第55幕・タイムオーバー
アレフさんは、マワリさんと目を合わせる。
お互い、相手を睨みつけるかのように鋭い眼差しを向けあっていた。
マワリさんは「そうか。」と呟くと、頷くように俯いた。
それに倣うかの如く、アレフさんが辞表に目線を落とした、その時――
――アレフさんは、辞表をビリビリに破き始めた。
あまりに突然の出来事だった。
細かく引き裂かれた辞表は、紙吹雪となって地面に舞い落ちていく。
まるで、紙切れ1枚に対して憎しみでもぶつけているかのようだった。
…いや、違う。
憎しみだけじゃない。
何処か既視感のある彼の表情を見て、僕は確信した。
「マワリさん!僕の決断は――」
アレフさんは声を張り上げる。
「…捨てた紙屑を拾え。不法投棄だぞ。」
「あっ、はい…。」
言葉を遮られたアレフさんは、地面に膝をつき、バラバラになった辞表を拾い始めた。
何というか…締まらないな…。
そう思いつつ、僕は地を這うアレフさんを静観していた。
「…それで、何だ?お前の決断というのは。」
ほぼ四つん這いのアレフさんに、マワリさんは問いかける。
アレフさんの、紙屑を拾う手が止まった。
「…僕は、考えたんです。昨晩ずっと…。」
強い感情を押し殺すかのような震え声で、アレフさんは話し始める。
「モンスターを殺すという行為は、人殺しに値する…かといってモンスターを殺さないと、モンスターに人が殺される…。
残された道は、魔王を殺す事だけ…でも!
僕の力じゃ…魔王を殺せないんだ…!」
アレフさんは掌を地面に着け、マワリさんに向けて土下座をする。
「だから…お願いします、マワリさん…!貴方の指導の下で強くなって…魔王軍対策本部として魔王を討ちたい!人類を…守りたいんです!!!」
「はあ…狭い家が、更に狭くなりそうだな。
ヨシヒコ少年、アレフは今日からお前の弟弟子だ。」
「マワリさん、それって…。」
溜め息をつくマワリさんに、僕は問いかけた。
マワリさんは静かに頷く。
「…アレフ、お前にも特訓を受けさせてやろう。決して甘やかさないから、覚悟しておけ。」
「はい!ありがとうござ…ん?お前にも…?」
アレフさんは僕に目線を移す。
「えーっと…どうやら、今日から僕は兄弟子みたいです…。」
妙な気まずさを感じながら、僕はアレフさんから目を逸らす。
「気付くのが遅いぞ、アレフ。」
マワリさんは若干呆れた様子だ。
「本当ですか!?恐れ入ったなあ…僕は勇者の弟弟子という事か…。これからよろしくな、ヨシヒコ君。」
「は…はいっ!これからよろしくお願いします!」
僕はアレフさんに、深々と頭を下げた。
「ハハハ、そう畏まらないでくれ。いっそ敬語なんてやめて、これからタメ口で話してくれても構わないよ。」
「あっ、じゃあ、これからタメ口で話させて頂きま…あっ!頂きますじゃなくて、えっと…」
「ダメだこりゃ…」
…テンパっている最中、しれっと呆れられた気がするが、まあいい。
それよりもアレフさんと会う前、何かしようとしていた気が…
「…そうだ、お昼ご飯がまだでしたね。マワリさんが用意してくれたカップ麺が…あっ。」
…思い出した。
「…ヨシヒコ少年、何が"あっ"なんだ?カップ麺ならさっきお湯を………あっ。」
・ ・ ・
「何だコレは…魚の餌じゃないか…!」
苛立ちを露わにしながら、マワリさんは伸びたカップ麺を啜っている。
「スープも…殆ど麺に吸収されて残ってませんね…。」
僕は虚無感に苛まれつつ、レンゲをカップの底に押し付けている。
スープの一滴も流れ込んで来る事は無く、レンゲはブヨブヨの麺に押し返される。
「えっと…ごめんなさい…?」
アレフさんは申し訳無さそうに、僕達の虚しいランチタイムを傍観していた。
「…アレフ、お前だけ後で実戦訓練だ。」
「えっ!?」
「…冗談だ。」
「ほっ…良かった…。」
「…だが、カップ麺の恨みは忘れないぞ。」
「何も良くなかった!助けて、ヨシヒコ君!」
「一応、僕も被害を受けてるんですけど…」
・ ・ ・
メガバイト村。
臨海部を除き、その周辺は草原に囲まれている。
陸路の整備は発展途上、舗装された道路の本数も限られてはいるが、他都市と接続された国道の存在により、アクセスはさほど劣悪ではない。
現に、メガバイト村を目指す者の姿があった。
未舗装路を走る、黒塗りの装甲車の姿が…
「…全く、酷い乗り心地なのだ!サーバリアンは車道の舗装すらまともに進んでいないのか?」
車の後部座席では、スーツを着た小太りの男が不満を漏らしていた。
「グリード様、本当によろしかったのですか…?メガバイト村に訪問するなど…」
運転手の男が、恐る恐る小太りの男に問いかける。
「確かに普段ならば、このような矮小なる国…しかも辺境の地を訪れるなど有り得ない事だが…」
「そうではなく…!メガバイト村は2日前に魔王軍による襲撃を受けたばかりです!四大魔人と呼称される危険なモンスターも確認済み…ハッキリ言って危険です!」
運転手は表情に不安と焦りを浮かべ、グリードに訴えかけた。
運転手とは対照的に、グリードの口角はつり上がっていた。
「…だから、チャンスなのだよ。この国の脆弱な物流は、魔王軍により完全に麻痺状態。物資不足を極め、庶民が野草を貪り出す日も近いだろう。
そこで私が直々に訪問し、我が"グリード財閥"の名の下に配給を行うのだ!」
続けてグリードは、車のバックミラーを指差す。
「見ろ!後方を走る4台のトラック…あれには物資が積載されている。
大規模な配給を行う事で…我が財閥の英雄的ネームバリューを確立するのが目的なのだ!」
「しかし何故、メガバイト村などという田舎に…?」
運転手が首を傾げる。
「王都や大都市を対象とした配給など、国家連合が勝手にやるだろう?それでは庶民からの、我々に対する印象が薄れてしまう。だがメガバイト村なら…"村"とは名ばかりの人口を抱えつつも、連合に重要視される程の経済規模は無い。私の名を…そして顔をより多くの人間に覚えさせる上では狙い目なのだ。更に――!」
グリードは掌で、自身の隣に座る重装兵、そして助手席で杖を握るローブの男を指した。
「この車内には、元ウェザー帝国兵の"アマモリ"、元魔術学会所属の上級魔導士"ニッパー"が同乗している!モンスターなど脅威ではない!」
「…グリード氏の言う通りだ。モンスターなんて、見た目がキモいだけでほぼ人間だろ?そんなもん、ライフルで一発撃ったらお終いだ。」
アマモリと呼ばれた重装兵は、上機嫌に語った。
「この国じゃ、モンスターによって壊滅的被害が出たそうだが…そりゃこの国の人間が弱いからだ。モンスターなんざ、"上級魔導士"である俺の敵じゃねえよ。」
ニッパーと呼ばれた魔導士は、杖を磨きながら呟いた。
「これで私は…この村を救った英雄となる!私の不倫発覚により存亡が危ぶまれている我が財閥を…庶民に餌をバラ撒くだけで立て直せるのだから、全く楽な事この上無いのだ!ハァーッハッハッハ――」
グリードが高笑いを響かせた――
「 "亜音速レッグミサイル"。 」
――刹那。金属が潰れ、弾けたかのような凄まじい音が轟いた。
土煙が車内に流れ込み、グリードはむせ返る。
"何が起きた?"
ただそれだけを頭に浮かべながら。
「非常事態発生!直ちに戦闘に移る!」
アマモリは叫び、ライフルを手にした。
「…おい、ニッパー!お前もボーっとしてないで――」
声一つ上げないニッパー。
彼に対するアマモリの疑問は、すぐに解消される事となる。
…土煙が晴れる。
彼らの視界からは、"存在した筈の"車体の前半分が消え去っていた。
「ばっ…ばっばば馬鹿な…!?ウェザーのPMCから取り寄せた、最新鋭の装甲車だぞ…!?」
グリードは震え声で叫んだ。
アマモリは車外を見渡す。
地面が直線状に抉れ、高熱により赤く発光している。
"何かが高速で通過し、車を貫いた"
アマモリは恐怖の中、結論に辿り着いた。
だが残酷な事に、その結論はアマモリの恐怖を助長するに至っている。
運転手とニッパーがどうなったか…抉れた地面を目にした以上、考えるまでも無い。
「おっと、2人程殺し損ねたか…。デブと、えっと…兵士か?」
抉れた地面の上から声が響く。
後部座席で震え上がる二者が目にしたのは、槍のように長い脚を持つモンスターの姿だった。
To Be Continued




