企み
――凪視点――
「おはようございます」
徐々に意識が覚醒してきたとき、結乃の声がした。
「…ん、あぁ……おはよう。ところでなんで部屋直撃すんの?」
「朝食の準備ができているので行きますよ」
「スルーね」
結乃は無表情で部屋を出ていった。
もう彼女の行動にも慣れ始めていた。
常識人のようで、どこか人との距離感をつかめていない。
基本的に表情も変えないから、人とのコミュニケーションを避けてきたということ以外あまり把握できない。
『もし姫を救いたいなら』
昨日のラルドの言葉が引っかかる。
「結乃は…救われたいのか…?」
いや、考えるだけ無駄だ。
俺は結乃を知らなすぎる。
だから、これから彼女を知っていこう。
そう改めて決意し、ベッドから立ち上がる。
◇
朝食を終え、部屋へ戻ろうとしていた時、声をかけられる。
「東雲君」
「ん?…あぁ、紗優さん。どうかした?」
「紗優でいいですよ。昼すぎあたりに帰りの車が家の前に来ます。準備しておいてくださいね」
「わかった」
「……」
「……」
会話が終わっても、紗優は動かない。
それどころか、俺を見つめたまま瞬きすらしない。
(いや、気まず)
普通会話終了したら歩き去らないか?と疑問に思いつつ、どう対応するか考える。
一応天宮家に泊めてもらっている立場で、俺から歩き去っていくのは悪いと思っているから、紗優が去るのを待っているのだが。
「……」
「……」
これじゃあ、無限に待つことになりそうだ。
どうしたら…
「東雲くん、少し私と出かけませんか?」
紗優の上目遣いでの提案を目の当たりにした俺は硬直する。
「…東雲君?」
「ハイ…。出かけるのはいいけど、どこに行くんだ?」
「そうですね…。口で言うより、こちらの方がわかりやすいですね」
紗優はQRコードが表示された画面を差し出してくる。
「ライン、交換しましょう。そこに位置情報を送ります」
「マジか」
「嫌ですか?」
「いや全然」
QRコードを読み取り、紗優とのトーク画面でスタンプを送る。
「それでは、集合場所についてはメールで送りますね。準備ができ次第、向かってください」
「了解」
そう言って歩き去る紗優を確認し、改めてラインのトーク画面にある『天宮紗優』と『天宮結乃』の名前をじっくり見た。
(記念すべき高校生活の第一と第二の連絡先が天宮姉妹になるとはな…)
静かにスマホをポケットに入れ、部屋へと戻る。
昼には帰ることを考慮し、少し急ぎ目に荷物をまとめた後、紗優から送られてきた場所へ向かう。
「場所は…『花田花屋』?…花屋って昨日のとこじゃ…」
嫌な予感はしつつも、足早に移動する。
「…やっぱ、同じだよな…」
わかってはいたが、結乃と花を買いにきた店と同じだった。
「迷わずに来れましたね」
「俺を何だと思っているんだ?」
店頭で紗優は待っていた。
「それで、なんで花屋なんだ?」
「それは後で話します。とりあえず、こちらへ」
紗優に言われるまま、店の奥へと入る。
すると、聞き覚えのある声がした。
「おぉ!紗優ちゃん、久しぶりだな」
「お久しぶりです、花田さん」
「結乃ちゃんが昨日顔見せてくれたから、もしやと思って……」
嬉しそうに話す花田哲太と目が合った。
すると彼の顔から徐々に笑顔が消えていく。
「テメぇ、まさか二股してんのか?」
「いえ、してません」
「ハハハ、良い度胸――」
「――大丈夫ですよ。彼と私はお付き合いしていません。結乃のほうは知りませんけど」
「いや結乃の方もただの友達だけど?」
とんでもない地雷を設置しようとする紗優の言葉に、すぐさま補足する。
「その話は別の機会にして、本題に入りましょう。花田さん、彼にも手伝ってもらおうと思っているんです」
その言葉を聞いた途端、花田は紗優を見る。
「紗優ちゃん…それは本気か?」
「ええ、本気です」
数秒間、紗優と花田が見つめ合う。
時間が経つにつれ、俺の中の嫌な予感は増していく。
長い見つめあいの結果、花田がため息をつきながら口を開く。
「はぁ、紗優ちゃんが言うなら仕方ねぇな。おい、お前。奥に入れ」
「…はい」
花田に案内され、店の奥の部屋に俺と紗優が入る。
「手伝わせる理由を聞いてもいいかい?」
花田が床に座り、テーブルを挟んで紗優が花田の正面に座る。
「ただの勘ですが、彼は役に立つと思います」
紗優が何を言っているかわからないまま、俺も紗優の隣に座る。
「彼しかいない…ね」
花田がこちらを鋭い眼光で見てくる。
品定めされてるんだろうな…。
「平凡だな。多少体はできてるようだが、それだけだ」
「そうですね。ですが、かなりポテンシャルが高いと思います」
真剣な顔で紗優は言うが、花田は俺を見て鼻で笑う。
「すまないが、いくら紗優ちゃんのイチオシだとしても……、いやイチオシだからこそ死地には連れていけねぇ」
俺の過大評価については後で訂正するとして、『死地』という言葉は流石に気になる。
「死地ってどういうことだ?紗優」
「すいません。東雲君への説明がまだでしたね。簡潔に言うと、私と花田さん、そしてこの地域にいる一部ハンターで、『追憶ノ双生』の攻略をします」
正直、最悪だと思った。
花田や紗優、他のハンターたちの実力を実際に目にしたわけじゃないが、なんとなく分かる。
それを踏まえて、ラルドに勝つ未来なんて想像できない。
「……本気か?」
「はい、もちろん本気です」
紗優の目は引く気は無いと訴えている。
多分、どれだけ言ってもこの人は引かないだろう。
「…俺は花田さんや他のハンターたちの実力を正確に知ってはいない。でも、これだけは言える。あの『ゲート』を攻略するなら最低でも一人、国家戦略級のハンターの力が必要だ」
「国家戦略級の意味、分かっていますか?」
「あぁ、あのゲート――」
言葉を止める。
あのゲートに侵入して、ラルドと戦ったことを話していいのか判断できない。
これは慎重に…
「そうですか…。なら東雲君のその言葉を信じましょう」
「え?」
「紗優ちゃん?」
突然、紗優の言葉に俺も花田も困惑した。
「昨日、夕方ごろに結乃とお兄様が気絶したあなたを運んでいるのを見ていましたからね。なんとなく察しがつきます。ただ…」
紗優はじっくり俺を観察する。
「なぜ生きて帰ってこれているのか不明です」
これは下手な嘘をつくべきじゃないと判断し、大まかに昨日の出来事を説明した。
「んな馬鹿な…人がゲートのボス?お前、顔見たのか?本当に人間だったか?」
「……」
ラルドの容姿や、強さについて話すと、花田は訝しむように俺を睨み、紗優は考える素振りを見せる。
「モンスターじゃなくて人…ですか」
そう、昨日の時点で俺は違和感を持つ暇すらなかったが、冷静に考えればありえない。
ゲートはモンスターの巣窟であり、人がその空間で頂点に立つなんて前例がない。
「気になったんだけど、紗優は入ったことがないのか?」
「はい、残念ながら…。あ、そうでした」
紗優は手を叩く。
「S級ゲートの情報をくれたんです。何か報酬を…」
「え?いや、いらないぞ。別に商売とかじゃないし、なにより同級生から金をとるなんていい気分じゃない」
「ですが…」
スマホをスワイプする手を止め、困ったように俺を見てくる。
報酬って言われても、特にこれと言って…
いや、一つだけあった。
「なぁ、紗優」
「はい」
「なんで、あのゲートにそこまでこだわるんだ?」
紗優は天宮家の人間ではあるが、当主じゃない。
ただの学生だ。
今回のこの作戦も、話を聞く感じ紗優と花田さんを中心にしている。
天宮家現当主、豪造さんの名前が上がらない時点で、『十二天』…そしてハンター協会が介入していない可能性が高い。
要は秘密裏に終わらせたい案件なんだ。
…それに、もしかすると結乃を知る手がかりがあるかもしれない。
「これはハンター協会の極一部、そして『十二天』のうち天宮家しか知らない情報です」
紗優は重々しく口を開く。
「……近いうちにあの『ゲート』は崩壊を起こします」
「…崩壊?でも、中にはモンスターがいないぞ。ゲート崩壊の一番の被害は、ゲート内部にいるモンスターが一斉に外に出るスタンピードだろ?」
「そうですね。普通のゲート崩壊なら、の話ですが」
「……」
俺の知る限り、ゲートの出現から数十年が経過した現在でも、ゲート崩壊の特例は1つしかない。
「これはハンター協会から通達がありました。あの『ゲート』とほぼ同じ座標に新たな『ゲート』が出現する予兆が確認された、と」
かつて、この世界に一度だけ起きたゲート崩壊の特例。
それは、『魔法』と『ゲート』を現実の概念とした最初のきっかけであり、拭い難い悲惨な大災害。
「『獄炎龍』…」
俺の呟きに紗優は静かにうなずく。
『獄炎龍』をこの世界に解き放った、最初のゲート崩壊と同種の災害の可能性があるということか。
※『獄炎龍』が出現したゲートとは
2005年、東京の渋谷上空にて、他のゲートと衝突する形で出現し、即座に崩壊状態となった。
その崩壊による被害規模は世界最大であり、今の複雑な現代社会を構成するきっかけとなった。




