第6幕・見知らぬ天井
【前回のあらすじ】
前回を読んで下さい!
僕は今それどころじゃないんです!
理科部の幽霊部員だった僕は、成果を上げるために怪しい実験を行ったら、謎の爆発に巻き込まれて見知らぬ場所に!目の前には見知らぬ金髪の男性が!
こんな具合で情報がお盆休みの帰省ラッシュレベルで大渋滞してるんです!
前回のあらすじなんて伝えてる場合じゃないんです!
・ ・ ・
「…誰なんですか…あなたは…?」
僕は金髪の男性を見つめたまま、震える声で言った。
外からは鳥の鳴く声が聞こえる。ふとそれに釣られて窓の外に目を向ける。
…そこには、西洋風の石造りの街並み、石畳で舗装された街道、日本人のようには見えない、彫りの深い顔をした数々の一般人の姿があった。
「どっ……何処なんだ、ココは……!?」
…どう見ても中学校の周辺ではない。
それどころか、日本国内なのかすらも怪しい。
「…ココは"サーバリアン王国"の"メガバイト村"。そして私は"戦士"として活動している、"リカブ・イン"という者だ。」
「さ…さーばりあん王国……?」
…何処なんだ…!
地理の授業は真面目に聞いていたはずなのに…全く国名に覚えが無い…!
…というか戦士!?そんな職業が現代に存在するのか…?
…そう内心で頭を抱えていると、"リカブ"と名乗った金髪の男性が再び話し掛けてきた。
「君は昨晩、道端で倒れていたんだ。そこを私が見つけ、保護したのだが……
君が倒れる前、何があったのか聞かせてくれないか?」
…リカブさんを信頼して良いのかは、正直分からない。でも今は、話してみない事には何も始まらないように感じた。
「…分かりました。実は僕__」
・ ・ ・
…こうして、僕は理科部での出来事を包み隠さず話した。
「……成程、気付いたら元居た場所とは全く違う場所に居たと…。」
リカブさんは、僕の話を聞き終えるなり、何かを熟考するかのように腕を組んだ。
「ええ、信じられないかも知れないですが…。」
「いや、信じよう。」
(判断が早い…!)
「…今の話からすると、1つ推論が立つな。君の………そうだ君、名前は?」
リカブさんは腕組みを解いて、僕に問い掛けた。
「ヨシヒコです。」
「ヨコヒシ君の話からすると…」
「いや、ヨコヒシじゃなくて、ヨシ…」
「…君はこの世界の人間ではない…つまり、異世界から来た可能性が高い。」
「……ヒコ…です…………えっ?」
「ここは君が元居た世界とは違う…つまり、君にとって"異世界"である、という事だ。」
…僕の思考はフリーズした。
初っ端から名前を間違われた事に対する言葉は、最早完全に頭から抜け落ちていた。
唐突に飛躍した話に対して半ば混乱しつつも、僕は返す言葉を探し出した。
「い…いきなり異世界って言われても…。そもそも、僕が異世界から来たなんて…どこから判断したんですか…!」
「ふむ…確かに、急に信じろという方が無理な話だ。では、判断した根拠だが……
まず…"日本"という国名を聞くのは初めてだ。君の住む市区町村名や、通う学校はおろか、国名すら、私は聞いた事が無い。」
「そんな…!」
…しかし思い返してみれば、"サーバリアン王国"なんて国も、僕は聞いた事が無かった。
それに、リカブさんが嘘をついているようにも見えない。
何より、僕が旧理科室で最後に見たあの光…あれの説明が全くつかないのだ。
…もしかすると、本当に…。
「…そして2つ目だが、この世界に迷い込んだ人間…"異世界人"は君だけではない。稀有な出来事だが、数件前例があるんだ。」
「…前例?僕と同じ世界から来た人が他にも居るんですか?」
「ああ、そうだ。
そして、その前例には全て共通点がある。…それが君が"異世界人"である事を証明付ける根拠になるだろう。」
「証明する…根拠…。」
僕は息を呑んで、リカブさんの言葉を待った。
「この世界にやってきた異世界人は皆…」
「皆……?」
「その、"I'am異世界人"と書かれたTシャツを着ているんだ!」
リカブさんは、真実に辿り着いた探偵の如く、切り込むように言った。
「………えっ?Tシャツ?」
…僕は若干困惑しつつ、自分が着ている服の裾を引っ張り、凝視した。
…そこには、ライトノベルのタイトルロゴのような丸みを帯びた字体で"I'am異世界人"と書かれていた。
…極めつけには、まるで絵本の挿絵のような木、空、太陽などのイラストまで…。
「うっわ何コレ恥ずかしい!」
…とりあえず、Tシャツに対する僕の第一声はそれだった。
・ ・ ・
日が差す街道。眩く光る白い石畳。
建ち並ぶ西欧風の石造りの家の数々。
行き交うは、見た事の無い社名の車と、見慣れないファッションで着飾った人々…
「どうだ?見覚えはあるか?」
リカブさんは、街並みに目を向けながら僕に問い掛けた。
「いや…全く…。僕の知っている街とは似ても似つかないです…。」
…あの後、僕はリカブさんの提案で街を歩く事になった。
その目的の一つは、僕自身が"異世界に迷い込んだ"という確証を持つためだ。
…正直Tシャツを見た時点では、雑なドッキリか何かじゃないかと思っていたが、最早そんな考えは跡形も無く消え去ってしまった。
「見えてきたぞ、もうすぐだ。」
リカブさんが街道の先を指差して言った。
…僕達が街に出たもう一つの目的…それは、彼が指差す先にある。
・ ・ ・
「僕は…元の世界に帰れるんですか?」
不安を帯びた声で、僕は問い掛けた。
「…言い難いが…」
リカブさんは、若干の間を置いて話し出した。
「…この世界に来た異世界人の数例で、"元の世界に戻れた"という事例は確認されていない。」
…返ってきたのは、絶望的な答えだった。
「そんな…」
「受け入れ難い事だろうが…君はこの世界に定住する覚悟を持たなくてはならないだろう。」
定住…その二文字は、今後僕が土地勘も知識も無い場所で、知人や家族とも会えずに一生暮らしていかざるを得ないという、残酷な運命を示唆していた。
脳裏に次々と顔が浮かぶ。家に帰ればいつも、当たり前のように居た両親の顔、部室に入ると手を振って迎え入れてくれた通谷先輩に班長、そして……
目を向けないようにしていた孤独を前に、目頭が熱くなるのを感じた。
「…あまりに気の毒な事だ。君がこの世界で暮らしていけるよう、私も最大限の助力はする。だから、希望を捨てないでくれ。」
リカブさんは俯く僕に、そっと話しかけた。
「………!」
突如、頭に浮かんだ顔とリンクするように、昨日の記憶がフラッシュバックしてきた。
(「…班長…。この実験、ホントに成功すると思います…?」)
通谷先輩の声が朧気に聞こえてくる。
…そうだ。実験の準備をしている時の事だった。
(「…どうしてそんな事聞くのよ?」)
今度は班長の声だ。
(「だって、次の材料がイチゴジャムと塩コショウ、赤味噌って…明らかにおかしいですよ!料理のレシピじゃあるまいし…」)
…ジャムと味噌はどう考えてもミスマッチだし、料理のレシピかどうかすら怪しい気もするけど…。
(「こんな実験…多分また失敗__」)
(「通谷。怪しむ気持ちも分かるわ。…私だって、成功するか疑わしいと思ってるし…。」)
(「でもね…やる前から希望を捨ててどーすんのよ?」)
……!
…そうだった…。僕を焚き付けたのは…僕があの班を選んだ理由は…
(「この世界にはどんな未知の事象が隠れてるか、誰にも分からないんだし…常識をひっくり返す希望を、信じてみたって…いいでしょ?」)
…あの人がいつも言ってた、あの言葉だったんだ。
「……分かりました。
この世界で生きていく…その覚悟を決めます。
…でも僕は、元の世界に戻る事を諦めません…。僕が世界最初の…"帰還者"になってみせます!」
僕は顔を上げて、力強くそう応えた。
リカブさんは少し驚いた表情を見せるも、その顔はすぐに微笑みに変わった。
「その意気だ、ヨシヒコ君。」
「それで…早速で悪いのだが…。」
リカブさんは一転して、少し申し訳無さそうに話し始めた。
「私はこれから忙しくなる。村を離れて長い間、遠征に行く可能性もある。つまりだな…」
「つまり…?」
「…君を養う余裕が無くなるかもしれない、という事だ。そこで君に、やって欲しい事がある。」
「僕に出来る事だったら、何でもやります!」
覚悟を決めた僕は、意気揚々と応えた。
リカブさんは、ならば良しと呟いて、続けた。
「君にやって欲しい事…それは…」
「それは…?」
「職探しだ!」
「分かりま……えっ?」
「これからハローワークに行くぞ!」
「ええぇぇぇえぇぇえぇ!?」
斜め上の返答への驚きが冷めないまま、僕はリカブさんに連れ出された。
…とりあえず、リカブさんの家の玄関がやたらと広かった事だけは覚えている。
・ ・ ・
…と、言う訳で、僕達はハローワークの前へと辿り着いた。
しがない理科部員の壮大な冒険は、幕を開けたばかりだ。
To Be Continued