英雄はもういない
――東雲凪視点――
ビルに備え付けられたモニターを見ていた。
「…母さん」
『—凪———』
ふと、母さんの声が聞こえた気がした。
もういないはずなのに…。
どうやら疲れが溜まっているみたいだ。
「おっす、凪。朝から辛気臭い顔してんな」
肩を叩かれ振り向く。
そこには見知った顔の男がいた。
「はぁ、ハルか」
「おいおい、親友の顔みてその反応は流石にヒドくね?」
俺の親友の新田晴馬は苦笑しながらツッコみを入れてくる。
「ソウダナ」
変に心配されないように、わざと棒読みの返答をして、場の空気を和らげる。
「うわ、適当」
「ほら、行くぞ。学校遅刻したくねーし」
「っと、そうだな。課題やった?」
「俺がやるような人間に見える?」
「いいや」
何気ない話をしながら、足並みを揃えて学校へと続く道を歩く。
「そういや、凪はクラスどうなん?」
どうやら何気ない会話は終わり、俺を精神的に追い詰める話をしたいらしい。
「んー、わかんね」
「わかんねってお前な…。その様子じゃ、友達一人もいないだろ」
こうも真っすぐに言われると返す言葉がない。
頭を掻きながら正直に答えた。
「そうだな」
「そうだなって……。もうクラス決まって二週間ぐらい経つぞ?そろそろ友達の一人や二人作んねーと、これからの授業苦労することになるぞ」
「できるだけ頑張るつもりではある」
「彼女とかもできないぞ?」
すこしニヤけるハルに向かって、堂々と言った。
「できるように見える?」
「んな堂々と…まあ別にできないとは…ん?その手どしたん?」
「え?」
ハルの視線を追う。
そこには、俺の手があって、何か空気を掴もうとしていた。
「なんだこれ」
「いや、お前の体じゃん。もしかして、妹と弟離れがまだ出来ていないのか?優しいお兄ちゃん」
「やかましいわ」
すぐに前を向き歩き出す。
多少の疑問は残るが、話を途切れさせることに成功したらしい。
話を戻される前に違う話題でも出しておこう。
――同時刻 近くの駅前――
移動する車の窓から、外を眺める少女がいた。
彼女は何気なく外を眺める中、気になるものを見つけた。
「止めてください」
「どうかなさいましたか?」
少女の声に運転をしていたスーツ姿の女性が反応した。
「悪い大人たちを見つけました」
そう言って少女は自動で開けられた車のドアから降りた。
黒く艶やかな長い髪、宝石のような蒼い瞳が特徴的で、一歩踏み出す度に周囲が彼女に注目した。
「なんだ…あの子」
「超絶美少女じゃん」
「ってかどこかで見たことあるよね?」
少女が足を止めた先で、若い男性二人が胸倉をつかみ合っている。
その腰には剣が差されていた。
「そこのお二人さん」
「あ?なんだお前」
「こちとら取り込み中なんだが?」
男たちのヘイトは完全に少女に向いた。
「立場わきまえろよ。俺らのこと知らねーのかぁ?」
片方の男がそう言うと少女は微笑む。
「それはすいません。生憎、私の記憶の中にあなたたちの存在はないですね。おや、腰に差している剣、初心者入門用ですか?と、なると…もしかしてハンターの方でしょうか?」
「「なっ!?」」
まさか少女の口からそんな言葉が出るとは、誰も予想していなかっただろう。
男二人を含めた周囲の人が驚愕する。
そんな中、少女の口撃は止まらなかった。
「使われている素材はただの鉄、剣の刀身は少し短め。作成費用を削るためでしょう。その剣じゃ、戦えるモンスターはしれています。しかも、剣の刃がボロボロじゃないですか。熟練のハンターが武器の手入れをしないというのはありえません。そこから考えるに、あなたたちは無名のハンターですね。一応、覚えられるように努力はするので、お名前を聞いても?」
少女は笑顔のまま。
周囲の人たちは驚きを超えて、思考が停止しかけている。
「テメェ!クソガキが!ぶっ殺してやる!」
「子供だからって容赦はしねぇ。大人怖さを教えてやるよ」
男たちは腰に差した剣に手を伸ばし鞘から抜いた。
それを見た少女の瞳は鋭く光る。
まるで獲物を狩る肉食動物のように。
「それを抜いたからには、覚悟してくださいね?」
――数分後――
「先輩、ここら辺ですよね?」
通報があったのだろう。
二人の警官が現場に到着した。
「あぁ、そのはずだ」
二人とも周囲を見回しているが、通報にあった真剣での喧嘩をしている男二人は見当たらない。
「先輩、あれ…」
後輩らしき警官が指さす方角には、倒れた男二人とそれを見下ろす少女がいた。
「なんだこの光景は…」
流石に状況が理解できなかったのか、後輩らしき警官が近くにいた一般人に訊く。
「これは…けが人ですか?」
「え…っと、そこの子が喧嘩している二人を…倒していました」
「「は?」」
警官二人が間抜けな声を漏らした時、倒れた二人の男の傍に立っていた少女が警官に歩み寄る。
「すみません。皆さんが迷惑していたので止めようとしたのですが、剣を抜かれたので制圧してしまいました。これから学校なんですけど、お時間が必要ですか?」
少女の口調からして、権力のある家の人間だと先輩の警官は確信し、下手な手を打てば面倒ごとになると察した。
「えっと、さすがにそれ――」
「――そうですね。これだけ目撃者がいるなら、大丈夫です」
「ちょっ、先輩?」
先輩の警官は後輩の警官の言葉を無視し、周囲の人に声をかける。
「この出来事について、誰か説明できる人は居ますか?」
複数人の人が手を挙げた。
表情と目線からして、少女の言っていることは信憑性が高いと判断した警官は少女に言う。
「あとはこちらでなんとかしますので。学校頑張ってください」
「ありがとうございます」
そう言って近くに停まっている車へと歩き去る少女。
そのまま車に乗るのかと思いきや、途中で足を止め地面に視線を落としていた。
「落とし物ですか」
少女が手に取ったのはハンカチだった。
「これは…」
様子からして、少女のハンカチではないと判断した警官は少女に言った。
「落とし物だったら私が預かりましょうか?」
「いいえ大丈夫です。警察の方に迷惑はかけたくないので。それに同じ学校なので、ついでに届けることができます」
「知り合いでしたか」
「お嬢様、そろそろ本当に遅刻します」
「わかっています」
警官二人に一礼をして、少女は車に乗り込む。
すると車はすぐに発進し、走り去った。
警官たちは、倒れた男二人の身分を確認するために近づき、所有物を確認していた。
「…先輩、さすがにあれは…」
「馬鹿野郎が、お前もこの業界で生きてくなら人をよく見ろ。今の時代、警察なんて一般人の治安維持しかできねぇ。だから俺らの仕事はあくまで一般人の対応のみだ。変にでしゃばれば命はねぇ」
「せ、先輩!」
急に、後輩の警官が声を荒げて先輩の警官を呼ぶ。
「んだよ、俺の話しっかり聞いてなかった――」
「――この二人…中級ハンターの資格持ってるんですけど…」
「ハンター?珍しくないだ…中級だと?」
先輩と呼ばれた警官も驚く。
このケンカが中級ハンター同士のものならば、ここまで警官は驚かなかっただろう。
しかし、これはケンカじゃない。
一方的な制圧に近い形…それも、女子学生たった一人によるものだ。
「はぁ、とんでもねぇ世の中だな」
先輩の警官は、空を見上げて一息ついた。
◇
「いい仕事をしました」
少女は車の中で嬉しそうにそう言った。
「お嬢様、別に放っておいても大丈夫だったのでは?」
「それは違いますよ。あのような人たちはハンターに必要ありません」
「…そうですね。ところで結乃様は車じゃなくて大丈夫でしょうか」
「大丈夫でしょう。結乃はとても強いですから」
少女は拾ったハンカチを広げ、じっと見つめる。
「それとそのハンカチには《《名前がどこにも無い》》ように見えるのですが…、持ち主に心当たりが?」
女性の質問に少女は口角を少し上げて答えた。
「少し心当たりがあります」
――凪視点――
高校に入学し、早くも二週間が経過した。
現状、友達と呼べる存在がクラスにいない。
悲しいことにこれは事実だ。
唯一話せる同じ中学の奴はいないわけじゃないが、見事に全員別クラスになってしまった。
まるで、誰かが意図的に俺を孤独にさせているみたいだ。
中学の頃は積極的に友達を作りに行ったが、高校では少し大人しめに行動していた。
やはり悪手だったのだろう。
今から明るく振舞おうにも、二週間という時間はクラス内でのキャラ固定するには十分すぎた時間だった。
だから、どうにも態度を変えられずにいる。
「すみません」
教室に入って早々、うつ伏せで仮眠をとろうとしていた俺の耳に、聞き覚えしかない声が聞こえた。
「え!?天宮紗優さん!?どうしてここに」
天宮紗優、知っている名前だ。
中学が一緒ではあったものの、接点はなかった。
俺に用事があるとは思えなかったため、うつぶせになる。
「落とし物を届けに来ました。えーっと、『東雲凪』という人がいると思うのですが…」
天宮紗優の口から『東雲凪』という名前が出た瞬間、教室内の生徒の大半が固まる。
やはり神は俺を嫌っているようだ。
顔を上げなくても分かる、クラスメイトたちの視線を痛いほど全身に感じる。
そもそもの話、天宮紗優にあまり関わりたくない。
ぼっちで暗いやつになってる俺と、学年で知らない人のいない有名人かつ、人気者の彼女と接点を持って、いい未来が思い浮かばない。
「東雲君はなぜ寝たふりをしているのでしょうか?」
声からして、俺の目の前まで移動してきたようだ。
それに、寝てないって知っているんだ。
このまま続けてもいいが、後のことを考えるとあまり得策じゃない。
顔をゆっくりと上げる。
「…天宮さん。俺に何か用事?」
関わりたくないという思いが強いせいで、口調が少し嫌な感じになってしまった。
「登校中にあなたのハンカチを拾ったので、届けに来ました」
そう言って天宮さんは、ハンカチを広げた。
すぐにポケットへ手を伸ばすが、ふくらみがない。
まさか落としていたとは…、まったく気がつかなかった。
「わざわざありがとう。それにしても、なんで俺のハンカチを?」
「困っているだろうと思いまして」
「まあ、確かにこの後困っていた可能性が高かった」
「役に立てて良かったです」
そう言って天宮さんはハンカチを差し出してくる。
俺は手を伸ばしハンカチを取ろうとした。
その瞬間、天宮さんの手が少し動き、俺の手の平に触れた。
「それでは、私は教室に戻りますね」
「ホントありがとな」
天宮さんの姿が見えなくなり、俺は再び机に伏せる。
(なんだ今の不自然な手の動きは...)
気のせいだといいのだが、なぜか嫌な予感がしてしょうがない。
というより――
「俺…名前書いてないんだけど…」
ハンカチを握った状態で、天宮さんの出て行った扉を見つめた。
――天宮紗優視点――
ハンカチの持ち主である東雲凪という男の子に会った後、私は自身の手のひらを見つめていた。
「いるところにはいるものですね」
一瞬触れただけでもわかるほど、彼の手はとても硬かった。
おそらく私が今まで出会ってきた誰よりも硬い手だった。
「白井さん」
近くにいた同じクラスの白井里香に声をかける。
「天宮さん?どうかしました?」
「少し良いですか?」
白井と共に人気のない屋上へ移動する。
到着すると同時に、白井の態度は一変した。
「珍しいですね。お嬢様が学校内で私に声をかけるなど」
「ええ、そうね。少し気になる男子生徒に会ったの」
そう言うと白井は目を見開く。
「それは素晴らしいこと、なのでしょうね。今まで男に興味を持ったことのないお嬢様が、まさか今日になって…」
「勘違いしないで?少しその人の手を触って、興味が湧いたの」
「え?ついにお嬢様が発じょ――」
「白井!?何言ってるの!?」
思わず素の自分を出してしまった。
こればっかりは白井が悪いと思う…。
「はぁ、いつもそれなら愛嬌もあるのに…」
「マジメな話なの!」
「それで、その男子生徒の手が魅力的だったので、身元を調べて欲しいと?」
「…もうそれでいい。その生徒の名前は東雲凪」
「東雲…」
東雲という苗字を聞いた途端、白井が考える素振りを見せる。
「どうしたの?もしかして知り合いだった?」
「いえ、知り合いではないです。…東雲一刀流というものを知っていますか?」
「もちろんです。日本の大英雄『東雲優凪』の扱う流派を知らないなんてありえない。東雲という苗字は偶然かと思っていたけど…もしかして、その東雲一刀流と関係がある人物なの?」
もちろん苗字が同じ時点で注目はしていた。
でも彼からはなんというか、特別な雰囲気…素質を感じないのだ。
だから、大英雄とは無関係と思っていた。
今日、偶然にも近づく機会ができて、どうせならと行動してみた結果、無関係とは言いにくくなった。
「お嬢様の話を聞く限り、可能性は高そうです。それでは、私は調査班の方に連絡をしますので、お嬢様は先に戻っていてください、長居はバレる危険があります」
「わかった…じゃない。わかりました」
私が喋り方を戻したのを見た白井が、残念な物を見るような視線で見てくる。
「お嬢様…やっぱ愛嬌――」
「っ!?しつこい!」
少し強めに屋上の扉を閉める。
最近、白井は私を揶揄う頻度が増えてきている気がする…。
私や結乃の前じゃ主従関係でなく、対等な関係を望んだのは私なんだけど…
「私も白井の弱点を見つけようかな」
最近は悩みごとが増える一方だ。
※備考
ハンター資格とは、ハンターとして活動するための免許のようなもの。
主に『ゲート』攻略の申請をする際に扱われる。
ハンター資格には階級が存在し下から初級、中級、上級、超級、国家戦略級のとなっている。




