対抗戦開始
クラス対抗戦が始まるまで、結乃からもらったメモに目を通していた。
改めて一覧で見ると、今年は運が悪すぎると実感する。
「それでは皆さん、クラスごとに分かれて集まってください」
眼鏡をかけた長身の教師が生徒に指示を出す。
確かあれは1組の担任か。
…すごく真面目そうだ。
そう思いつつ、うちの担任の楠乃先生の顔を思い浮かべた。
あっという間にクラスごとに集まり、整列を終える。
「…揃いましたね。沢田先生、転移を」
「分かりました」
沢田先生が静かに目を閉じ、俺たちの方へ手を伸ばす。
彼から放たれる魔力が床を伝い、学年全体を覆った。
「それでは皆さん、頑張ってください」
「は?」
間の抜けたような声を出した瞬間、視界が光で覆われる。
「ん…、マジ…か」
次に目を開けたとき、周囲は木々に覆われていた。
それに2組以外の生徒の姿が見えない。
別々の場所に転移させられたといったところか。
「…なんだここ」
「ちょっと待て、説明あったか?俺聞いてないけど…」
周囲のクラスメイトの反応からして、説明を俺が見逃した、或いは聞き漏らしたという感じではない。
…これも評価基準か。
木々を細かく見ていくと、一羽のカラスがこちらを見ていることに気づく。
動物の視線って感じじゃない。
視界を共有する類のスキルだろう。
説明していないのは意図的で、対応能力を試しているってところか。
「おい」
クラスの男子がある方向を指を差し、声を上げた。
「…あれは…」
森の中にポツンと巨大な箱が置いてあった。
この場の全員が硬直する中、結乃だけが平然と箱に近づき、躊躇いなく開けた。
「皆さん、障壁コアと武器を手に取ってください。対抗戦はすでに始まっています」
普段は無表情すぎてたまに怖くなるが、こういう時とても頼もしく見える。
結乃に続くように俺もコアと武器を取りに行く。
障壁コアはイメージと全然違って、普通にスマホみたいな形状だった。
俺たちの様子を見ていたクラスメイトたちも、次々に行動を開始し始める。
クラス全員がコアと武器を手に持ったころ、珍しく結乃が大きな声を出した。
「聞いてください。このクラスのリーダーは私です」
そう言って掲げた彼女の手には、俺たちのとは違い、少しだけ装飾が豪華な障壁コアが握られていた。
「ただ、私は皆さんをまとめる事はしません。明石さん、あなたが適任でしょう。地図は私の…リーダーのコアでのみ確認ができるようです。必要な人は声をかけてください」
そこまで言うと結乃は黙ったまま、こちらへ向かってくる。
いや、この状況で向かってきてほしくないんだけど…
「……」
俺の正面で結乃は立ち止まり、じっとこちらを見つめてくる。
周囲のクラスメイトも俺たちを見続けている。
「結乃?」
「私はあなたと行動を共にします」
「はい?」
「上級ハンターの資格を取りたいんでしょう?おとなしく、私に協力させてください」
なぜ結乃がそんなことを?と聞こうとした時、クラスメイトの数人が不機嫌そうに口を開く。
「天宮さん、流石にそれはどうなんだ?」
「そうだ。いくら天宮だからって、あまり勝手な行動はするべきじゃない」
「そうだよ天宮さん。東雲君には悪いけど…」
秋葉と佐藤、浜口の3人に続き、女子の方からも声が上がる。
「ごめんけど、あたしも同意見だね。天宮は勝つ気ないのかもしんないけどさぁ、こっちは全員勝ちにきてんだ」
茶髪のギャルっぽい見た目をした高山の横には、黒髪ロングで清楚な雰囲気が特徴の長石がいる。
彼女はどこか迷っている様子だった。
構図的には、長石以外はほぼ高山と同意のようだ。
静かに結乃に視線を向ける。
「……」
彼女は黙ったままだ。
多分だけど結乃は俺のことを最優先にしてくれているんだ。
TOP3という条件を狙うなら、クラスでまとまるよりも、少数で行動した方がはるかに効率がいい。
そして何より、現状の俺が手を組めて、実力も信頼できるレベルとなれば結乃以外いない。
どうする…自分の目的を優先するなら、結乃をこのまま…。
いや、でもそれは俺の――
「皆、僕は天宮さんたちに付いていくよ」
「…明石?」
突然の明石の宣言にこの場のほぼ全員が目を見開く。
「俺も明石と同じく、天宮たちについてくぜ」
明石に続き、鍵谷もそう言いつつ歩み寄ってくる。
クラス内での分断…、もしくは結乃や俺の孤立を避けるための行動といったところか。
「……」
「……」
明石はクラスの中心であり、鍵谷も普段を見る限り信頼の厚い人間だ。
だからこそ、高山たちの勢いが落ちる。
「そうかよ。俺たちは別行動させてもらうわ。天宮、地図を見せてくれ」
「わかりました」
結乃は障壁コアを佐藤に手渡す。
数分間、地図を確認していた佐藤は、結乃にコアを返した後、浜口と秋葉を連れて森の中へ走り去った。
「それじゃあ、僕たちは作戦を立てよう」
明石の発言に結乃は首をかしげる。
「あの場を穏便に済ませてくれたことは感謝しています。ですが、私は――」
「――いや、結乃」
目配せで結乃は察してくれたのか、大丈夫ですか?と言わんばかりの視線を向けてくる。
「…わかりました。私たちで作戦を立てましょう」
「俺に作戦がある。序盤は最低限の人数で行動して、情報を集める。これはどうだ?」
「問題ないです」
結乃は納得した様子で、明石は考える素振りを見せる。
「確かに1、3組の動向を把握するのが重要だね。うん、その作戦でいこう」
「俺は馬鹿だから、頭を使うのは任せる」
「わかった。結乃、地図を見せてくれないか?」
「はい」
結乃からリーダー用のコアを受け取り、地図を開く。
エリアは三つで、俺たちがいる場所が森林、残っているのは無人街のようなエリアと、草原エリアだ。
それぞれエリアの大きさはほぼ等しい。
この配置は十中八九、三つのエリアに一つずつクラスを配置しているはずだ。
「残りの無人街と草原エリアの方角へ、分かれて行動しよう」
そう言いつつ、地図を明石達に渡す。
「そうだね。この構造なら三エリアに一クラスって感じだ」
「おっし、じゃあって…そっか。女子たちがいるな」
そう、鍵谷の言う通り。
先ほどの出来事で、俺たちと女子たちの間に軽く壁ができているように感じる。
この作戦をするなら、人手は多い方がいい。
ここは…
「明石、どうにか協力する形に持っていけないか?」
クラス内でも顔が広い明石が行くべきだな。
「うん、多分いけるよ」
「頼もしいな。俺も一緒に行く。ダメそうなら、鍵谷と交代する」
「了解」
それから数分…
「…わかった。明石の言葉を信じる」
ようやく納得した高山たちから距離をとるため、結乃たちの元へ戻る。
「ふぅ……」
「苦労しますね」
「ほんとにな」
一息つく俺に明石が近づき、軽く頭を下げる。
「ごめん、東雲君」
「ん?いや、ちょっと待ってくれ、なんで頭下げるんだよ」
「いや、高山とは中学からの同級でさ。なんていうか、責任感と仲間意識が強くて…まだ、ちょっと東雲君に対しての警戒が解けてないみたい」
警戒ね…。
確かに冷静に考えてみれば、このクラスで日常的に会話をしているのは結乃だけだ。
会話すらしない他の生徒から見れば、俺は未知であり不安要素でしかない。
突然、俺たちの持つコアが震える。
「あれ?なんか振動が…」
ポケットから取り出し、液晶の部分へ目を向ける。
そこには…
[2組の秋葉頼一、浜口力哉、佐藤茂の衝撃コアの破壊を確認]
[1組の六谷健の障壁コアの破壊を確認]
見覚えのある名前が最悪の形で表示されていた。
「っ!」
「これ…」
動揺する明石や鍵谷たちをよそに、咄嗟に結乃を見る。
「結乃、地図」
「はい」
コアが表示する地図には、現時点の位置が表示されている。
太陽を見て北を当てるなんて知識は持ち合わせていないから、軽く数m移動する。
それにより変化する地図の現在地で東西南北を把握した。
「で…確か佐藤達が進んでいったのが…。っ!これはラッキーかもな」
結乃たちの元へ移動し、確認をとる。
「三人の意見を聞きたい。コアに表示されている失格…いや、キルログにからして、佐藤達三人はほぼ同時に障壁が壊された可能性が高いよな?それができる人物で心当たりは?」
「…佐藤とは高校からだから詳しくは知らないけどさ。弱い奴じゃない」
鍵谷の言葉に明石も同意する。
「うん。僕も佐藤は弱くないと思ってる。だから可能性があるなら、3組の『十二天』の家系…彩霞か風見。1組なら天宮紗優さんだけだろうね」
証拠のない情報を丸のみするわけじゃないが、二人が言うなら少なくとも可能性はあるんだろうな。
予測しろ…。
ここで重要なのは、1組から距離を取り正面衝突を避けること。
佐藤たちは実力で『英専』に入学したのなら、間抜けじゃない。
複数人の待ち伏せがあったとして、全員が何もせずやられるとは思いにくい。
ただ、そうなると同時にやられるなんて確率はかなり低いんじゃないか…。
なら…
「なあ、賭けをしてみないか?」
「賭け?」
「佐藤たちを襲ったのは天宮紗優って前提で、俺たちは全員で3組のいる方向へ向かう」
「……」
「話が変わるんなら、私らも考え直さなきゃいけない」
高山が女子を引き連れ戻ってきた。
また面倒な…と心の中で呟きつつも、この状況ならとっておきの言い訳ができる。
「信用できないならいい。でも、クラスで勝ちたいなら協力するのがベストだと思う。1組との正面衝突は、3人も脱落者を出したうちのクラスにとって最も避けたいシナリオだ」
「それなら別に3組だって――」
「――条件は違いますよ」
高山の声を遮るように結乃が説明をする。
「東雲君の言った通りの状況と仮定して考えてください。1組と2組は大きなアドバンテージを得ています」
そこまで聞いていた鍵谷が、何かに気づいたのか手を叩く。
「佐藤達を実際に倒した連中は、俺たちの位置を予測できる。逆に、佐藤たちを脱落させた速度と、1組の六谷が脱落しているから相手は1組の可能性が高いってわけか。確かに、それなら3組は不利だな」
馬鹿と自称する割に飲み込みが早いな。
鍵谷を見ていると結乃が口を開く。
「その通りです。ただ、やはり軽い賭けとはなりませんね。佐藤さんたちが紗優含めた一組にやられたこと。六谷さんが三組と交戦していないことが前提となると…」
「ん?でもどっちか当たってれば…1組の場所さえわかればいいんじゃないか?」
首を傾げる鍵谷に明石が説明を始める。
「いや、どっちも揃う必要があるね。六谷が3組にやられていた場合、3組も1、2組の場所が予測できてしまう。そうなれば僕たち2組は1、3組に挟まれて最初に壊滅する可能性が高い」
明石の言う通り、ポイントを求めるならうちのクラスが狙われる。
理由は単純明快で、実績のある生徒がいなさすぎる。
結乃は『十二天』だけど、非戦闘系のスキル保持者ということは広まっている。
その他の生徒も『スキル』持ちがいない。
対して1組は天宮紗優を筆頭に『スキル』持ちの噂のある生徒もいるし、3組は『十二天』の彩霞と風見の二人がいる。
俺たちは恰好の餌というわけだ。
正直、悪目立ちを加速させたくないから言わないようにしていたが、一つ情報を開示する必要がある。
このクラスのためじゃなく…俺のために……
「聞いてくれ。俺だけ3組へ先行して向かう」
「何を――」
食いつく高山の声を遮り、説明を強行する。
「――もちろん、無策じゃない。ただ、一から十まで丁寧に説明する時間はない。だから、今は俺の言葉だけで納得してほしい」
一度、息を深く吸い込み覚悟を決める。
「俺は『祝福』を持っている」




