第45幕・消灯する街
夜が来た。
僕はダイニングの椅子に座り込んで、カップ麺を黙々と啜っている。
卓上では災害用ランタンが輝き、開いたテラス窓からは風が流れ込んでくる。
僕は窓の外を眺める。
…あの日、9万職員さんと見た街灯の明かりはどこにも見当たらない。
あの日の景色は、もうここには無い。
賑やかな街道、人々の流れ、営み、笑顔…
全ては、破壊された。
この街は、消灯した。
(なんか…硬い気がするな…。)
カップ麺の食感にふとした違和感を覚え、僕はパッケージに目を移した。
【至高!坦々麺 まろやかマンゴーキュウリ味 熱湯5分】
「熱湯5分…!てっきり3分かと…ていうか、なんでちょっと高そうなカップ麺なんだよ…!?災害用備品の癖に…」
……………
僕の呟きに呼応する人物は居ない。
こんなに静かな夕飯は初めてだ。
薄暗いダイニング、繋がるリビングは、走り回れる程に広い。
…でも、その広さを実感したのも今日が初めてだ。
「…風呂入って、もう寝よう…。」
といっても、電気は使えない。
キッチンのガスコンロも動かなかった事から、恐らくガスも止まっている。
今晩は水風呂になってしまいそうだが――
「――助けて!誰か…!助けてぇっ!!!」
!?
突如として聞こえてきたのは、女性の悲鳴…外からだ…!
僕は食卓に立て掛けてあった勇者の剣(偽)を手にし、階段を駆け下りる。
(モンスターの残党が居たのか…!?クソッ、急がないと…)
靴の踵を踏んだまま、僕は玄関を飛び出した。
・ ・ ・
「離して…!離して下さい!!!」
飛び出した街道の上で、叫び声の主と思しき人物を発見した。
若い女性だ。背後に立つ何者かに、髪の毛を掴まれている。
「…大人しくしろッ!ぶっ殺されてぇのか!!!」
「…やめろ!その人を離せ…!!!」
僕は"何者か"に剣を構え、叫びかけた。
「アァン…?何の用だガキィ…!!!」
「もう一度言う…その人を――ッ!?」
僕が警告しかけたその時、暗闇に沈んでいた何者かの姿が微かに目視できた。
奴は――
(モンスターじゃない…人間だ…!)
2m近くはあると思しき大柄な体格、鋭い目つきとスキンヘッド…立っていたのは、凄まじい圧力を放つ暴漢だった。
「…クソガキが割り込んでんじゃねえ!若気の至りじゃ済まねえ痛手を負わせてやろうか!!!」
暴漢が僕を睨みつけ、怒声を撒き散らしている。
(どうする…?相手は人間だし、勇者の剣で撃ってしまうのは……)
僕の頭の中で躊躇いが生まれる。
「…待てお前、テレビで見た気がするぞ…?確か勇者とか言ってたな…!?」
暴漢が僕を指差し、叫ぶ。
「そっ…そうだ!僕は――」
「弟ォォッ!そいつシメとけェェッ!」
僕が名乗り終えるより早く、暴漢は夜空に響き渡る程の大声を上げた。
「…ギャハハハハ!任せてくだせぇ兄貴ィッ!」
背後から奇怪な笑い声が響く。
直後、僕の両脇の下を細い腕が通り抜けた。
(…しまった!後ろから…!!!)
気付けば僕の上半身は、背後から現れたもう一人の男によって拘束されてしまっていた。
「くっ…離せ…!!!」
「ヒャッヒャッヒャ!さては大した事ねえな、お前?」
僕が辛うじて振り向いた先には、モヒカンヘアと出っ歯が目立つ男の、僕を嘲笑うような表情があった。
「ヒャヒャ、当たり前か…お前ら結局、モンスター共にボロカスに負けちまったんだもんなァ?」
モヒカン男は気味の悪い笑顔を浮かべながら、僕の顔を覗き込む。
前方には、地面を強く踏み込みながら僕の元へ迫り来る暴漢の姿――
「モンスター共から街を守れなかった役立たずの分際で…今更しゃしゃり出てんじゃねえよバァァカ!」
暴漢は僕の目の前まで来ると、拳を振りかぶった。
「ぐっ……!?」
左頬に鮮烈な痛みが走る。
激しい耳鳴りと共に、喉の奥に血液が流れ込んで来る。
暴漢の拳が、揺れる視界の右側へと通り抜けていく。
あまりの痛みに、不意に涙が溢れる。
何とか痛みを堪えようと、ゆっくりと鼻から息を吐き出すと、血の混じった鼻水が流れ出してきた。
「うわっ、汚ねえ!こんな奴が勇者とか、何かの冗談だろ〜!?」
「何も出来ねえ癖に出しゃばった罰だ…!泥水でも舐めてろ、ミジンコクソガキ雑魚勇者ッ!」
暴漢は僕の前髪に掴みかかった。
直後、モヒカン男が拘束を解くと、暴漢は僕を地面目掛けて顔から――叩きつけた。
(『諦めろ』)
顔の激痛に悶える中で、あの時の声がフラッシュバックした。
(『お前は精々、蛮勇といったところだ』)
全身が震える。立つ事が出来ない。
「ッ…ふぅッ…っぐ…ゴホッ…!」
喉に流れ込んだ血液に噎せ返りつつ、左頬を手で抑えながら、僕は顔を上げた。
「嫌だ…こっち来ないで…!」
女性は怯え切った表情で、迫り来る暴漢達と目を合わせている。
「騒ぐんじゃねえ…!俺達はよぉ…モンスター共と違って理性的な人間だからよぉ…!身ぐるみ剥ぐだけで殺したりしねえよ!」
暴漢が女性に顔を近付けて叫ぶ。
「兄貴ィ〜、俺、最近女と縁が無くて…飢えてるんすよね!女に!」
モヒカン男は暴漢に低い姿勢で追従しつつ呟いた。
「なら弟よ…身ぐるみ剥いだ後は…テメェの好きにしちまって構わねえぜ?」
「よっしゃあ!あざっす兄貴〜ッ!」
モヒカン男は飛び跳ねながら、女性の元へとにじり寄っていく。
「…やめろ…やめろぉッ……!」
僕は地に伏せたまま、暴漢達に向かって手を伸ばす。
…僕は…またしても――
(『9万職員さんを……!返せぇッ……!!!』)
――守れない……!!!
「嫌だ…!誰か…誰か助けて!誰かぁぁッ!!!」
「バーカ!こんな夜遅くじゃ、誰も来やしな――」
「 貴様ら…何をしている!!! 」
…その時、街道に怒号が轟いた。
この怒号は…聞き覚えのある声だ…!
「なんだァ…テメェはよォ…?」
暴漢達が目線を移す街道の先…建物の陰から、その人物は現れた。
「俺が先に質問したんだ…何をしている!」
「マワリさん…!」
To Be Continued




