願い
「……あぁ?」
目を開けると、そこには見覚えのない岩肌がむき出しな天井がある。
「?……ここは…」
全身にある怠さと片手にある違和感を不思議に思いつつ、上半身を起こすと同時、これまでの記憶が蘇った。
「っ!結乃っ!」
咄嗟に名前を呼ぶ。
しかし、返事どころか姿が見えない。
「くそ…結乃、何してんだ…」
ここにいないなら、水場まで戻っている可能性が高い。
そう信じ、来た道を戻ってみる。
「結乃?」
水場まで戻ってきたものの、結乃の姿はない。
「……」
考えたくもなかった。
しかし、この状況…もう目を背けることはできないのだろう…。
再び戻ってきた扉の前…、開けようと手を伸ばすも先程のキリンのようなモンスターの姿が脳裏を過り、思うように手に力が入らなかった。
一度、扉から手を引き、刀を握りしめる。
「覚悟を決めろ…」
深く息を吸い込んだと同時、片手で扉を開ける。
即座に周囲の確認をし、キリンモドキがいないことを確認する。
「今がチャンスか…」
そう判断し、扉から足を踏み出した直後――
[キィィィィィィィ]
「っ!」
遠くからキリンモドキの鳴き声が聞こえた。
「はぁ…なんだ、遠くか…」
早くなった心臓の鼓動を抑え、周囲を見渡す。
この場所が高所のため周囲を一望できるが、地上は歪な形をした巨大な木々のせいで見通しが悪い。
ここから人ひとり見つけるのは至難の業だろう。
そう思い降りるための道を探そうとしたが…
「ないのか…」
下へ続く道はどこにもなかった。
代わりに――
「……うわ…」
断崖絶壁になっているのかと思いきや、十分に足場があり、身体強化が得意なら人間なら戻ってこれる状態になっていた。
だから結乃は単独行動したのか?
そう疑問に思いつつ、目視で地上までの距離を見定める。
「やっぱり俺の見間違えじゃなかったか…」
やはり5,60mある。
となると、あのキリンモドキはおよそ70m付近か…。
そんなことを考えつつ、素早く足場に飛び移り降りていく。
先程の穴に比べてみれば60mなんて可愛く思えてしまう。
ものの数分で地上に降り立ち、周囲を見回す。
予想通り、歪で巨大な木々のおかげで光が届かず、視界はあまりよくない。
いつキリンモドキがこちらに戻るかわからない以上、時間はあまりかけたくない。
「……待てよ」
冷静になって考えてみれば、この状況あまりにも俺に都合が良すぎやしないか?
キリンモドキがいないおかげで、ある程度余裕をもって探索できるこの状況…。
何か引っかかる。
脳内で、初めてキリンモドキと対峙した場面が再生される。
「…鳴き声」
動物というのは、常日頃から鳴いているわけじゃない。
コミュニケーションや威嚇など、何かを伝えたい時や危険を察知した時に、鳴くことが多いと聞く。
もちろんモンスターすべてに当てはまるとは言わない。
言わないが……。
心臓が締め付けられるような感覚がした。
冷や汗が頬を伝い、心臓の鼓動は早くなる。
俺が記憶している中でキリンモドキが鳴いた場面は、俺たちと対峙した時のみ。
もし…もしもだ。
キリンモドキが鳴くきっかけが、敵を見つけた時だったとするならば、先程の鳴き声は一体何を見つけたのだろうか?
結論にたどり着く前に俺の体は動いていた。
この行動が無駄に終わるなら、それでいい。
でも、もしも俺の嫌な予感が当たっているなら――
「くそっ!」
結乃が危ない。
――結乃視点――
「はぁ…はぁ…」
極力振り返らずに走り続ける。
「っ!」
咄嗟に進行方向を変える。
それと同時に正面に光線が直撃し、そこに存在していた草木を跡形もなく消し飛ばした。
東雲君の手を切った時とは、光線の厚さが違う。
流石のエリクサーでも、体を丸ごと消されてしまえば回復はできない。
「はぁ…くっ!…はぁ」
息切れで苦しくても、足に痛みを感じても、動きだけは止めない。
止めれば死んでしまうから。
今の私にできることは、このモンスターを引き付け東雲君のいるあの場所から遠ざけること。
そうすれば、彼が目覚めても探索に余裕が持てる。
「!」
再び放たれる光線を避け続ける。
私の役割の探知も、このモンスターの近くじゃ役に立たない。
休憩できる場所が確保できない以上、このまま逃げ続けることなんてもう…
[キィィィィィィィィ]
咄嗟に耳を塞ぐ。
未だにこの鳴き声に慣れない。
「あっ」
私のすぐ隣に光線が放たれ、着弾により発生した爆風により私は吹き飛ばされた。
「……」
耳を塞ぐことに意識を取られたせいで、自身の足が止まっていることに気づけなかった。
幸い目立った外傷はないが、少し頭を打ったせいか、視界が安定しない。
私が立ち上がったと同時に、背後に殺気を感じた。
振り返ると、巨大なキリン型のモンスターは複数の眼球で私を見下ろしていた。
よく見ると口角は上がっていて、まるで私を嘲笑っているかのようだった。
その様子を見て理解する。
(あぁ…わざと、ですか)
私は目を瞑った。
最初からおかしいと思った。
私程度の人間が、こうも光線を都合よく避け続けることなんてありえないんだ。
このモンスターは、私の逃げる姿を楽しんでいた…。
周囲から聞こえる雑音が遠く感じられ、心音がうるさい。
これが、死に直面した時の感覚なのだろう。
そう思うと同時に、自然と口から言葉が漏れた。
「結乃…ごめんね…」
驚くほど、その声は震えていた。
良かった…こんな情けない声を…彼に聞かせなくて。
「諦めんな!馬鹿!!」
声が聞こえた次の瞬間、私は誰かに抱きかかえられ物凄い速度で連れ去られた。
背後からは爆発音が聞こえる。
「え…」
「やっぱ来て正解だった」
私を抱きかかえる人物の正体は、東雲君だった。
「どうして…」
「ここから出るなら、二人でだ。結乃が出ないなら、俺も出ない」
「っ……」
私は視線を下げ、胸に手を当てる。
そして、東雲君には聞こえないぐらいの小声で呟く。
「…なんで」
湧き上がる感情を押し殺そうと胸を握りしめ、彼に顔を見られないように俯く。
私は捨てたはずだ。
誰も傷つかないように。
ハッピーエンドの物語に私はいらない。
なのに、どうしてあなたは…
(私に希望を…くれるの…?)
私の中で、何かに亀裂が入るような音が聞こえた。




