嫉妬と嫌悪
「一戦?」
対峙した白井さんに違和感を感じていた。
「まあクラス対抗戦中だし、戦うのは良いんだけど、なんか律儀過ぎない?」
「……」
俺の発言を受けた白井さんは自身の剣を握る手を見つめ、少しの間、何かを考えている様子だった。
「…律儀、ですか。そうですね、もう取り繕う必要はないですよね」
「取り繕うも何も、同級――っ!」
前方から飛んできた鞘を間一髪で回避する。
「あぶな…」
「理解に苦しみますね。英雄の弟子」
「っ!?」
心臓が強く鼓動し、思わず動揺が顔に出そうになった。
「なぜ貴方は凡人で在ろうとするんです?」
結乃みたいなことを言う…。
あの結乃・紗優にしてこの従者あり、か
「何を言ってるのか分からない。第一、ここでする話じゃないだろ?監視の目があること知って――」
「――鈍いですね。周囲を見てください。カラス含め、生物はいますか?」
白井さんに言われるまま、周囲を見回す。
「…いない」
「紗優様含め、誰かにこのことを言うつもりはありません。というより、言いたくはない」
剣の切先をこちらに向けて、白井さんは言い放つ。
「武器を握りなさい。あなたは英雄の…あの人の弟子である資格はない」
そう言うと同時に、彼女は距離を詰めてくる。
「随分言ってくれるな…」
一方的にいろいろ言われて、怒りを全く感じないわけじゃない。
ただ、その怒りを表に出さなかったのは、彼女の言葉に同意できる点があったからだ。
刀を抜き、白井さんの剣を迎え撃つ。
軽く衝撃波と火花が散った。
「っ!」
「俺だって、自分にそんな資格がないのは分かりきってる」
鍔迫り合いになるなか、白井さんが一気に力で押してくる。
「だったらっ!」
一瞬、押し負けそうになったが、全身を使って押し返した。
「――でも。俺たちはそれ以前に家族だったんだ」
「くっ!」
力勝負は分が悪いと感じたのだろう。
白井さんはすぐに鍔迫り合いをやめ、距離を取る。
「家族…ですか」
なぜかは分からない。
ただ、ずっと彼女からは怒りを…いや、嫉妬のような感情を感じる。
白井里香…一体俺の何を知っているんだ?
――白井視点――
「里香」
「はい、当主様」
「お前が本心で紗優の護衛をしたいと言っているならば、止めない。紗優を任せても良いか?」
私は天宮家に拾われる前の記憶はあまりない。
唯一あるとするなら、紗優様が泣きながら私を連れて帰ると言っていた場面。
当時5歳だった紗優様が、偶然路地裏に倒れていた私を見つけてくれた。
あの日、私は紗優様に出会わなければ死んでいただろう。
幼いながらに、その時の紗優様の涙と優しさは鮮明に覚えている。
本人には恥ずかしいし、言ったら怒りそうだから言わないが、私の命は天宮の…紗優様のものだ。
「っ!はいっ!!」
そう力強く返事をした日、私は護衛としての人生を歩み始めた。
もちろん、簡単な道じゃなかった。
手に豆が幾つもできては潰れたり、筋肉痛や肉離れにすらなったことも一度や二度じゃない。
それでも鍛錬を続け5年が過ぎた頃、私は紗優様の学校生活においての護衛を正式に任せられた。
それと同じ時期に、一人のハンターと出会う。
「あ、優凪さん!」
紗優様はとてもうれしそうに、女性に近づいた。
長くて綺麗な黒髪に、思わず見惚れそうになるほどに綺麗な翡翠色の瞳をした人だった。
何より驚いたのは、紗優様が彼女を『優凪さん』と呼んだことだ。
「紗優様、その方は、もしかして…東雲優凪さんですか?」
「あぁ、里香は会うのは初めてでしたよね。この人が日本の『英雄』東雲優凪さんです」
「えい…ゆう」
思わず英雄という言葉を反芻してしまった。
それほどまでに、目の前の光景が信じられなかった。
あの『大英雄』と話せる日が来るとは思ってもみなかったから。
「以前紗優ちゃんが言ってた子かー。初めまして、里香ちゃん」
「え?」
「紗優ちゃんね、私と会ったら必ず里香ちゃんの話をするんだよ」
「優凪さん、恥ずかしいのでその話はやめてください」
紗優様が恥ずかしそうにする様子を見て、私まで顔が熱くなった。
「…それで、なんで優凪さんがここに?」
「豪造…君のお父さんに呼ばれてね。里香ちゃんに剣術を教えに来たんだ。紗優ちゃんも一緒にする?」
「一緒にしたいのですが、今日はこれからハンター資格の試験を受けないといけないんです。優凪さん、里香をお願いします」
その後、あっさりと優凪さんとの稽古が始まった。
「よし、まずは素振りからだね」
「わかりました」
優凪さんの指示通り、普段通りの素振りを始める。
正直、模擬戦とか技の確認とかから稽古が始まると思っていたため、内心驚いていた。
「ほー…いいねぇ」
「え?」
まさか英雄に褒められると思わず、素振りの手を止め優凪さんを見つめる。
「あぁ、ごめんごめん。つい声に出してしまったね」
「あ…いえ、その……お世辞とかじゃないですか?」
「もちろん。素振りってね、なんとなくその人の性格を表しているって、私は思っているんだ。里香ちゃんはね、根がすごく真面目で、とても努力家って感じの剣だ。私はとても好きだよ」
「そ、そうですか…」
顔が熱くて、優凪さんを直視できなくなった。
「里香ちゃん見てるとうちの子思い出すなー」
ふと、その言葉に引っかかりを覚えた。
「あれ?優凪さんって子供がいるんですか?」
彼女は小さく「あっ」と、手で口を押える素振りを見せた後、人差し指を唇に添え静かに言った。
「これ、外で言っちゃダメだよ?天宮の人たち以外に知られると困るんだよね」
「は、はい」
「血は繋がっていないんだ」
「養子ですか?」
「んー、まあそんなところかな」
声には出さなかったが、羨ましいと思った。
英雄と称されるほどの人の子供で、稽古もつけてもらえるなんて、幸せ者だ。
きっと私なんて足元にも及ばないぐらい強いんだろうなぁ。
そう純粋に思っていた。
そして、同時に一つの目標ができていた。
何年かかろうと、英雄の弟子と並べるような人間になる、と。
「私、その子とあってみたい」
優凪さんに真っすぐに伝える。
すると、彼女は少し目を見開いて、嬉しそうに笑った。
「そうだね。機会があれば連れてくるよ。きっと、話が合うと思うよ」
「っ!ありがとうございます!」
◇
「はっ!」
「っ!?」
全力で東雲の懐へ入り、剣を振るうが間一髪で回避された。
「ちっ!」
感情に歯止めが利かなくなり始めている。
どうしてこんなにも怒りが湧いてくるのか自分でも理解できない。
剣を振り、彼が避ける度に。
情けないほど迷いが出た剣筋を見せる度に、私はどうしようもない感情を剣にのせる。
「なぜっ!」
私の剣と東雲の刀が再びぶつかり合った。
「そこまで自分を偽るんですか!」
「俺は偽ってなんて――」
「――じゃあ、なんでまだ立っているんだ、東雲凪!」
一瞬だけ彼の力が緩んだ隙に、思い切り剣を振りぬいた。
東雲は呆気ないほど簡単に吹き飛ばされ、木に背中を打ち付けた。
「はぁ…はぁ…。あなたは嘘つきだ。もしあの人の弟子である資格がないのなら、あなたは表舞台から消えてください」
東雲はゆっくりと木に手をつき、こちらに歩いてくる。
「それはできない…。資格はなくても、やることがあるんだ」
「それはあのゲートに関することですか?ならば猶更言います。消えてください。あなたのその偽善は英雄の弟子にあるべきものじゃない。それに、今まで実感してきたんじゃないんですか?この世界はあなたが英雄になることを望まない」
彼の足取りは不安定のように見える。
おそらく、ダメージの蓄積は相当なものだろう。
「ここで終わりにします。紗優様、結乃様に変わり、私が――」
剣を振り上げ、無防備な東雲に振り下ろす直前、彼は笑った。
「誰が英雄になんてなるか」
「っ!?」
彼の手には銃が握られており、銃口はすでに私を捉えている。
それに、銃から結乃様の魔力をほんのわずかに感じ取り、ただの銃ではないことを一瞬で理解した。
即座に攻撃対象を変更し、銃から壊そうとした時、目と鼻の先に銃があった。
「なっ!?」
反射的に銃を切ってしまった。
そう…東雲凪の手から投げ捨てられた銃を。
敗北を確信したその瞬間――
〈時間になりました〉
突如として響いたアナウンスに東雲は手を止め、空中にいた私は地面に転がり落ちる。
「く……」
〈障壁を破壊されていない生徒は戦闘をやめ、その場に待機してください。戦闘を継続した場合、失格とします〉
アナウンスが終わり、立ち上がろうとする私に東雲が近づいてきた。
「あの…」
差し伸べられる手を一瞥し、心底自分と東雲が嫌になる。
「結構です」
少し強い口調で断り、自力で立ち上がる。
彼はまだ何か言いたそうだったが、私はこれ以上会話をするつもりはない。
だから、足早にこの場を後にする。
「ん?」
ふと、先程の戦闘で感じた違和感を思い出す。
彼…東雲凪は魔力を使用した気配が全くなかった。
彼自身、『祝福』を所持しているため、これといっておかしくもない。
ただ、全く魔力を感じなかった今の戦いはさすがにおかしい。
身体強化のない状態での身体能力のスペックもそうだが、何より矛盾がある。
彼は最初の魔法学の実習にて、風魔法を使用したという記録があるのだ。
「……」
まだ東雲凪には隠しているものがある。
そう気づくと同時に悔しさで視界が滲んだ。
「…悔しい」
声に出して自分の感情を再認識し、拳を握りしめる。
この程度で折れるわけにはいかない。
まだ、目標は達成できていないから。




