第56幕・灰燼に帰す
不自然に長い脚と、焼け焦げた樹木のような体色を持った、モンスター。
その四肢は、表皮が渦のように捻れており、存在そのものの異質さを醸し出している。
突然の襲撃を前に、アマモリの恐怖は最高潮に達していた。
「よっ…寄るな化け物ぉぉぉぉお!!!」
手にしたライフルを、アマモリは悲鳴と共に乱射する。
虚しくも、弾丸は全て地面に突き刺さる。
アマモリは気付いた。
確かに目の前に立っていた筈のモンスターが、視界から消えている。
「き…消えただと…!?一体何処に…クソッ!」
アマモリは、息を荒らげながら車外へと飛び出した。
「おい、待て…!置いて行かないでくれ!私を守るという契約を忘れたのか!?」
アマモリの背後で、グリードが叫ぶ。
(知った事か…!ここまでの強敵は想定してねえ…財閥のボンボンが雇い主だろうが、命まで懸けられるか!!!)
アマモリは心の内で叫びながら、振り向く事無く、抉れた地面を滑り降りていった。
「ハァ…ハァ…!消えた化け物が戻ってくる前に、出来るだけ遠くに…!」
「いや、消えてねえよ。」
背後から聞こえた囁き。
アマモリは、全身から冷や汗が噴き出すのを感じた。
振り向いた先には、姿を消した筈のモンスターの姿。
「なんっ…!?」
「ただ高速で移動してるだけだ。種も仕掛けもありゃしねえ…よッ!」
モンスターは、アマモリを蹴り上げた。
ミキサーの刃の回転のような、目にも留まらぬ回し蹴り。
アマモリの上半身は、一瞬にして粉微塵となる。
血飛沫だけが、風圧によって吹き上がった。
「あっ…ありっ…有り得ないのだ…!アマモリの奴、一瞬で…!」
一部始終を目にしていたグリードは、腰を抜かして恐れ慄いていた。
「アンタが逃げる為の時間稼ぎにもならなかったな。まあ、仮にアイツが粘ったとしても、逃がしやしねえけどさ。」
「なっ…!?」
いつの間にかモンスターは、車の後部座席…グリードの隣に座り込んでいた。
「…で、アンタ。今からでも逃げてみるか?」
モンスターはグリードの顔を覗き込み、ニタニタと笑っている。
「わっ…わわ…私の全財産をくれてやる!糸屑1つさえ残さず全てだ…!だからどうか…見逃してくれッ…!!!」
グリードは目に涙を浮かべ、命乞いをする。
「成程、そういう逃げ方もあるのか…迷うな…。」
モンスターは顎に手を当てて、考え込むような様子を見せる。
「検討してくれるのか!私を生かしてくれれば、決してお前に損はさせないと――」
「おーーーーい!!!コイツがさあ!!!全財産と引き換えに生かして欲しいって言ってんだけど!!!」
突如、モンスターは明後日の方向を向いて叫び出した。
「いっ…一体何をして…」
「あ〜、駄目だわ。聞こえてねえな…」
困惑するグリードを他所に、モンスターは愚痴っぽい呟きを零し、走り出した。
巻き起こる突風と砂煙。グリードは反射的に目を閉じた。
3秒も経たない内に、グリードは再び目を開ける。
しかし先程のモンスターは、既に影すら見当たらなくなっていた。
グリードは安堵し、胸を撫で下ろす。
「たっ…助かったのか…?良かった――」
――それが彼の、最期の言葉になった。
突如、強烈な光が車の後部座席を、そしてグリードを呑み込んだ。
爆発?恒星の衝突?
その光の正体を考察する時間など、最早彼には残されていなかった。
・ ・ ・
破壊された装甲車を、光が呑み込んだ。
半径は5mにも達するであろう、紫がかった巨大な光線。
その発生源を数kmに渡り辿った先に、人影らしきものがあった。
人影…といっても、立ち姿は猿に近い。
背格好は低く、遠目では子供と見間違うかも知れない。
しかし、暗い紫の体色が、その者が人間では無い事を示していた。
眼球は出目金のように飛び出しており、両目はレンズのような物で覆われている。
…現に車を呑み込んでいる光線は、その眼から放たれていた。
「お〜い〜!交渉中だったってのに殺すなよ、ノゾキーマ!」
脚の長いモンスターが語りかける。
紫の身体を持つ者…"ノゾキーマ"と呼ばれたモンスターは、光線の照射を止めた。
…装甲車を覆っていた光が消える。
その場に残されていたのは、楕円状の大きな焼け跡のみだった。
「…"ヲツケロッサ・コナードゥ"。君ハ魔王様ノ指示ヲ忘レタノカ?」
ノゾキーマは振り向き、機械的な声で話し始める。
「"コノ村ヲ監視セヨ"、"コノ村ニ出入リスル者ガアレバ皆殺シニセヨ"…ソウ指示ガ出サレテイタ筈ダ。」
「ハァ…金持ちの財産は欲しかったが、しょうがねえか…。」
"コナードゥ"と呼ばれたモンスターは、溜め息をついて呟いた。
「…にしても何で魔王様は、この村の監視を命じたんだ?俺達の力がありゃ、さっさと滅ぼせちまいそうなモンだけどな…?」
「魔王様曰ク、コノ村ハ"マダ使ウ"トノ事ダ。」
「まだ使う?」
「…細カイ事ヲ気ニスル必要ハ無イダロウ。素直ニ命令ニ従ッテイレバ、四大魔人ヘノ昇進モ現実的ナモノトナル。」
「…そうだな。
おっ、後続のトラックが逃げ去っていくぞ?」
コナードゥは、途切れた道路を指差して言った。
4台のトラックは、装甲車があった焼け跡から、全速力で遠ざかっていく。
「や〜っぱアイツらも、自分の命が惜しい訳だ。どうする?」
「…決マッテイルダロウ、殺セ。」
「りょ〜かい。」
コナードゥは大地を蹴り、トラックへ向けて飛び出した。
風圧で草花は捩じ切れ、摩擦で大地は燃え上がる。
ノゾキーマは間髪入れず、その眼から光線を発射した。
光線は円錐のように徐々に太くなり、扇形状に地面を焼き尽くしていく。
――両者は、間も無くしてトラックに到達した。
・ ・ ・
「…良し、これで四大魔人の座に1歩近付いたな!なあノゾキーマ、俺達と入れ替わる四大魔人は誰だと思う?」
「ヘイリー様ダ。アノオ方ハ非常ニ強イガ、協調性ガ無イ。気マグレナウェルダー様デサエ、味方トノ連携ハ取レテイルトイウノニ…アレデハ長生キセン。」
「ふ〜ん…で、2人目は?ヘイリー様1人だけじゃ、お前の席が無いだろ。」
「何ダト?」
「…冗談だ。全ては、その時になるまで分からねえからな。」
スクラップと化したトラックを背に、二者は歩き出した。
青空の下での惨劇。
僅か5分の出来事だった。
To Be Continued




