幕間No.7 恐怖
「勇者様ぁぁ!リカブさぁぁん!」
9万職員さんが窓ガラスを体当たりで粉砕し、室内に飛び込んできた。
「…9万、君の家に玄関は無かったのか?」
ソファに座るリカブさんは遠い目をしながら、皮肉めいた苦言を呈している。
「いえ、ありましたよ!」
「そうか、それは良かった。」
…いや違う。多分ただの質問だ、コレ。
「それはそうと…見て下さい!」
9万職員さんが懐から何かを取り出した。
「コレは…ゲームソフト?どこで拾ったんですか…?」
僕は彼女の手の内で光るパッケージを見つめてそう言った。
「違いますよ〜!商店街の福引きで当たったんです!」
「ほう、では早速皆で遊ぶとするか!待っていろ、倉庫からゲーム機を探してくる。」
リカブさんは嬉々とした様子でそう言い、腰を上げた。
「…この家、ゲーム機あったんだ…。」
リビングから立ち去るリカブさんの背中を目で追いながら僕は呟く。
9万職員さんと僕の2人だけになったリビングで、僕は続ける。
「なんか…リカブさんの家って何でも置いてありそうな感じしますよね、9万職員さん?」
「ホントですよね〜。少し前に家の中を物色した時は、地下の核シェルターに全自動卵割り機が置いてありましたし…。」
「この家核シェルターあったんですか!?初耳なんですけど!?」
頷きながら話す9万職員さんに、僕は驚きを露わにする。
「…てか全自動卵割り機って何ですか!?絶対手で割った方が早――」
僕が第2波のツッコミを入れる前に、再びリビングの扉が開く音がした。
「待たせたな、最新型ゲーム機…その名も"PlaySwitch5"を持ってきたぞ!」
リカブさんはそう言って、テレビの前に大きなダンボール箱を置いた。
(聞いた事があるようで無い名前だな…。)
「おっ、出ましたねPS5!」
「9万職員さん…パロディでも何でもなくなっちゃうんで、その略し方は控えてもらえると…。」
「…ところで9万、それはどういうゲームなんだ?」
リカブさんが尋ねる。
「えーっと…タイトルは"BLACK FEAR3"、シリーズ化もしている人気の――」
9万職員さんがパッケージに目線を落とす。
「――ホラーゲームですね。」
「…えっ…?」
「ホラゲーか…複数人で同時プレイは出来ないのか?」
硬直する僕を他所に、リカブさんが呟く。
「ソロプレイ用みたいですね…操作キャラが死ぬ度にプレイヤー交代、ってのはどうでしょうか?」
9万職員さんがパッケージの裏を眺めながら答えた。
「成程、それなら複数人で盛り上がれるな!」
「えっ…ほっ…ホラーゲーム…?」
僕はいつの間にか、震える声で呟いていた。
「あっれれ〜?勇者様〜、怖いんですか〜?」
9万職員さんがニヤニヤしながら、僕の顔を覗き込んできた。
「ち…違います…!てか9万職員さん、そんなキャラでしたっけ――」
「安心しろヨシヒコ君!君に順番は回って来ない…私がノーデスでクリアまで漕ぎ着けてやるからなっ!ハッハッハ!」
リカブさんが高笑いと共に胸を叩いた。
「別に…怖い訳じゃないんですけど…」
僕が真に恐れているもの…それはホラゲーそのものではない。
本当に恐ろしいのは、ホラゲーではなく――
・ ・ ・
一帯を埋め尽くす暗闇と、懐中電灯から放たれる一筋の光。
それに照らされて明瞭になる、薄汚れた石造りの壁。
僕達が座るソファの前の、テレビ画面にそれらが映る中、スピーカーからは反響する足音が流れていた。
「うん?何か落ちているな…。」
コントローラーを握りしめながら、リカブさんは呟いた。
リカブさんがコントローラーのボタンを押し込むのに連動して、画面端から腕が伸びる。その腕は地面に落ちていた"何か"を拾い上げた。
【バールを手に入れた】
画面下側にテキストボックスが現れる。
「バールか…何かに使うのか?」
リカブさんは首を傾げながらコントローラーを操作する。
「さっき材木で塞がれた道がありましたよね…。あそこで使うんじゃないですか?」
僕は少し前のゲーム画面を思い返しながら呟いた。
「成程…これで一気に進展しそう――」
「…リカブさん、何か足音が聞こえません?」
9万職員さんが不穏な呟きを零した。
耳を澄ますと、確かに足音が響いていた。
しかし、操作キャラクターは立ち止まったまま…その事実が示すのは、足音の主がプレイヤー以外の何者かであるという事だった。
足音に続き、低い唸り声が耳に届く。
次の瞬間、轟音と共に廊下の曲がり角から金属製のロッカーが吹っ飛んで来る。
ロッカーが壁に打ち付けられ、潰れたスクラップと化す中、"何か"が視界の中に映り込んだ。
影のように真っ黒な身体、煙のように朧気な輪郭線、猛獣のような鋭い目つきを持った何かが……
僕は悟った。この何かが、このゲームにおいてどのような存在なのかを。
「コレは…」
「敵だァーーーーーーーーーッ!!!!!」
リカブさんが目を見開きながら叫んだ。
「多分ヤバいやつですコレ!多分恐らくきっとメイビー!」
9万職員さんはソファの上のクッションにしがみつきながら、焦った様子で言った。
「リカブさん、逃げま――」
「覚悟しろ化け物ぉぉぉぉッ!!!」
「リカブさん!?」
僕が次の行動を提案する間も無く、リカブさんは敵に向かって接近していった。
画面に映り込む右腕は、拾ったばかりのバールをガッシリと握りしめている。
「リカブさん、ソイツは多分倒せな――」
僕は慌ててリカブさんを引き止める。
しかし既に、リカブさんはコントローラーのボタンを押し込んでいた。
「喰らえ、化け物ッ!!!」
…敵の黒い腕が、こちらに向かって伸びてくる。
『あびゃあああああああああっ!!!』
どこか情けない悲鳴がスピーカーから響くと共に、画面は血飛沫のエフェクトで埋め尽くされ、やがて暗転した。
数秒して、画面に"GAME OVER"の文字が浮かび上がる。
「……えっ?」
リカブさんはコントローラーを握りしめたまま硬直している。
「よ〜し、次は私の番ですね〜!」
9万職員さんがリカブさんからコントローラーを取り上げた。
「…えっ???」
…リカブさんは現実を直視出来ていない様子だ。
・ ・ ・
「クソっ、武器を所持していながら敵に敗れてしまうとは…!一体何が足りなかったんだ…!」
9万職員さんがコントローラーを操作する横で、リカブさんは悔しさを露わにしている。
「リカブさん…この手のゲームは大抵、敵を倒しながら進むという攻略は想定されてないんです…。」
僕はリカブさんに向けて、恐る恐る呟いた。
「…つまり、どういう事だ?」
「敵は倒せないように設計されているので、遭遇したら逃げる他に無いんですよ…。」
僕がそう言うと、リカブさんは身体に電流が走ったかのような表情を見せた。
「それでは…我々は無抵抗で蹂躙される他無いというのか…?このゲームは…敵に対して無力である事を是としているのか…!?」
頭を抱えるリカブさんの表情は、絶望に染まり切っている。
「…まあ、ゲームですから…。」
僕は若干呆れつつ、小声でそう呟いた。
「ふっふっふ…まだまだですね、リカブさん…!」
9万職員さんはコントローラーを握ったまま、僕達の方を向いた。
「もうすぐ…僕の番か。」
「気が早いですよ、勇者様…!私のプレイスキルを甘く見ないで貰いたいです!」
9万職員さんは膨れっ面で僕と目を合わせる。
…しかし直後、僕の目線はテレビ画面へと移った。
「あの、9万職員さん…前――」
「――えっ?」
『あびゃあああああああああっ!!!』
…聞き覚えのある悲鳴が響く。
それに気付いた9万職員さんが、テレビ画面を見る。
その時には既に、"GAME OVER"の文字が画面上に浮かんでいた。
・ ・ ・
「ハァ…遂に僕の番か…」
僕は9万職員さんからコントローラーを受け取り、溜め息を吐いた。
「済まないヨシヒコ君…私が不甲斐ないばっかりに…!」
「…余所見したタイミングで襲われるのは聞いてないですよ…!」
…項垂れる2人を他所に、僕は指を踊らせ始めた。
・ ・ ・
「うわっ…この部屋、真っ暗ですね…」
9万職員が画面を指差す。
「この暗闇を探索するのは危険そうだな…ヨシヒコ君、無理そうだったら私に交代――」
「いえ、さっきの部屋に懐中電灯の予備バッテリーがありました。アレを拾えば行けそうです。」
心配そうなリカブの問いかけを、ヨシヒコは遮る。
…リカブは気が付いた。ヨシヒコの目線が…テレビ画面に向けられたまま一切逸れていない事を…!
(何という集中力だ…まさかとは思うが…。)
・ ・ ・
「うわっ…この金庫、鍵がかかってますよ!」
9万職員が再び画面を指差す。
ヨシヒコは無言のまま、画面に現れたキーパッドを操作し始める。
「…勇者様?」
「ああ、道中パスワードのヒントがあったんで…それに従って入力してるだけですよ。」
画面から目を離す事無く、ヨシヒコはパスワードを打ち続ける。
ガチャリと音が鳴り、金庫の扉が開く。
画面にはアイテム入手を通知するテキストボックスが現れた。
・ ・ ・
「…ヨシヒコ君、床が抜けているぞ!」
リカブが叫ぶ。
「それは、この部屋を経由した隠しルートを使えば――」
「何かの暗号みたいなのもありますよ!」
9万職員が画面を指す。
「これは別のヒントと組み合わせて――」
・ ・ ・
【20分後】
「なんか…勇者様、全然苦戦しませんね…。」
9万職員は、淡々とゲームを進行していくヨシヒコを遠い目で見つめていた。
「…ああ、ヨシヒコ君だけでクリア出来そうな勢いだ。ここまで来ると、むしろ苦戦している姿を見たくなってきたな…。」
リカブは半ば呆然としながら、9万職員と目を合わせる。
…その時、9万職員は何かを思い出したかのような表情を見せ、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
「そうだリカブさん…実はですね――」
9万職員さんはリカブの傍へにじり寄ると、耳元で何かを囁き始めた。
「――福引きでこのゲームが当たった時、商店街のおじさんに内容のネタバレを喰らったんですけど…」
「…そのおじさんは鬼畜か何かか?」
「…実は!クリア目前に鬼門があるらしいです!大量の敵があらゆる方向から押し寄せてくる最終関門が…!」
「成程…それはヨシヒコ君のリアクションが楽しみだな…!」
「…2人共、何か話してます?」
ヨシヒコはチラリと振り向き、後方を見た。
「な〜んでもありませんよ!な〜んでも!」
9万職員は満面の笑みで答えた。
「そうそう!余所見してると、9万みたいに隙をつかれてしまうぞ!」
続いて、リカブも満点の笑顔で言った。
…横に座る9万職員は失笑している。
「なら、良いんですけど――」
――その時だった。
バリバリという音と共に、画面端の扉が破砕する。
床板の上に散らばった木屑を、扉の向こうから伸びる無数の黒い足が踏み潰した。
静かだったBGMが、アップテンポかつ不穏なメロディーへと変貌する。
…それは、このゲームのクライマックスを演出しているものに他ならなかった。
「おおっ!遂に出たぞーッ!!!」
リカブは両腕を振り上げ、歓声を上げた。
「クリア目前のファイナルチェイス!ホラゲーの醍醐味と言えばやっぱりコレですよコレ!さあ、勇者様は逃げ切れますか!?」
9万職員はヨシヒコの表情を覗き込む。
……………。
「…あの、勇者様?」
…ヨシヒコは、悲鳴ひとつ発さなかった。
部屋の中には、カタカタとボタンを操作する音のみが空虚に響いている。
――その静寂を食い破るかの如く、画面内に新たな異変が起こる。
操作キャラの向く先…画面の奥の壁に、大きな亀裂が入った。
ほとんど間も無くして、黒い影が壁を突き破り、前方に立ち塞がる。
「挟み撃ちだーーーッ!」
「出ました!初見殺しです!」
外野が幾ら叫ぼうとも、ヨシヒコは顔色一つ変えない。
立ち塞がる敵と、壁の隙間を縫うようにして、画面の中の"ヨシヒコ"は走り続けた。
「あっ…あれ…?普通に…突破して…」
リカブは唖然として、ただ画面を眺めている。
『あの奇妙な館の出口を抜けて30分…俺は振り向く事無く走り続け、遂に見知った街へと帰り着いた――』
スピーカーから、安堵に染まった男の声が響く。
やがて、画面上にはスタッフロールが流れ始めた。
「ゆっ…勇者様?最後のアレは、流石にビックリしましたよね…?」
若干混乱した様子で、9万職員はヨシヒコに問いかける。
…ヨシヒコは軽く息を吸い込み、口を開く。
「いや…ホラゲーって、所詮は人が作った物ですから…。あくまでも、ゲームクリエイターがプレイヤーを驚かせようとしているだけの事ですし…現実的な恐怖を全く感じないんですよね…。敵の動きも割と単調ですし、冷静に対処すれば何の脅威でも――」
「…片付けるか。」
リカブは、死んだ目で呟く。
「はい…。」
9万職員は俯いたまま、PS5の電源を切った。
・ ・ ・
――またやってしまった…!
僕が複数人でホラゲーをすると、いつもこうだ…!
僕は頭を抱えながら、脳内反省会を開催した。
先述した通り、僕はホラゲーが怖いとは思った事が無い。
むしろ、僕のリアクションの薄さ…プレイングの見所の無さから生まれる、この気まずい空気…こっちの方が化け物の何十倍も怖いのだ…!
(でも…怖くないものに対して怯えるフリをするのもなあ…)
…今度、怖がる演技の練習をしてみよう。
僕は、そう決意したのだった――
・ ・ ・
「リカブさん…今度こそ、勇者様が怖がるようなホラゲーを見つけましょう…!」
リビングの隅で、9万職員が呟く。
「ああ。レビューサイトにフリマサイト、あらゆる物を駆使して最恐のホラゲーを見つけてみせる…!」
「ホラゲーで苦戦するヨシヒコ君を…」
「…勇者様のリアクションを見る為に!!!」
リカブと9万職員は、固い握手を交わした。
・ ・ ・
「ヨシヒコ君!今日の夕飯はオムライスだぞ!」
キッチンに足を踏み入れながら、リカブは言う。
「マジですか!?やったー!」
ヨシヒコは歓喜の声を上げ、ソファから立ち上がった。
「じゃあ、私は料理を手伝いますね!」
9万職員はキッチンに向かって歩き出す。
「マズい…ヨシヒコ君!取り押さえろ!!!」
「はっ…はい!」
こうして…平和な(?)日常の水面下で、ホラゲーを巡る戦いは続いていくのだった…。
END…?




