第9幕・旅の終着点
「寄越せぇぇぇ!!!Tシャツをぉぉぉぉ!!!」
――職員は倒置法で叫びながら、僕の頭上を舞う。
「くっ…!!!」
僕は右肩を力一杯浮き上がらせて、そのまま床を転がった。
「…ッ痛ァァッ!?」
僅かに曲げてしまった脚に激痛(筋肉痛)が走る。
職員は悶える僕の真横に、ドサリと音を立てて顔面から落下した。
「よく避けた!ヨシヒコ君!後は私に任せろ!」
「"任せろ"って…リカブさん…?」
今の僕には、リカブさんの言葉に戸惑う余裕すら無い。
「ふっ…ヘヘヘ…Tシャツ…Tシャツゥゥ…」
(マズい……!)
真横の変態は既に顔を上げて、まるで理性の無い怪物のように、僕を血眼で睨みつけている…!
「Tシャツ…寄越せェェェェ!!!」
「うわあぁぁぁあぁぁあぁあ―――!!!」
差し迫った脅威に対する恐怖からか、僕が脊髄反射的に目を瞑った、その時――
「"ディメンション・オーダー"!!!」
変態の叫び声、そして僕の悲鳴と重なるように、リカブさんの声が聞こえた。
ガァンガラガシャァァァン――!!!
「ぇせぴゃぁぁあぁぁぁぁあぁあっ!?」
直後、僕の目の前で、何かが崩れるような音と、変態の物らしき悲鳴が聞こえた。
音は僅かに余韻を残し、徐々に弱まっていく。
…助かったのか?そう思いつつ、恐る恐る目を開ける。
…すると目の前には、大量の鎧のような物の下敷きとなり、動けなくなっている変態の姿があった。
「よし!間に合ったようだな!」
リカブさんは腰に手を当ててそう言っている。
…一体何が起きたんだ…?などと考える僕の表情筋は、口だけが開いた状態でフリーズしていた。
「その反応…どうやら君の元居た世界に、"魔法"は無かったようだな。」
「ま…魔法…?」
「…魔法というのは、"魔力"という力によって引き起こされる超常的な事象の事で…」
「あっ、何となくイメージつくんで、大丈夫です…。」
「えっ?」
説明を遮る僕に、リカブさんは困惑の表情を見せた。
…僕は一通り、元の世界での"魔法"の存在について話した。
「驚いたな…君の居た世界では、実在しないはずの魔法が"フィクションとして"存在しているのか…。」
「…ところでさっきの魔法、何なんですか?鎧を降らせる魔法…とかですか?」
僕は先程目にした光景を思い浮かべながら、リカブさんに問いかけた。
「惜しいな。
さっき使った魔法は"ディメンション・オーダー"という空間魔法だ。」
「空間魔法!?何だか強そうですね…!」
漫画のキャラが使う、瞬間移動的なアレだろうか…はたまた、空間ごと斬り裂く事で、あらゆる物を切断してしまうようなアレだろうか…
…ふとそんな事を考える僕のテンションは鰻登りだ。
「…この魔法はな、使用者にのみ干渉できる異空間を造り出し――」
「造り出し…?」
僕は熱い眼差しを向けて、リカブさんの説明に聞き入る。
「――鎧や武器、道具などを収納するための魔法だ。」
「あっ…うん…何だか生活的な魔法ですね…?」
超常的な力が人々の間に浸透している世界ならば、利便性を追求した魔法が存在するのは自然な事なのかもしれない…などと考えてはみたものの、何だか肩透かしを食った気分だ…。
「さて、目的地まであと少しだ。ラストスパートを乗り切るぞ!」
リカブさんは、変態の上に覆いかぶさっている大量の鎧に手を触れながら言った。
鎧は、リカブさんの手に吸い込まれるようにして消えていく。
「そうやって収納するんだ…便利そうですね…!」
いざ魔法を目にすると、感嘆の言葉が自然と飛び出してきた。
「だろう?私が使える魔法はこれ一つだが、応用次第では幾十にも渡る使い方が出来るんだ。」
自分の魔法を褒められたからか、リカブさんは何だか嬉しそうだ。
「何か…僕がイメージしてた戦士って、物理攻撃一筋で戦うものでしたけど…リカブさんは全然違いますね。器用で、何でも1人で出来ちゃいそうな……」
「おっとヨシヒコ君、あまり短絡的なイメージに囚われてはいけない。ステレオタイプは、人から他者を知る機会を奪ってしまうのだから。」
「すっ…ステレオタイプ…。」
…ファンタジーじみた概念と、現代的な価値観に板挟みにされて、何だか混乱してきた…。
この世界は、僕が思っているより先進的らしい。僕が異世界に対して抱いていた"ステレオタイプ"に亀裂が走っていくのを感じた。
・ ・ ・
「ファイアー!サンダー!えっと…ナンチャラ…ビーム!」
え?何をしているのか、だって?
見ての通り、魔法を撃てないか試しているのだ。
…いや、違う。決して気がおかしくなった訳ではない。
異世界に転移した主人公が、圧倒的な力を得て無双する…という流れは、異世界ものラノベのテンプレである。
つまり僕も、そのテンプレに則って何かしら特別な力を得ている可能性があるのだ。
「エクスプロージョ――」
「…ヨシヒコ君、魔法というのは、鍛練を積まずして使えるような代物ではないぞ…。」
横を歩くリカブさんが冷静に告げた。
「あっ…はい。」
…僕は蚊の鳴くような声で返した。
まあ…急に圧倒的な力が芽生えるなんて、そんな都合の良い話がある訳がない。例え異世界だとしても、だ。
別に?僕も本当に魔法が使えると思っていた訳じゃない。ただ万が一の可能性を想定しただけで、本気で期待してなんか――
――突如として、僕達の眼前に閃光が迸った。
地響きと共に、廊下の向こうから爆発音が響く。
音の鳴った方を向くと、無数のカウンターの1つから、炎のような赤い光と黒い煙が姿を覗かせていた。
「何だ!?ガス爆発か!?」
リカブさんは灰と瓦礫を散らすカウンターへと走り出す。
「まさか…さっきの魔法が成功して…!?」
筋肉痛に耐えながら、僕はガタガタとした奇妙な動きでリカブさんを追いかける。
もし爆発の原因が、さっき僕が適当に唱えた呪文だとしたら…この事故は僕の責任になってしまうのでは…!?
・ ・ ・
『えー、続いてのニュースです。昨日、ハローワーク"無限回廊"で発生した爆発事故に、"異世界人"を自称する少年の関与が疑われ…』
『速報です!警視庁は吉田ヨシヒコ容疑者(14)を、器物損壊及び建造物内魔術規制法違反の容疑で書類送検し――』
・ ・ ・
「君ねぇ?建物の中で爆破魔法なんて撃っていい訳ないでしょ?
…え?"異世界人"?ふざけてないで真面目に答えてくんない?調書が取れないんだよ?」
「君ん中の"設定"だと、元居た世界には魔法が無かったらしいけどさあ…魔法に触れたばっかの素人が爆破魔法なんて撃てる訳――」
「警部、コイツ頭の方がイッちゃってるんじゃないっすか?」
「あ〜、じゃあ精神障害の線で進めるか…。」
・ ・ ・
「出してくれぇぇぇ!!!僕はまともだッ!!!僕はッ!!!まともなんだァ!!!ゥあぁぁあァァァア!!!」
・ ・ ・
…まずい、精神病棟の窓の鉄格子に掴みかかって叫ぶ未来の自分までが想像ついた…。
仮に死人でも出たら取り返しがつかない…!急がないと…!!!
僕は筋肉痛を堪えながら、今出せる最高速度で廊下を疾走した。
To Be Continued