推理の館ー五人の疑惑
夕暮れ時、一軒家で発生した殺人事件。刑事の田島に呼ばれ、名探偵・黒須田真幌と相棒のフリーライター・白田和樹は現場に足を踏み入れた。
「報酬もないのに、よくもまあ人を働かせますね」
皮肉めいた黒須田の言葉に、田島は肩をすくめた。
「法律では禁止されてるからな、仕方ないだろ」
軽い応酬を交わしながらも、黒須田はすでに遺体を観察し始めていた。
一階の居間。
床にはIT企業勤務の飯沼茂樹(34)が倒れていた。手は首を押さえたまま硬直し、指先が赤く腫れあがっている。
首には絞殺痕なし。吐血もなし。争った形跡もない。
テーブルの上にはシチューやパンが並び、用意されていた食器には銀のスプーンと木製の箸がセットされている。
「飯沼さんはエビアレルギーだったはずですよね?」
黒須田が確認すると、集まった五人の友人たちは全員頷いた。
「はい。でも、薬を服用しているから大丈夫だと本人が言ってました」
そう答えたのは、パーティーの発案者・片桐智司だった。
「それで、皆さんはそれぞれ飯沼さんのために何を送ったのですか?」
五人が順に答える。
「エビ」──片桐智司
「銀のスプーン」──野島伸司
「シチュー用の陶器のお皿」──草原静江
「テーブルクロス」──釘嶋聡美
「花」──田野絵啓太
全員が飯沼のアレルギーを知っていたにもかかわらず、片桐はエビを送り、飯沼はそれを受け取っていた。しかし、遺体の口元やシチューの中にはエビの形跡はない。
「つまり、飯沼さんはエビを口にしていない……だが、指先が腫れている」
黒須田は台所へ向かった。引き出しを開けると、収納されているカトラリーのほとんどが木製や陶器製であることに気づく。
食卓には唯一、銀のスプーンだけが並んでいた。
彼はシチューの皿の端を指でなぞり、スプーンをじっと見つめた。
「なるほど……犯人は、エビを直接食べさせたのではない」
視線を遺体に戻し、彼は静かに告げた。
「飯沼さんは、銀のスプーンに塗りつけられたエビの成分によってアナフィラキシーショックを起こしたのです」
沈黙が落ちる。全員が顔を見合わせる。
「だが……そんなことをする理由は……」
田島が困惑したように言う。
「それができたのは、あなたです」
黒須田の指が、ひとりの人物を示した。
犯人は、野島伸司だった。
彼は銀のスプーンをプレゼントとして送る際、スプーンの表面に微量のエビのエキスを塗布していた。飯沼は何の疑いもなくスプーンを使い、口元に触れた瞬間、アレルギー反応を引き起こしたのだ。
「なぜこんなことを……?」
白田が問うと、野島は唇を噛んだ。
「……飯沼は俺の仕事を奪ったんだ」
野島は広告代理店に勤めていたが、飯沼の会社との競争で大口の契約を取られ、左遷されてしまったという。
「だからって、殺していい理由にはならない」
田島が冷たい声で言う。
こうして、殺人は証明され、事件は幕を閉じた。
館へ戻る道すがら、白田がぽつりと漏らした。
「こんな形で人が死ぬなんてな……」
「殺人というのは、常に“こんな形”で起こるものですよ」
黒須田は帽子を目深に被り、夜の街を見上げた。