偽装
「足止め…ですか。貴方には少し…いや、かなり荷が重いと思いますよ。篠原さん、榊原君、確実に倒したいので、一緒に行きましょう」
「ん?…わかった」
「了解」
剣と銃をそれぞれの手に握った紗優は、榊原と篠原という名前の生徒を引き連れて距離を詰めてくる。
天宮紗優とはそこまで付き合いが長いわけじゃないが、どこか違和感を感じる。
なんだ…以前対峙したときは何か違――
「あ…」
思わず声を出しそうになるも、即座に言葉を飲み込む。
なるほど…確かにその容姿は武器だな。
と、なれば後はタイミングだけか。
目視で紗優との間の距離を測り、ベストな距離感になったと同時に声を出す。
「一つ、聞いてもいいか?」
表情一つ変えずに紗優は返答した。
「はい」
決めるなら、一度切りだ。
「……この茶番って、いつまで続くんだ?」
「「?」」
俺の発言の内容が分からない様子の篠原と榊原は、困惑の表情を浮かべたまま紗優へ視線を向ける。
俺の恥ずかしい勘違いじゃなければ、この言葉が合図になる。
次の瞬間――
「安心してください。茶番はもうお終いです」
「っ!『光蛇』」
咄嗟の判断でここまで動けるのは少し予想外だったが、問題はない。
スキルであろう、薄っすらと光り輝く蛇の形をした何かは、紗優に飛び掛かろうとするも、それより早く彼女の剣が榊原の障壁を砕く。
「っ!」
篠原が一歩遅れて、剣を抜いた。
「っと。そのための距離詰めだろ?」
「えっ?きゃ!」
剣が紗優に振り下ろされる前に、篠原の剣を受け止める。
そして、そのまま刀の角度を変え、流れるように篠原の障壁を砕く。
「な…んで?」
「どういう…ことなんだ?」
困惑の表情を隠せない様子の二人を見ていると、ふと1組の背後から声が響く。
「そこにいる天宮紗優は偽物だった。ということですよ」
その声の主である少女は、どこか楽しそうに俺たちを見つめ、歩んできていた。
俺の近くにいる紗優…いや、結乃と瓜二つの容姿をした女子生徒なんて、この学園にたった一人だけだ。
「…本物の天宮紗優登場か」
そう言うと、紗優は首をほんのわずかに傾げつつ、微笑んだ。
「ラスボス、ですか。それは私を過大評価しすぎですよ。東雲君」
「紗優、私が相手です」
「……」
俺の前に立った結乃と紗優の視線が交差する。
どことなく、紗優の瞳が揺らいだように見える。
今状況で考えることではないかもしれないが、この二人…何か――
「盛り上がっているところ悪いけど、私たちも混ぜてくれないかな?」
「おや…彩霞さん、それに3組のみなさん。奇遇ですね…いや、仕組まれていたというのが正しいのでしょうか?」
突然現れた彩霞達3組を見た後、紗優と目が合った。
どうやら、木を豪快に振り回したあの行動の本当の目的に勘づいたらしい。
「そうですね…ここで乱闘をしても良いのですが、それだとあまり楽しめません…。なので、それぞれのクラスの代表で決着を付けませんか?もちろん、代表以外の生徒は自由に乱闘してくれて構いません」
紗優の提案は完全に自己中心的なものだった。
自身が楽しめればいい、それを隠すつもりを一切感じない。
「いいね。そうしよっか」
彩霞は乗り気に返事をした。
妥当な判断だな…。
一見、紗優にしかメリットのない提案に見えるが、実は違う。
クラスの代表を一人選んだ場合、2組からはリーダーである結乃が確実に選ばれる。
そうすると、この場にいる2組は俺1人だけだ。
1組はおよそ6人、3組は3人、圧倒的不利を押し付けられる状況になる。
紗優と彩霞にしてみれば厄介な俺を消せる絶好の機会だ。
かといって、この場でその提案を俺個人…いや、圧倒的少数の2組が一方的に蹴ることはできない。
チェスの時と言い、これはもう……
「読まれてたな…」
「ふふっ」
紗優に視線を向けると、彼女は楽し気に微笑む。
一歩先を行ってると錯覚していたが、俺はずっと彼女の一歩後ろを歩んでいたらしい。
「決まり、でいいですか?」
紗優の言葉を聞いた結乃は、静かに俺の目を見つめる。
「大丈夫、ですか?」
「大丈夫ではない。でもやるしかないんだろ?」
「そうですが…」
「本当に大丈夫だ。とっておきの作戦がある」
「…本当ですか?」
「もちろん」
俺から視線を外し、結乃は紗優に対して言った。
「わかりました。その提案に乗りましょう」
◇
簡潔にいうと、俺は逃げた。
結乃たちが移動する中、あの場所から一人走って逃げだした。
もちろんすぐに逃げたことはバレたが、途中から木から木へ飛び移り、巧妙に足音と足跡を隠した。
その甲斐あってか、追手を撒けたみたいだ。
「はぁ……」
ようやく忍者のような行動の必要がなくなり、一息つく。
「誰が真面目に戦うか。あんなのイジメみたいなものだろ…」
愚痴っていてもしょうがないのは百も承知だが、言わずにはいられなかった。
「貴方はそういう自己評価なんですね」
「は?」
背後から聞き覚えのない女子の声が聞こえ、咄嗟に刀を手に警戒する。
「次から…次へと……、誰だ?」
「話すのは初めてだね」
薄っすら赤みがかった茶髪を耳にかけつつ、人当たりの良い笑みを浮かべている女子生徒。
クラス対抗戦が始まる前、結乃の口から聞いてはいた。
「白井里香…さん」
「えぇー知ってくれてたんだ。嬉しいな」
「……」
計算されたかのような声のトーンに、冷たさと警戒の色が消えてない瞳。
『祝福』のおかげで鋭くなった五感のせいで、嫌というほど細かい部分に意識が向いてしまう。
「…それはこの学校での白井さんの役割なんですか?」
ほんの数秒固まった後、白井さんの雰囲気が一変した。
「……失礼しました。知っていたんですね」
どこか結乃の彷彿とさせるような無機質な声だった。
おそらくこれが、本来の白井里香なのだろう。
「ならば話が早いです。東雲凪、私と一戦お願いします」




