ラスボス
――凪視点――
「え…な、んで」
風見の障壁の破片が空中に霧散していく中で、彩霞が震える声で呟く。
多少心は痛むが、気にしている余裕はない。
自分の障壁コアを取り出し、画面の通知を確認する。
[3組の風見辰馬の障壁コアの破壊を確認]
すぐにこの場を離れようとした時、コアに別の通知とアナウンスが流れた。
[3組のリーダー、風見辰馬の障壁コアの破壊を確認しました。破壊者は2組、東雲凪。よって2組へ10p、3組へ-5ポイント加算されます。同時に、リーダーが一人減ったため、制限時間を追加します。制限時間についてはリーダー用の障壁コアに表示していますので、活用してください]
リーダー用の障壁コアにのみとはずいぶん鬼畜な設定だ。
リーダーの風見が倒された3組は、残り時間を確認できず、焦りと不安で最大のポテンシャルは発揮できな――
「危なっ!」
咄嗟に顔を逸らし、振られた剣を回避した。
「まさかよりによって、君が美香ちゃんに…」
彩霞が小さく何かを呟くがはっきりと聞き取れない。
というより、今は逃げるべきなんだが…
「逃げようとしてる?絶対に逃がさないよ」
さて、どうしようか。
もう動揺を誘うようなネタはない。
それに、ポイントも十分で、制限時間が設けられた以上、ここで戦うメリットは俺にない。
「考えごとはさせない!」
「!?」
さっきよりも全然速い。
「はっ!」
俺の体に届くきそうになる彩霞の剣を受け流――
「それはもう見たよ!」
彩霞はそう言いつつ跳躍し、空中で体をねじる。
「『刻旋花』!」
これは無理だ――
完全に防御することをあきらめ、彩霞の剣の範囲外に向かって飛び込む形で回避する。
「はぁ…、はぁ……」
さすがに疲労がたまってきて、動きが鈍くなっている。
一方の彩霞は動きのキレがよくなってきている。
「東雲君、悪いと思ってるならやられてくれないかな?」
「対抗戦が終わったら何回でも謝罪するよ」
「できれば今がいいなっ!」
再び近づいてくる彩霞に、一か八かの賭けに出る。
「フッ!」
彩霞が刀の間合いに入った瞬間、刀を素早く振り下ろす。
彼女はすでに俺の刀を受け流そうと剣を動かしている。
条件は揃った。
刀を握る手から力を抜き、武器を手放す。
「っ!!」
彩霞が俺の狙いに気づくが、もう遅い。
体をひねりつつ腰を下げ、後ろ回し蹴りをお見舞いする。
「強っ!」
彩霞は剣で俺の後ろ蹴りを受け止めていたが、衝撃までは殺しきれてない。
宙に体が浮いた彼女の目はまだ俺を捉えている。
でも――
「さすが休ませてくれ」
「またっ!」
残弾数残り1発、ラストエリクサー症候群は今回発動しなかったらしい。
銃の引き金を引いた。
反射的に彩霞は防御の構えをとる。
その隙に、森の中を全力で進んだ。
◇
体力の限界がくる一歩手前になるまで走り続けた頃、背後を確認する。
彩霞が追ってきている様子はない。
「はぁ…助かった」
近くにある木に手をつき、倒れこむように座る。
「はぁ…はぁ……」
緊張が解けたせいか、一気に疲労感が全身に襲い掛かる。
休んでいる間も状況だけは確認しようと、コアを手に取り画面を確認した。
「うわ…」
画面にはびっしりと障壁コアの破壊を通知する文章が並べられている。
[3組の新田晴馬の障壁コアの破壊を確認]
[2組の藤本繭の障壁コアの破壊を確認]
[2組の高山英子の障壁コアの破壊を確認]
[3組の渡辺公一、朝日健司の障壁コアの破壊を確認]
[2組の鍵谷鷹の障壁コアの破壊を確認]
最後の通知は数分前になっていることから、すでに2組か3組、或いはどちらも引いている頃だろう。
皆馬鹿じゃない。
ここで2組と3組がもっと削り合えば、優勝は1組のものになるだろう。
まあ、たいして現状もあまり変わりのないもののように思えるが…。
突如、近くで物音がした。
声は出さずに冷静に刀に手を伸ばし、感覚を研ぎ澄ませる。
(勘弁してくれ…まだ十分回復していないぞ?)
荒かった息を必死に抑え、心臓の上に手を置き鼓動を抑えようとする。
次の瞬間、木陰から姿を現したのは――
「東雲…君?」
「長石?」
同じ2組のクラスメイト、長石あゆみだった。
「よかった、無事そうだね」
その後ろには明石の姿がある。
安心した俺は刀を置き、大きくため息をつきながら座り込む。
「はぁ……。1組か3組だと思った。それで、二人だけなのか?」
「あぁ。3組との戦闘になった後、2組はバラバラに散開したんだ」
散開?
もし、それを結乃が指示したのなら、きっと決まっていることがあるはずだ。
「場所の指定があったんじゃないか?」
「よくわかったね。まあ、場所じゃなくて方角を天宮さんに指示されたんだ。僕たちは地図は見れないからね」
「で、指示された方向がこっちなの」
長石が明石の説明に補足する。
結乃は俺が逃げることを考慮して指示した、なんて流石にないか?
「二人はここが、どこかわかるのか?」
「ある程度はね。ここはたぶん、エリアの真ん中付近だよ。それで、東雲君、そっちの状況を教えてほしい」
明石に聞かれ、俺はこれまでの一連の流れを話した。
「…東雲君って、もしかしてすごく強い?」
「いや、今回は運がよかっただけだ。二人が俺に対して警戒心をもっと持ってたら、こうはならなかった。それで、明石や長石たちの方は何があったんだ?」
明石と長石は視線を合わせ、頷き合った後に明石が口を開く。
「実は――」
明石達の情報は、奇襲を仕掛けてきた新田晴馬に、俺の投げた木がラッキーヒットしたこと。
鍵谷の善戦のおかげで3組の2人を倒せたが、相打ちに終わってしまったなど、これまでの戦闘についてだった。
「――で、天宮さんの『合成』で作った煙幕で逃げれたんだ」
特にめぼしい情報があったワケじゃなかった。
ただ、わからない点がある。
「……結乃はどうしたんだ?」
「それは…」
明石は長石に目配せする。
「私もわからない。でも、逃げる時に姿は見たから、捕まったワケじゃないと思う」
結乃に限って呆気なく脱落はないはずだ。
今はそう信じていよう。
「そうか…とりあえず、今は休もう。そっちも戦って疲れてるだろ?」
「そうだね。そうするよ」
明石は俺の横に座り、長石はその横に座った。
「あぁ、そうだ。することもないだろうし、次に備えて3組の情報を共有しておくね」
「頼む」
「残りの3組は4人。彩霞さんについては皆知ってるよね?北川さんはずっと後方で的確な指示を出してて、かなり厄介だったよ。月山は鍵谷と似た感じの近接型、沼津は遠距離での攻撃が怖いと思った。それぐらいかな。やっぱ話すまでもなかった?」
いや、明石のその情報は確かに重要度は低いかもしれない。
ただ、最悪のパターン…全クラスによって引き起こされる乱戦を想定すれば、役には立つ。
「いいや、全然無駄にはならない情報だ」
そう言うと、明石は頭を掻きながら笑う。
「そういってくれると嬉しいよ」
こうなると問題は、脱落者と生徒の情報が出てない1組だな。
それにどうしても結乃の行動が気に――
「っ!」
素早く立ち上がる。
「ん?どうし――」
「――誰か来るぞ」
「「っ!?」」
二人とも静かに立ち上がり、手に武器を握った。
足音は徐々にはっきりと聞こえ始める。
俺の頬をゆっくりと汗が伝い、地に落ちた頃、森の奥の方から複数人の人が姿を現す。
その数は約9人。
「ここで…か」
「嘘……」
明石と長石の、絶望の色が薄く混じった声を聴きつつも、俺は真ん中に立つ人物から目を離せなかった。
美しいほどの黒髪をなびかせ、その碧眼はこちらを…いや、俺をまっすぐと射抜いている。
彼女は――
「ここで会うのか…天宮紗優」
1組のリーダーにして、天才の中の天才と名高い、天宮紗優だ。
「東雲君と2組の明石さん、長石さんじゃないですか。奇遇ですね」
恐怖を覚えそうになるほど、冷たいその声に、明石は一歩引く。
長石も、はっきりと分かるほどの汗が頬を伝っている。
そんな中、俺は冷静に考える。
この状況で、何をするのが正解かを。
そして、導いた結論は――
「明石、長石…二人で逃げてくれ」
二人を逃がすというものだった。
「ダメです。一緒に戦いましょう。ね?明石君」
「……」
長石の言葉に反応を見せない明石。
「明石、君?」
「東雲君、後は任せるよ」
「っ!明石君!それは――」
「――クラスの勝利が最優先。この作戦は元からそうだったんだ」
明石が苦渋を嚙み締めたような表情で、長石を見つめる。
「っ…」
「東雲君、良いんだよね?」
この作戦は、単純に俺が個人ポイントを稼ぐことがメインだったのだが…まあ状況が状況だしその解釈でいいか。
「ああ、明石の言う通りだ。クラスで勝つんだろ?」
「っ!……わかった。絶対に勝とうね」
無言で走り去る長石の後ろを明石はついて行く。
「東雲君!今度何か奢るね」
彼なりの責任の取り方といったところか。
まあ、こうして交流を深められるならメリットだな。
「あぁ、忘れるなよ」
振り返らず言葉を返した。
「逃がすと思っているのか?逃げてるやつらを追う。天宮さん、良いよな?」
「なぜですか?」
紗優の反応が予想外だったのか、確認をとった男子生徒が驚く。
「いや、だってポイントが――」
「――私の目的は確かに1組の優勝です。ですが、その最大の障壁となりえる存在が目の前にいるんですよ?優先度を考えてみてください」
「最大の、障壁?」
男子生徒はこちらをじっと睨んでくる。
「……いや、どう考えても障壁になるようには思えない。内藤!柏木!さっさと仕留めるぞ!」
「天宮さん、ごめん。俺は茅場に賛成だ」
「私も」
そんなやり取りが目前で行われているなか、俺は先程まで背もたれにしていた木を真横に切り裂く。
「っ!?何かする前に倒すぞ!」
「了解」
「おっけ」
茅場と内藤と呼ばれていた男子生徒と、柏木と呼ばれていた女子生徒の合わせて3人が同時に距離を詰めてくる。
が、もう遅い。
すでに、全員射程圏内だ。
切り裂かれ、ある程度持ちやすくなった木を両手でつかみ、全力で3人に向けて振りぬく。
「はぁぁぁ!!」
「ちょっ!」
「下がれっ!」
「待――」
全力で振りぬいた直後、一人の生徒が近くの木に叩きつけられると同時に、障壁が割れた。
[1組の内藤寛太の障壁コアの破壊を確認]
息を整えつつ、コアの通知を確認した。
どうやら、一人はやれたらしい。
疲労はかなりたまっているが、ここでそれを見せれば終わる。
余裕そうな表情を装った状態で、木を後ろに投げ捨て刀を抜く。
そして、切っ先を紗優へ向けた状態で言い放った。
「それじゃ1組、足止めさせてもらう」




