第60幕・新たな日常
「――はあッ…!?」
…目が覚めた。
崖から落ちたかのような浮遊感と、寝起きとは思えない程の動悸に、思わず目眩がした。
ゆっくりと起こした身体には、冷や汗が纏わりついている。
「おはようヨシヒコ君。随分うなされていたけど…悪い夢でも見たのかい?」
…アレフさんが、僕の顔を覗き込む。
「いや…思い出せないです…。」
…確かに悪い夢を見ていた筈だ。
なのに、その内容が思い出せない。
タクシー運転手、偽の魔王、プロミネンス、暴漢…奴等との戦いで感じた恐怖。
仲間や、村の人々を守れなかった後悔と無力感。
そのどちらでもない、妙な感覚だけが頭に残っている。
「…あっ、思い出した!」
「へえ、どんな夢だったか聞いてもいいかい?」
「確か…マワリさんの家がレンジの暴走で消える夢でした!」
「あ〜…ヨシヒコ君、それは…」
…アレフさんは、気まずそうに辺りをキョロキョロと見回す。
「夢じゃ…ないぞ。」
…その時、僕は思い出した。
今居る寝床が…テントの中にあるという事を…。
「…起きたか?アレフ、ヨシヒコ少年。」
マワリさんはやつれた表情で、テントの中を覗き込んできた。
「今日も配給に行くぞ。着いて来い。」
・ ・ ・
「俺達が配給をするのは、明日が最後になる。」
物資を配り終え帰路に着く中、マワリさんはそう口にした。
「本当に、食糧が尽きようとしているんですね…。」
「…ああ。全く、変身レンジさえ故障していなければ良かったんだがな…。」
そう呟くマワリさんは、小屋の跡地に置かれたテントに目線を移した。
「良かったんだがなあ!!!」
ちなみに変身レンジは、二次被害防止の為に昨晩破壊された。
…自宅の仇とでも言わんばかりに、怒り任せに金槌を振りかざすマワリさんの姿が、今も脳裏に焼き付いている。
「で…でも、僕達は無事だったじゃないですか…!不幸中の幸いですよ!」
アレフさんは、マワリさんを宥めるように言った。
「確かに…下手したら僕達も変換魔法に巻き込まれてた可能性があったんですね…。」
主人公が暴走したレンジによって晩御飯にされて最終回の幕が閉じる…
仮に世界中の本棚をひっくり返したとしても、そんな物語は見つからないだろう。
不名誉な世界初にならずに済んだのは、かろうじて幸運だと言えるかもしれない。
「…いいか、変換魔法はな…"生物を魔法の対象として指定出来ない"という制約がある。生物を変換する事は出来ないし、変換を通じて生物を造り出す事も出来ない。
俺達が無事で済んでいるのは、変換魔法に元来備わっているフェイルセーフのお陰であって、幸運でも何でも無い。」
マワリさんは、溜め息混じりにそう語った。
…テントの前に辿り着いた僕達の間に、気まずい空気が流れる。
…どうしよう。
マワリさんを慰める材料が何一つとして無くなってしまった。
「ハァ…全く、何で俺の家が…。全くハァ…」
どう声をかけていいのか分からずいる内に、マワリさんは何度も愚痴を復唱している。
…心做しか、溜め息もどんどんデカくなっている。
「…まあいい。家が消えたからといって立ち止まっている暇は無いからな。予定通り断行する。」
マワリさんはテントの出入口を開き、外へと足を踏み出した。
「断行って…何をだ…?」
アレフさんが首を傾げている。
「…マワリさん、予定って…何の事ですか?」
僕は尋ねた。
「次の訓練だ。お前達も外に出ろ。」
To Be Continued




