第37幕・絶対零度
「四大魔人から解任する者の名を…宣告する。」
…魔王が口を開いた。
荘厳とした空気に気圧されてか、四大魔人達は固唾を飲んで、跪いている。
その場には、室内であるにも関わらず冷たい風が吹いている。
直前の魔王の声は、反響を繰り返す内に悲鳴のような音に変化していった。
「 ――ヘイリー、お前だ。 」
――魔王による審判は下された。
「……はあ!?」
ヘイリーは叫んだ。
怒りの混じった声色とは裏腹に、その表情は徐々に青ざめていく。
「ウェェェェイ!!!」
ウェルダーは立ち上がり、喜びの感情を口にした。
…場の視線がウェルダーに集まる。
「…さーせん。」
魔王と目が合うなり、ウェルダーは再び跪いた。
「ちょ…っと待ってよ!確かにウェザーの件は失敗だったかも知れないけどさ?それで切り捨てちゃうってのも早計過ぎない…!?」
ヘイリーの必死の弁解が始まった。
「早計ではない…。お前が我が軍に加入して120年…冷静に判断した結果だ。
……お前を司令部である四大魔人の地位に置く価値は無い…とな。」
魔王はヘイリーを見下ろしながら、その弁解を一蹴した。
「これから…次から頑張るから…!私の将来性にももっと目を付けてよ…絶対損はさせないから…!!!」
ヘイリーは一切引き下がらず、抗弁を続ける。
彼女が"四大魔人"の名を失う事をどれ程恐れているか…誰の目にも明らかであった。
「…将来性?我が軍への加入から僅か6年で圧倒的な魔法操作を身に付けたプロミネンス、単独で王都陥落を成し遂げたウェルダー、そして、先代勇者一行を壊滅させたインフィニティ……お前の将来性が…この中の誰に勝るというのだ?」
魔王は変わらず、冷酷に告げた。
ヘイリーは抗弁の余地が残されていない事を悟った。徐々にその表情は歪み、抱え込んだ絶望感が姿を現す。
「嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だっ!!!ここまで来て…雑兵時代に逆戻りなんて…馬車馬の如く働かされる毎日に逆戻りするなんて…絶対に御免だわッ!!!」
ヘイリーは半狂乱になって、ヒステリックに叫び散らした。
魔王はそんなヘイリーを、ただ冷徹に眺めている。
数秒して、魔王は目線を逸らした。
魔王の新たな目線は、アビスに向けられる。
このタイミングを待っていたかのように、アビスが口を開く。
「魔王様…此奴は貴方様の命令に対し、"絶対に御免だ"と言いました…。この叛意を帯びた発言は…明確な反逆行為。この場で粛清するのがよろしいかと…。」
「このっ…クソジジイ…!!!」
ヘイリーはアビスを激しく睨みつけたが、アビスは気にも留めない。
「…そのつもりだ。だが――」
「――この機会に、実験をしておきたい。」
魔王はインフィニティに目線を合わせた。
「…インフィニティよ、ヘイリーを殺せ。四大魔人の座席は…お前自らが用意するのだ。」
魔王はヘイリーを指差して、告げた。
「…仰せのままに。」
インフィニティは無機質な声で返答し、そのままヘイリーの元へ歩み寄っていく。
ヘイリーは向かい来るインフィニティを、憎悪に満ちた眼差しで睨みつけた。
眉間には何重もの皺が集まり、薄氷のように麗らかだった顔立ちは、雪崩の如し圧力を放ち始める。
「ハァ……」
ヘイリーは大きくため息を吐いて、項垂れた。
「はっ…ハハハっ…」
しかしその直後、ヘイリーの口角は一転して吊り上がっていく。
「――そっか…!もうワンチャンスあるじゃん…!私が貴女をブッ殺せば…四大魔人交代の件はパァだわ〜!アッハハハハ!!!」
ヘイリーは高笑いと共に、顔を上げた。その表情は希望と殺意に満ちており、開き切った瞳孔から向けられる視線は、インフィニティ一点にのみ向けられていた。
「魔王様…貴方の判断が間違ってたってコト…証明してあげるわ…!!!」
項垂れたまま、ヘイリーは叫んだ。
…次の瞬間、ヘイリーの後方から風が流れ始める。雪のような白髪が靡くと、水滴が落ちるような音が空間に響き始めた。
その音は何重にも重なり、雨音へと変わる。
「…これは…雨か?」
…肩に落ちた液体を認識したプロミネンスが、不意に呟く。
「否、極低温により凝縮した大気です。」
アビスが答えると、プロミネンスは若干驚いたような表情を見せた。
「大気だと…?」
「…あまり触れない方が良いでしょう。儂等の身にも、凍傷の恐れがありますから…。」
…続いてヘイリーは、拳を開いたまま両腕を突き出した。
流れる風がより一層強くなる。
「"大量絶滅吹雪"!!!」
ヘイリーが叫んだ。
時をほぼ同じくして、幾万もの風船に針を落としたかのような轟音が響く。
空間に極低温の暴風が巻き起こり、インフィニティ目掛けて襲いかかった。
室内は一瞬にして、純白の嵐によって埋め尽くされる。
インフィニティは大渦の中の小魚のように宙を舞い、壁に打ち付けられる。
暴風と共に流れ着いた雪が、壁に押し付けられて積もっていく。インフィニティは、完全に雪に覆い隠された。
だが、まだ止まらない。
「雪遊びは外で…してこそよ…ねッ!!!」
…膨大な雪と、強烈な暴風。二者の重圧によって、遂に城壁は崩壊する。
空いた大穴に吸い込まれるように、インフィニティは外の世界へと吹き飛ばされていく。
ヘイリーは後に続くように、大穴へと飛び込んでいった。
…後の室内に残されたのは、剥がれた内壁の破片と、膝まで埋まるような積雪のみだった。
「………寒ッ」
途端に静かになった空間で、ウェルダーが呟いた。
To Be Continued




