悪夢
――東雲凪視点――
「洞窟か…」
ゲートの内部は洞窟だった。
かといって真っ暗というワケではなく、洞窟の壁には多くの光る結晶があるおかげで、ライトは必要ないほど明るい。
周囲を見た感じ、奥へ進んでいるチームは少ないみたいだ。
「とりあえず進みながら今後を考えるか」
「そうですね」
この試験は、一定期間ゲート内部で生存しているという合格条件がある以上、人数が多い方が合格率が上がる。
しかし、そこがこの試験の罠だということを、この場にいる半数の人間が理解していないんだろう。
「…あの、東雲君。本当に二人で大丈夫ですか?先ほどの大人の中にも、しっかりした人はいましたけど…」
「あぁ、いたな。でも、その人は一人だったか?」
「いえ…」
「なら、二人行動で正解だ。このゲートの構造上、それが最適解になりそうだ」
「え?」
やはり経験値とは馬鹿にならないものだ。
まだピンときていない結乃に、一言だけ伝える。
「安全地帯」
彼女の知能なら、この言葉だけで十分だろう。
「…あ。そういうことですか」
「そういうこと。試しに『探知』してみてくれ」
「はい」
結乃は魔力を薄い膜のような形状に変化させつつ、周囲に広げた。
「あぁ…確かにこの先に安全地帯らしき場所がありますね。それにしても、狭い…大人4人なら窮屈なぐらいですね…」
そう、安全地帯は場所にもよるが、入口の空間が狭いと高確率で安全地帯も狭い。
最低一日はゲート内で過ごすため、睡眠も必要になってくる。だからこそ、モンスターが徘徊せず、侵入することもない安全地帯の確保は必須と言ってもいい。
「ま、先行してる人が確保するだろうから、俺たちは別の場所を探さないといけないけどな」
試験である以上、割り込みや強奪に近い行為についての減点、あるいは失格の対応はあるだろう。
「…結乃、探知されている気配はあるか?」
「え?はい、ものすごく隠し上手な探知が一度されています。その…東雲君は」
「魔力0のはず、だろ?魔法に分類されない探知と身体強化すら使えない俺だけど、『祝福』の五感強化って意外と馬鹿にならないぞ」
「それはもうデメリットというには――」
突然、結乃の言葉が止まる。
「ん?何かあった?」
そんな彼女を不思議に思い視線を向ける。
結乃は何の変哲もない岩肌がむき出しの壁を見ていた。
「結乃?」
「東雲君、この壁偽物です」
「偽物?」
そう言うと、結乃はしゃがみ地面に手をそえる。
「ここに手を」
「ああ」
言われるままに、結乃と同じことをすると、手に風の流れを感じた。
「確認、するべきだよな?」
「そうですね」
そう言いながら結乃は腰から剣を抜き、壁を斬った。
切り裂かれた岩壁は音もなく消え去り、隠されていた通路が露わになる。
「これ、魔法じゃないです。おそらくこのゲートのギミックでしょうね。この手の仕掛けは魔力による探知では引っかからないのでサポートのハンターも見つけていない可能性は高いです」
「マジか。ってことはお宝でもあるんじゃ――」
「――っ!東雲く――」
「――はい、ご愁傷様」
背後に気配を感じた瞬間、声と共に背中に強い衝撃が走り、俺は結乃を巻き込み吹き飛ばされた。
「がぁっ!?」
隠し通路の中を盛大に吹き飛ばされ、壁に衝突するギリギリで結乃と自分の位置を変え、結乃の負傷を防ぐ。
「く…、いって」
壁に直撃し、激痛が全身を襲う。
しかし痛さをゆっくりと実感している暇はない。
こんなことをしてくれた奴を一刻も早く確認しなければならない。
痛さを堪え、正面を見るが誰もいない。
「逃げたのか?結乃、姿は見た?」
「はい、ですがフードを深く被られていたので、顔までは確認できませんでした。体格からして男性です」
ゲートに入って今まで、一度も気を抜いてはいない。
それでも、背後に立たれるまで気配を感じなかった。
一体何者だ?
「この場所、なんだか…」
結乃が喋っている最中、俺たち真下の地面に魔法陣が浮かびあがった。
「っ!?結乃!!」
咄嗟に結乃に手を伸ばし、腕をつかむ。
くそっ、踏んだり蹴ったりをこの状況で再現しやがって。
直後、地面は消え去った。
俺たちは何もできないまま、落下していく。
10秒以上経っても地面が見えてこない。
流石に祝福を持っていたとしても、このまま落ちてしまえば死ぬ。
腰から刀を抜き、結乃を抱き寄せたまま壁に刀を突き刺し、落下の速度を緩めようとするが、あまり効果はない。
「くそ、全然止まらない!」
かなりいい素材で作られているせいか、岩を簡単に切り裂いてしまう。
そのせいで、落下速度がほぼ落ちない。
「東雲君、私を離して」
「何言ってんだ!絶対に離さない!」
刀を必死に握りしめる。
10秒…20秒と経過するが、まだ地面が見える気配がない。
(体感10kmぐらいか?人生でこんな長い間落下したのは初めてだ)
さらにそこから数十秒が経過した頃、下に水のようなものが見えた。
(一か八か、運勝負は嫌いなんだけど!)
刀を鞘に戻し、結乃が水面に直撃しないように空中で体勢を変える。
そして数秒後、俺たちは着水した。
全身がバラバラになったような感覚と、痛みに襲われる中、不思議と意識だけは澄んでいく。
「ごぼ…」
口の中に液体が大量に流れてくる。
(ゆ…の……。俺は…まだ死ねない)
自分でも驚くほど、体の奥底から力が湧いてきた。
まずは水面を目指して泳ぐ。
「はぁっ!…はぁ…はぁ……すぅっ」
すぐに肺いっぱいに空気を吸い込み、再び水中へ潜る。
着水した際の衝撃でバラバラになり、沈んでいく道具が見える。
一瞬で道具を認識し、この状況で重要になりそうな食料、スマホを優先して回収する。
「はぁっ!はぁ…はぁ…」
「東雲君!」
すぐ近くに結乃がいた。
「結乃!無事だったか」
「はい!あちらに陸があります」
彼女の指さす方角を確認し、道具を落とさないように慎重に泳ぐ。
「ゲホッ…、ハァ…ハァ……」
やっとの思いで陸地に上がり、仰向けになって天井を見る。
「奇跡だ…」
結乃は立ち上がって周囲を見渡していた。
「結乃は思った以上に大丈夫そうだな」
「あなたが守ってくれましたから、ダメージは最小限だったと思います。それでも、死を錯覚してしまいましたが。あと…私のために命を危険にさらす必要はないです」
「無事そうなら庇ってない。俺は祝福があるから、結乃よりも数倍頑丈だ。その証拠に、さっきまで感じていた痛みが…あれ?」
多少強がろうとしていたところ、違和感に気づく。
先程まで感じていた激痛が、嘘のように消えている。
「なんだ…痛みがない」
「まさか…」
結乃は俺たちが落ちた水場の水を手ですくい、口に入れた。
「結乃?洞窟の水は飲むのは…」
「これはすごいです…。この水、ただの水じゃなくて万能薬です」
「え?エリクサー?」
俺は自分が溺れかけた水場を見つめ、思わず思考が止まりかけた。
「もし、これがエリクサーなら、ここは何だ?」
エリクサーは50ml程度でも、部位欠損や病を治せるほどの治癒力を持つ、最高級の治療薬だ。
そんなものが、プール…いや、湖規模であるとするなら…この領域は……
「…未確認領域……」
過去類をみない、大発見をしたことになる。
結乃に視線を向けると、試験用のスマホを取り出したまま固まっていた。
「結乃?」
「東雲君はゲート内でスマホのメール機能を扱えると聞いた時、不思議に思いませんでしたか?」
何の話だ?と心の中で疑問に思いつつ、彼女の質問に答える。
「まあそこまで不思議には思わないぞ。昔からゲート内部にWi-Fiを飛ばす技術は研究されていたし、今じゃ魔道具と既存技術を組み合わせて約30kmまでなら届……」
そこまで自分の口で言って、最悪な想像をしてしまう。
いや、違うな…想像じゃない。
確信だ。
「まさか…」
「30km…それはA級ゲートでも最大級の規模です」
結乃は静かに、俺にスマホの画面を見せてくる。
「…マジか」
彼女のスマホには圏外、と表示されていた。
「30kmという規模を超えるゲートはA級とは呼ばれなくなります。それはもう、S級ゲートの規模です」
俺は自分のスマホを確認しようとした。
結乃のスマホが故障しているだけ、その希望にかけて。
ただ、その希望はすぐ消え去った。
「なんでだよ…」
俺の試験用のスマホは、液晶が割れて起動すらしなくなっていた。
「これ壊れたら失格…」
「いえ、私たちがこの状況になっている原因は、魔法陣の罠にかかる前に悪意を持って攻撃してきた何者かです。私もはっきり見ました。天宮の人間の意見を軽視することは無いはずです」
「あぁ…ありがとう。…ってか、もう試験どころじゃないよな」
メールも使えないし、スマホに仕組まれているであろうGPSのようなものも、ゲートの奥深くにあるであろうこの位置を正確に特定しているとは思えない。
「ボスの討伐は…駄目ですね」
そう、俺たちが仮にボスを倒せたとしても、入口までの戻り方を知らない以上、このゲートと一緒に消えることになる。
消滅に数日かかるとしても、脱出できる確率は10%を越えれば奇跡と言っていいだろう。
とりあえず、絶望してても始まらない。
「探知してくれ」
「はい」
再び使用された結乃の探知を見る。
「結乃、探知かなり上手くないか?」
「十二天の家系ですから。基礎は叩き込まれますよ」
それはそうだが…同世代でこの精度……
「そういえば、クラス対抗戦で使わなかったな」
「誰も使わない中、私だけ使うのは不平等です」
「流石」
「それより東雲君、探知してみた結果、この空間に扉が二つあることがわかりました。一つは真っすぐ進んだ先に。そして…もう一つは」
結乃は水場へ近づき、その水面を見ながら口を開く。
「ここの底です」
「……底?」
「反応からして、おそらく深さは100m前後でしょう」
いくらエリクサーでも、窒息してしまえば死ぬ。
100mなんて俺だけなら最悪なんとかなるかもしれないが、結乃も一緒となると現実的とは言えない。
「100…か、無理だな。もう一つの扉へ移動しようか」
「実は、その扉も少し不気味なんです」
「不気味?」
「はい。その扉の先に、上への通路がありません。あるのは下のみ。いえ…正確に言うなら、半分以上は探知不可能になっています」
異常だ…。
探知不可能、そんな話聞いたことがない。
「付け加えて、その先のナニカに逆探知されました」
熟練者レベルと同等レベルの結乃の探知を逆探知?
結乃がナニカと表現したあたり、人間である可能性は低い。
まさか、ボス…なのか?
どうする?
この状況で、結乃と無事に入口まで戻るにはどうすればいいんだ?
頭をフルで使い、脱出の方法を考えるが何も思いつかない。
無理だ…、考えないようにしても諦めが脳裏をチラつく。
「準備して進みましょう」
結乃はすでに覚悟ができているのか、瞳には強い意思が見える。
(…そんな目をされたら、俺が先に諦めるわけにはいかないよな…)
自分の頬を叩き、気持ちを切り替える。
「ふぅ…弱気になってた。結乃、生きてここから出よう」
未だにこの状況が悪夢であってほしいと願っている。
ふとした瞬間、夢から目が覚めることを期待している。
でも、いい加減受け入れなければならない。
これは悪夢のような現実であることを。
※探知とは (読み飛ばしOK)
2020年に田中勇人が創作した魔法のようなもの。
ゲート攻略の必須技術であり、身体強化と同じく魔法に分類されていない。
とても便利な技術である一方、現実世界では探知範囲が極端に狭くなり、逆探知も容易となってしまうなど、実用性に欠けるため、ゲート外ではあまり意味のない技術となっている。
研究者の間では、大気中の魔力濃度で範囲や制度が変わるのでは、と考察され今も研究されているという。




