第47幕・傍観論
ゴシック調の広大な部屋。
天井にはシャンデリアが吊り下げられており、部屋の隅には客人用のテーブルとソファが配置されている。
大窓も幾つかあるが、外部の景色は全てカーテンによって遮られている。
幾何学模様が描かれた壁と、壁際に並ぶ数え切れない程の骨董品は、入る者を見飽きさせない。
そんな部屋の真ん中に置かれた、アンティーク調のデスクの前に、アミノは立っていた。
「――以上の理由より、休職届の受理をお願いします。」
アミノは深々と頭を下げ、1枚の書類を差し出した。
デスクによって隔てられた先から、卓上をなぞるように、書類に向かって腕が伸びる。
白くか細い指が、紙の端を摘み、アミノから遠ざかっていく。
アミノは顔を上げ、目の前に座る人物を見た。
そこにあったのは、腰まで伸びた金髪と、木漏れ日のように暖かみのある白い肌を持つ少女の姿。
幼く見える背格好とは裏腹に、スーツの漆黒がその身を包んでいた。
背に流れる髪は生糸のようで、光が波打つかの如く反射している。
少女は、手元の書類を静かに見つめている。
前髪が光を遮り、額に影を落としている。
少し経ち、少女が顔を上げる。
夕焼けのような紅い瞳がアミノを見つめた。
「…成程ね。」
少女は、アミノと目を合わせて呟く。
直後、書類を前方へと放り投げた。
1枚の紙切れは卓上を滑り、アミノの元へと戻っていく。
「…届に何か不備でも?」
アミノの眉間が微かに歪む。
「これを見る限りだと、君は異国の地で巻き起こっている騒動に武力介入する…だから休職したいという事だね?」
少女は頬杖をつき、目を細めてアミノを見上げる。
「間違いありません、その通りです。」
アミノはほとんど間を置かずに回答した。
少女は両腕を高く伸ばし、そして溜め息を吐いた。
「"ハルシアン会長"、これは一国の騒動には留まりません。魔王軍は世界の脅威になり得る…いえ、なっていると言えます。」
「アミノ…3年前に出した声明は覚えているね?」
少女――ハルシアンは、そう語りつつ椅子から立ち上がった。
「…"我々は、如何なる紛争に対しても武力介入を行わない"。私達は研究機関であって、軍事組織ではないんだよ。」
椅子をデスクの下にしまいつつ、ハルシアンはアミノを見る。
「分かるかい?私達は世界を代表する研究機関として、全ての人類に対して中立的であるべきなんだ。」
「…今起きているのは、人間同士の戦争とは異なります。」
アミノは、ハルシアンと真っ直ぐ目を合わせた。
ハルシアンは振り向いて、大窓に向かって歩いていく。
「――モンスターも、元は人間だ。」
ハルシアンはカーテンを掴み、引き開けた。
カーテンレールの擦れる音が響き渡ると共に現れたのは、白い街灯、ビルの窓の明かりが無数に輝く、夜空の下の壮大な摩天楼の姿。
見下ろした先の道路からは、人々の喧騒と行き交う車のクラクションが微かに響いてくる。
「…モンスターも元は、この都市の明かりの中で暮らす人々のように、平凡な毎日を送っていたのかも知れない。」
ハルシアンは、眩しい夜景を眺めながら呟いた。
「人を襲う以上、モンスターの死は仕方が無いでしょう。目の前の脅威から目を逸らす訳には――」
「――誰もそんな話はしてないよ、アミノ。」
ハルシアンは、アミノの言葉を遮った。
「…モンスターが死ぬ事自体はどうでもいい。モンスターの正体…今は一般人に伏せられている話だが、情報統制がいつまでも効く訳がない。
学会に"モンスターの正体を知りながら殺した"という事実が出来上がるのが問題なんだ。」
そう呟きながら、ハルシアンは部屋のカーテンを次々と引き開けていく。
やがて最後のカーテンを開き終わると、ハルシアンは再び口を開いた。
「…魔術に精通する私達が、魔術によってモンスターに変えられた"可哀想な"人間を見捨て、殺したとなると…最早学会の中立主義なんて詭弁も同然…国際的な立場も危うくなるだろうね。」
「――だったら、武力不介入の原則に従って何もしない方が良い。"裏でモンスター化した人間を救う為の研究をしていた"とでも言えば誤魔化せるさ。」
「…モンスターを人間に戻す手立てが?」
アミノはハルシアンの背を眺め、問う。
「無いよ。…魔王を殺す他にはね。」
To Be Continued




