第59幕・再構築
「現状、外部から食糧を調達するのは困難だ。」
マワリさんが告げたのは、この村を取り巻く残酷な現実だった。
「このままでは、ひと月もしない内に深刻な飢饉が発生するだろう。魔王軍が手を下すまでも無く、この村は地図から消える事になる。」
「そんな…打開策は何も無いんですか…?」
失意が、僕の心に湧き上がってくる。
…そんな中、マワリさんは微笑みを見せた。
「あるさ、幾つかな。丁度それを説明しようと思っていた所だ。」
「本当ですか!?」
頭の中を埋め尽くしていた不安が、晴れていく。
僕は思わず、拳を握り歓喜の声を上げていた。
「手段があるなら、焦らさないで教えて下さいよ!もう少しで遺書を書き始める所だったんですから…!」
「…お前は些か早計過ぎるぞ、アレフ。」
マワリさんは、アレフさんを白い目で見つつ、玄関の扉を開けた。
「庭の倉庫にある。少し待ってろ。」
・ ・ ・
【5分後】
再び、玄関の扉が開いた。
…大袈裟な程に、大きく開け放たれた。
扉が小屋の外壁にぶつかったのか、ドタンと音が鳴る。
僕は戸惑いながら、玄関と、その外を見つめる。
そこには、大きなダンボール箱を抱えるマワリさんの姿があった。
「待たせたな、持ってきたぞ。」
マワリさんは素早くダンボール箱を開封し、中身の"四角い何か"を食卓に乗せた。
…あまりの手際の良さに、質問する暇も無かったが…。
僕は、卓上に置かれた"何か"を観察した。
「これは…電子レンジ?」
どう見ても、ターンテーブルの電子レンジだ。
一般家庭ではお馴染みの家電…といっても、最近はフラットテーブルの物も流通して…いや、そんな事はどうでもいい。
何故マワリさんは、このタイミングでレンジを持ってきたんだ…?
「マワリさん…?レンジなんか、温めるべき食べ物が無ければただのスクラップですよ?」
アレフさんは、憐れむような目線をマワリさんに向ける。
まるでマワリさんを、ボケの進んだ老人とでも思っているようだ。
…失礼ながら、僕もだ。
「…随分と辛辣な目線を向けてくれるじゃないか。これはただの電子レンジじゃない…その名を、"変身レンジ"だ!」
「へんしんれんじ…?何ですかそれ…?」
"そんな自信ありげに言われても知りませんよ"と言わんばかりに、アレフさんはマワリさんに冷たい目線を向ける。
「"変換魔法"を搭載した魔導兵器の一種だ。
かつて警察署内に設置されていた物だが…経年劣化で動作が不安定になったらしく、倉庫で保管されていた物を俺が引き取ってきた。」
"魔導兵器"…確か、魔法を動力とする道具などの事だとリカブさんが言っていた。
だが、聞き慣れない単語が1つある。
「変換魔法って…何ですか?」
僕は尋ねる。
マワリさんは、おもむろに頷いた。
「うむ…見せた方が早いな。
まず、俺の手元にある銀貨を庫内に入れる。」
「あの?」
僕は一瞬、目を疑った。
マワリさんはポケットから取り出した銀貨を、迷わずレンジのターンテーブルに乗せていた。
ご存知の通り、電子レンジに金属を入れるのは非常に危険な行為だ。
スパークや発火、機器の故障を引き起こす恐れがあり、最悪の場合、火災などの事故に繋がりかねない。
…通谷先輩が旧理科室に左遷されたのも、金属ボウルをレンジで加熱して小火を起こした事が原因らしい。
消防車数台が駆けつける程の大騒ぎになったと、班長から聞いた――じゃなくて!
「マワリさん!?レンジに金属は危ないですって!」
「そうですよ!ただでさえボロい小屋が炭になっちゃいますって!」
…辛辣だが、アレフさんの言う通りだ。
「ただの電子レンジではないと言っただろう…黙って見ていろ、大丈夫だ。」
マワリさんは、レンジのスタートボタンを押す。
庫内のターンテーブルが、ゆっくりと回り始めた。
僕達は手に汗を握りながら、回転する銀貨を静かに眺めている。
「…ところでアレフ、さっきこの家を"ボロい小屋"と言ったか?」
「言ってません」
「ん…?でも確かにそう聞こえ――」
「ボロネーゼコーラと言ったんです!僕が他人の家に対して失礼な発言をする訳が――」
突如、レンジの庫内が激しく光り出した。
自然光とは異なる、真っ白な光。
「うわっ!?」
僕は慌てて、手で顔を覆った。
「マワリさん!?本当に大丈夫なんですか!?」
アレフさんは憔悴し、マワリさんに掴みかかる。
「う〜む…長らく動作確認がされていなかったからな…。故障していたとしてもおかしくは――」
「ヨシヒコ君!今すぐこのボロ小屋から脱出しよう!」
アレフさんが僕の手を掴む。
「ちょっと待って下さい!?眩しくて前が見えないんです!」
「というかアレフ、お前やっぱり"ボロ小屋"って言って――」
その時、甲高いブザー音が鳴った。
同時に、レンジから放たれていた光が消える。
音に釣られて振り向いた先…レンジの庫内には、さっきまで存在しなかった筈の缶詰めがあった。
一方、ターンテーブルに置かれた筈の銀貨が見当たらない。
「銀貨から缶詰め1つか…渋いなんて物じゃないな。」
マワリさんはどこか不満げに、レンジから缶詰めを取り出した。
何がどうなっているんだ…?
そう戸惑う僕達の顔を見て、マワリさんは口を開いた。
「…言っただろう、変換魔法だ。この変身レンジは、食品を加熱する為の道具じゃない。文字通り、中に入れた物を食品に変換する事が出来るんだ。」
「すっ…凄い!そんな"The・魔法"みたいな道具があったんですね!」
僕は歓喜のあまり、その場で飛び跳ねていた。
「はあ…焦った…。そうならそうと初めに説明して下さいよ〜!」
「ああ、済まない…。ところでアレフ、やっぱりお前"ボロ小屋"って――」
「言ってません」
「凄いですね、変換魔法って…!食べ物以外にも色々変換出来たりするんですか?」
「可能ではあるが…勧められないな。何故なら変換魔法には、"等価値での変換は出来ない"という縛りがあるんだ。」
久方振りに、魔法への期待を膨らませる僕に対して、マワリさんは冷静に告げる。
「縛り?」
「…例えば、さっきレンジに入れた銀貨。アレには、ちょっと良い店でステーキが食える程度の価値があった。だが、出てきたのは魚の缶詰め1つだけ…正直割に合わん。」
「成程…万能じゃないんですね。」
…どうやら、あまり都合の良い物ではないらしい。
この世界に来てから、魔法に対して抱いていた夢を壊されてばかりな気がするな…。
「だが、今の村の状況には適している。食糧難の中では、金塊の山よりもパン1つの方が価値があるのだからな。」
「マワリさんの言う通りですね。経年劣化がどうとか言ってたんで不安でしたが…」
アレフさんは、そっと胸を撫で下ろした。
「無事に動作してくれて良かったよ。ハハハ――」
マワリさんが笑いながら、変身レンジをポンと叩いた…
――その時。
レンジから、再び強烈な光が放たれた。
しかも、庫内から漏れ出しているのではない…レンジそのものが激しく発光している…!
・ ・ ・
「…マワリさん。」
アレフさんは、遠い目をしながら呟いた。
「………」
マワリさんは、魂が抜けたかのように沈黙している。
「"経年劣化で動作が不安定らしい"って言ってましたよね?それって…」
アレフさんは、目の前を指差した。
「…コレの事じゃ、ないですか?」
そこに、マワリさんの家は無かった。
跡地には変身レンジ。
その庫内には、パックご飯が3つ入っている。
…まるでマワリさんを、嘲笑っているかのようだった。
【世界歴1835年9月26日13時56分】
【サンダ・オ・マワリの自宅が消失】
【原因:変換魔法の暴走と断定】
To Be Continued




