第51幕・Unstoppable
「イ゛ヤ゛アアァァァァア重ォォォい!!!」
早朝の空に、断末魔とも取れる悲鳴が轟いた。
木々に止まっていた鳥達は恐れ慄き、次々に飛び立っていく。
「肩が外れるゥゥゥゥゥゥ!!!」
悶えるヨシヒコの背中には、肩幅を軽くはみ出す程に大きなリュックがあった。
「まだ基礎体力作りの段階だ。弱音を吐くには早い…いや、早過ぎるぞヨシヒコ少年。」
マワリはそう口にしながら、もう1つのリュックを軽々と背負い上げた。
そのリュックの大きさは、ヨシヒコの背にある物を上回っている。
マワリを見つめ、絶句するヨシヒコの表情には、確かな戦慄が浮かんでいた。
・ ・ ・
「これから丘を下りて街中に入る。傾斜があるから足元に気をつけろ。」
マワリさんは振り向いてそう言うと、暗い森へ続く道へと進み出していった。
「わっ…分かりました…。」
僕もそれに続く…が、背負った荷物の重みが歩みを鈍らせた。
一歩踏み出す度に、身体が地面に沈んでしまいそうにすら思える。
ひたすら前屈みになって、重圧に耐えるので精一杯だ…。
元の世界…もとい中学での通学鞄でさえ、ここまで重くはなかった筈だ。
でも…そうだ、アレは確か中一の頃…
夏休み前、教室の私物を持ち帰るように指示が出されたんだ…。
少しずつ計画的に持ち帰らなかったせいで、終業式の日に大量の教科書やら何やらを抱えて下校する羽目になった苦い記憶が――
「ヨシヒコ少年、下り坂に入るから足元に――」
「えっ?」
――身体が、軽い。
気付けば僕の身体は、前方へ傾いていた。
背中にのしかかる重圧が…力が斜面に沿って流れていくのを感じる。
「――うわあああぁああぁぁあぁああ!?」
僕は反射的に、足を前方に突き出していた。
「ヨシヒコ少ね――」
マワリさんの声が、どんどん遠ざかっていく。
「ぁぁぁぁ止まれなぁあぁあわをぁあ!!!」
僕の足は坂道に沿って、どんどん加速していく。
気分はまるでジェットコースターだ。
全身で感じる風の冷たさか、はたまた恐怖からか鳥肌が立つ。
でも、タダで絶叫マシンに乗れていると考えたらお得かも…じゃない!
一周回って訳の分からない思考が浮かび始めている…!
とにかく、この速度で走り続けるのは危険だ…木にぶつかったり、崖から落ちてしまうかも知れない…!
…かといって無理に足を止めれば、行き場を失った力に引っ張られ、僕は派手に転倒するだろう。
…というか!そもそも!止まれません!!!
いや、まずは一旦落ち着こう…素数を数えて落ち着くんだ…!
「1…」
「――ヨシヒコ少年!」
…背後から、小刻みに足音が響いてくる。
続けて聞こえた声に、僕は振り向いた。
「――マワリさん!」
マワリさんは土を一歩一歩踏み抜きながら、僕との距離をどんどん縮めていく。
時には山道を外れ、木々の間をすり抜け、小さな崖を飛び越し、最短距離で僕へ迫って来る。
あっという間も無く、マワリさんは僕の背後へと辿り着いていた。
「ぬうッ!!!」
マワリさんが僕のリュックに掴みかかる。
「おわっ…!?」
僕の身体が後方へと引っ張られる。
靴の踵からは砂煙が沸き立ち、僕達は斜面を滑りながら徐々に減速していく。
…額に流れる冷や汗の感覚を初めて覚えた時、僕の足はようやく停止した。
「もう少し慎重に…ゆっくり下りた方が良いぞ。」
マワリさんは、静かにそう言った。
To Be Continued




