさでゲート外に出られるなんて思わないわ。何を根拠に――」
「――ずっと前から見てたんだろ?」
俺は母さんがいなくなったあの日からの優は知らない。
でも、それ以前の優は知っている。
だからこそ、嘘や隠し事をしていることぐらい見抜ける。
優はずっと前に俺たちを発見していて、イビルジラーフと戦うところを見ていたんだ。
「……まったく、面倒ね…家族って」
見ていたからこそ、優はイビルジラーフの恐ろしさを予測してしまったんだ。
刀を握りしめる。
「あんた…足手まといになる自覚、ないの?」
「あるさ。あるからこそ、俺は覚悟をしないといけない」
「何を言って…」
正直な事を言うと、別にイビルジラーフが危険だからという理由でこの場に残ったわけじゃない。
ただ、優から逃げたくなかったんだ。
ここで逃げてしまえば、優の隣には二度と立てなくなる気がしたから。
唯一の家族である俺がこんなダメ人間になった後も、優は一人で母さんの仇を討つという目標のために努力を続けた。
その努力は力を継いだ俺もするべきものだった。
このまま優だけに師匠の…母さんの仇を追わせる。
そんな最悪で無責任な選択をさせるほどの愚者にはなりたくない。
だからこそ、ここで俺は――
「――優、お前の兄でいさせてくれ」
胸に手を当てる。
(大丈夫、使い方は覚えている)
呼吸を整え、かつて師匠に教えてもらった通りに、自身の中にある力をイメージする。
魔力が無い俺は、イメージするしかない。
でも、それは師匠も同じだった。
「はぁ!?凪!あんた何やって――」
〈〈キィィィィィィィ!!!!〉〉
イビルジラーフの頭部から巨大な光線が放たれる直前だった。
「しまった――」
俺に気を取られたせいで、優の対応が遅れた。
彼女は急いで技を放とうとしているが、明らかに間に合わない。
絶望的なこの状況。
しかし、この一連の流れは想定内だ。
ポケットからある物を取り出し、口の中に放りこみ、軽く噛んで飲み込んだ。
次の瞬間、激痛が全身を走り、体の内側が爆発しそうな感覚に襲われる。
「ぐっ!―――」
痛みがピークに達したと同時に、視界が暗転した。




