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かつて存在した英雄たちへ ―継がれた意思の行方―  作者: Oとうふ
2章 託されたもの

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33/61

天宮結乃

――天宮■■視点――



 ある日の夜、突然私は目が覚めた。

 近くに置いてある時計を見ると、就寝してまだ1時間も経過していなかった。

 

「んん…」


 もう一度寝ようと目を瞑る。

 しかし、なかなか寝付けない。

 どうしようかと悩んだ末、私は水でも飲もうと自室から出た。

 寝起きで意識がはっきりしていなかったのか、気づけばお父さんたちの寝室の前に来ていた。

 なんでここに来たんだろう…、そう疑問に思っていると中からお母さんの声が聞こえてきた。


「あの子たちが成長する姿を見るのは楽しいんです。紗優も莉愛も毎日元気いっぱいで、こんな日が永遠に続いてほしいと思うの。でも、時々…私わからなくなるんです…

「三春…」


 お母さんの名前を呼ぶお父さんの声は、どこか悲しそうだった。

 その声を聴いているうちに、私の意識もハッキリしてきた。

 

「私、怖いんです。あの子たちが双子じゃなく、本当は三つ子だったと知らせることが…」

「嘘をつくのは確かにつらいことだ。でも、無理してまであの子たちにいう必要は――」

「あの子が…莉愛が最近になって結乃の話をするんです」

「っ!?」

「おかしいでしょ…だって…、結乃は…」

「落ち着け。今日はもう寝よう」

「あの子は…莉愛なのか結乃なのか、わからなくなるんです。」


 母さんの震えた声が聞こえた瞬間、全身が凍り付いたような感覚に襲われ、脳内ではお母さんの声がリピートされる。


『あの子は…莉愛なのか結乃なのか、分からなくなるんです』


 悪寒が背筋を走り、吐き気まで感じた。

 

「私が…わからない…?」


 平衡感覚がなくなり、自分が真っすぐ立てているかわからなかった。

 扉を開けようと伸ばした手はドアノブを掴むが、回すことができない。

 この扉を開けば、きっと…もう戻れない。 

 そう直感していたから…。

 でも…それでも、私はこの扉を開けないといけない。

 それは私の意思というよりは、使命感のようなものだった。

 これは悪い夢だ。

 きっと、扉を開けた先にいるお父さんとお母さんは笑いながら「早く寝なさい」って言ってくれる。

 そう自分に言い聞かせながら、ドアノブを回して扉を開いた。


「お父さ――え…」


 二人の顔は私が想像しているものとは違った。

 お父さんは驚き、お母さんは信じられないものを見たかのような顔をしていた。

 

「…莉愛。どうして…」

「え…え…」


 頭が真っ白になった私は、ついその言葉を口にしてしまう。


「ねぇ…お母さん、私は莉愛じゃないの?」


 私の質問に焦ったお母さんは慌てて答える。


「莉愛は莉愛よ。私たちの子供」


 あぁ…私は知っている。

 お母さんのあの表情は、嘘をついている時のものだ。

 私は…お母さんの僅かな表情の変化に気づかないほど、鈍感じゃない。


「お父さん…どこまで……本当なの?」


 唖然としていたお父さんを見る。


「え?」

「私は天宮莉愛なんだよね?」

「当りま――」

「――じゃあ!()()ってなんなの!?私は莉愛だよ?わからないの?結乃じゃない!!」


 自分でも驚くほど大きい声で、私は言葉を…感情を止めることができなくなっていた。

 きっと、私の中で感情を制御していた何かが壊れてしまったんだ。

 どれだけ声を出しても、言葉を放っても…一向に不安は消えてくれない。

 多くの言葉を両親にぶつけた。

 二人とも呆然と私を見たまま、動かない。

 やがて声を出す力も尽きてきた私は、かすれ気味の声で呟く。


「私は誰…なの……っ!?」


 その直後だった。

 私の中で何かが激しく鼓動する。


「い、た…い。お母…さん。お、父さ…ん……」


 胸に激痛が走り、思わずその場に膝をついた。

 その様子を見たお父さんとお母さんは、急いで私の元へ駆け寄る。


「莉愛!くそ!三春、莉愛を頼む」


 お父さんは見たことないくらい焦った顔で、部屋を勢いよく飛び出していった。

 お母さんが私を抱き上げ、ベットに寝かせ数十分が経過したころ、家へ病院の先生がやってきた。


「これは…」


 先生は驚いた様子で私の額に手を置く。


「熱はないね」

「せん…せ、い」

「私が来たからもう大丈夫。安心して任せておくれ」


 そう言って、先生は私の体に手を添え目を瞑った。

 暖かい何かが全身を伝う。

 しかし、痛みは消えない。

 それどころか、時間の経過とともに強くなっている。


「うっ!…いた、い…」

「先生っ、莉愛は大丈夫ですか?」


 お母さんの質問に先生はすぐには答えなかった。

 

「……」

「先生!」

「…わからない」


 先生のその言葉にお父さんもお母さんも言葉を失っていた。


「私のスキル『病原探知』は、対象の傷や病気を特定できます。ですが…その探知に引っかからないものがあるんです。それは、精神障害のようなものです…」

「精神?これが精神障害に見えると?」


 苛立ちを隠せなくなってきているお父さんが、先生に詰め寄る。


「医者をやって数十年、このスキルと共にやってきました。その経験を踏まえて言います。私のスキルに嘘はないと」


 先生の一言は、この場の空気を重くした。

 

「莉愛!」


 部屋に慌てた様子のおじい様が入ってきた。


「お父様…莉愛が」

「…!?」


 おじい様は一直線に私の元まで来て、額に手を当てた。


「どういうことだ…魂が……。豪造、三春…何があった?」


 険しい顔をしたおじい様は、お父さんとお母さんを見ながら問いかける。


「…莉愛が最近、結乃の話をするという相談を三春から受けていた…。それで、その話を莉愛に…」


 お父さんはおじい様に頭を下げた。


「俺の責任です。油断していた、莉愛は寝ているだろうと…」

「…説教は後だ。この状態ままじゃあ莉愛は長くはない」

「「!?」」


 お父さんとお母さんは驚き、先生は顔を伏せる。


「以前あれほどいったろうに…。魂は見えない人間にとっては曖昧なものだ。きっと、莉愛の精神を…自己の存在の認知を歪める言葉を聞かれたんだろう」


 おじい様のその言葉にお母さんは深く頭を下げる。


「ごめんなさい…。私が…」

「だから説教は後と言うとる。それに、これは積み重ねで起きた事故だ。一度しか説明せんからよく聞いとれ。おそらく、莉愛は無意識に結乃の魂を認知していた。それが、今回の二人の会話の中の特定の言葉がきっかけで、自己の存在の認知を歪めてしまった。その歪みが魂が本来あるべき場所に隙間を作り、そこに結乃の魂が現れ、混在してしまった」


 その説明を聞いたお父さんもお母さんも理解できていない様子だった。

 

「あの…理解が…」

「理解はすぐにはせんでいい」

「…その魂の混在が原因、そういうのかね?」


 先生がおじい様に質問する。


「そうだ。肉体はいわば器。器に入る魂は一つが原則。莉愛の体は今、一つの器に二つの魂が入っている状況だ。この状態を続ければ、やがて器は壊れる」


 昔、おじい様のスキルについて聞いたことがある。

 生物の魂を視認するものだと言っていた。

 今のおじい様にとって、私は何に見えるか気になった。

 変わらず莉愛なのか…それとも、結乃なのか。

 でも、聞くだけの力はもう残っていない…。


「何か方法は?」

「あるにはある…」


 お父さんの質問に、おじい様はお母さまを見ながら答える。


「魂を封印するんだ。幸い結乃の魂の中にある意識は覚醒していない。このまま封印できれば器は保たれる。普通は魂を封印するなんてできないが…三春、お前のスキルならば可能だ」


 名指しされたお母さまはたじろぐ。


「……でも…私のスキルでも…」

「『封印』のスキル制限は、自身より魔力量の多いものを対象に指定できないだったな。確かに莉愛の魔力は三春よりも多い。だが、儀式をすることで、一時的に制限を無視できるだろう?」

「心配しているのは、そこじゃないんです。…魂が混在している中…片方の魂のみの封印は完璧にはできません。莉愛の記憶や感情、魔力…もしくはすべてを巻き込んで封印してしまう可能性があります。それに…私のこの力は存在が曖昧なものに対しての効果がとても…」


 弱気になっていく母さんにおじい様ははっきりと言い放つ。


「時間稼ぎにしかならずともやるべきことをやる。お前たちは自分の娘を救えないを理由に見殺す気か!」


 おじい様の気迫に押され、お父さんもお母さんも数歩下がる。


「…大声を出してすまなかった、莉愛。豪造、三春…決めるのはお前たちだ。『封印』をするなら莉愛にも負担をかけることになることだけは覚えておけ」


 そう言い残し、おじい様と先生が部屋から出て行った。

 部屋に残されたのは、お父さんとお母さんと私の3人だけになった。


「……三春、『封印』してくれ…」

「あなた…」

「俺は…莉愛に生きてほしい」


 お父さんの泣いている顔を初めて見た。

 

「……わかり、ました」


 お父さんにつられてか、お母さんも再び涙を流しながら私に近づき頬をそっと撫でる。


「ごめん…なさい……。ダメなお母さんで…ごめんなさい…」


 私はお母さんを苦しめていたのだろうか。

 もし、苦しめていたのなら――

 気づけば私は、声を出していた。


「私のことは気にしないで。大好きだよ…お父さんも、お母さんもおじい様も」


 この言葉に嘘はない。

 たとえ私を莉愛として見ていなかったとしても、自分たちの娘として愛してくれたのは事実だから。

 その後、数時間かけて儀式を行い『封印』のスキルは無事に成功した。

 しかし――


「莉愛?」


 儀式が終わった直後、お母さんが不安そうに私の名前を呼ぶ。

 

「なに?」


 返事をすると同時に、私は違和感を覚えた。

 

(私の声って、こんなに無感情だったかな?)



――東雲凪視点――



「――これが、今の私の原点といったところです」


 莉愛の昔話は想像以上に重い内容だった。

 内容面でも、魂の混在など、モンスターや魔法が存在する世界だとしても、そのスケールは一段上に感じる。

 ただ、今の話…俺が理解した内容が正しいのなら、おかしな点がある。

 もし…感情を巻き込んだ『封印』が施されているなら…なんで彼女は涙なんて流せた…。

 それに、今の彼女はどっちだ?

 混乱してきた…。


「混乱しますよね…。はっきり言います。私のこの体も意識も天宮莉愛という認識で正解です」

「じゃあ、莉愛…さん?の話だと、『封印』がないと命が危ないってことだよな?今の莉愛さんに、感情が無いようには見えない」


 感情が表に出ている今、彼女の『封印』は本当にできているのだろうか…。

 もし、できていないのなら…彼女は再び死へと……


「…多分ですが、そんなすぐに危険になるものじゃないんだと思います…。おじい様が生きていれば、もっとはっきりわかるのですが…」


 莉愛さんのお爺さん…つまり先代の天宮家当主は亡くなったのか…。

 魂を視認できる唯一の存在が消えた今、彼女の状態をはっきりと認知できる人間はいない。

 相当厄介な状況になってるな。


「……それと、莉愛さんはやめてください。今まで通り、結乃でお願いします」

「…り、結乃はそれでいいのか?」

「…はい」


 普段の彼女は何を考えているのか全然わからなかったが、今は笑ってしまうぐらい丸わかりだった。


「わかった。莉愛」

「え?」


 他の人間がどう考えているかは知らない。

 でも、俺にとっては…いや、俺と優にとって名前は師匠…母さんの存在の証みたいなものだ。

 だから、軽く扱ってほしくはない。


「二人の時ならいいだろ?」

「え…まぁ…はい」


 莉愛は呆然と俺の顔を見ていた。


「莉愛?」

「は、はい」

「今は切り替えて、ここから抜け出す方法を考えよう」

 

 どのみち、ここから生きて帰らなければ、何も解決することはない。

 ますます死ぬ理由が見つからないな…。


「あのキリンのようなモンスターを倒す方法は、正直私にはわかりません…」


 そう、ハンター協会に登録されていないモンスターの対応なんて、一学生がわかるものとは思えない。


「ただあのモンスター付近で『探知』が妨害される性質上、魔法攻撃への耐性もありそうです」

「探知…魔法妨害?」


 その瞬間、頭の中でこれまでの情報が繋がっていった。

 あり得ないほどの巨体に光線、探知に魔法妨害…そして、未確認に分類されるモンスター…


「いる…」

「え?」

「俺は、あのモンスターに心当たりがある…」

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