第30幕・話せないコト
街並みは酷く荒れ果てていた。
住宅街の窓ガラスは砕け、生垣は燃え尽き、
石畳にはまだ血の跡が残っている。
戦いに巻き込まれ、翼を失った鴉が、
猫の死骸を貪っている。
…人々は何処に行ってしまったのだろう。
この村を見限り、遠くへ逃げたのだろうか。
…この際、そうであって欲しい。
魔王軍との戦いに身を投じた者達は、皆そう思っているのだ。
・ ・ ・
一夜明けて、村に朝が訪れた。
人々の絶望とは裏腹に、爽やかな風が吹き抜け、空は淡い光を放っている。
「…俺は魔王軍を甘く見ていた。」
砂利を纏った道路を歩く最中、マワリさんは言った。
「甘く見ていた…?
って、急にどうしたんですか?」
そう尋ねると、マワリさんは一呼吸置いて続けた。
「魔王軍…もといモンスターの活動は、
200年程前を期に衰退していたとされる。
…しかしそれは、連中が吹けば崩れる状態に陥っていたのではない…。」
「…裏ではずっと、人類を滅ぼす為の手立てを画策していた……?」
「その通りだ。だが…」
澄んだ風が、乾いた瓦礫の街並みを再び覆い尽くす。
警官帽の鍔を手で押さえるマワリさんの表情は、嵐の前のように曇って見えた。
「マワリさん…?」
「……続きは着いてから話そう。
何より、"ここでは話せない事"も伝える羽目になるだろうからな…。」
「えっと…?はい…。」
・ ・ ・
無限回廊のエントランスに辿り着いた。
開きっぱなしの自動ドアを通ると、職員と街の人々の、慌てふためく姿が目に付いた。
「あ!マワリさーん!」
施設内に入ると共に、四角いレンズの眼鏡を掛けた青年が、僕達の元に駆け寄って来た。
「マワリさん…この人は?」
「僕は魔王軍対策本部所属のアレフ・レシタル。初めましてだね、勇者ヨシヒコ君。」
アレフと名乗った人物は、握手を求めるかのように両手を差し出した。
それに応えるように、僕も両手を差し伸べる。
「何の用でここに来たんだ?アレフ。」
「つい先程、"無限回廊が無限じゃなくなった"と通報があったんですよ。」
そう言うとアレフさんは、廊下の奥を指差した。
「違和感に気付きませんか?」
「違和感って……あっ!?」
僕が見たのは信じられない光景だった。
…踏破に果てしない時間を費やした廊下に終わりが…果てが見えたのだ。
「施設が…縮んでいるのか…?」
マワリさんも怪訝な表情を見せ、廊下の先を見つめている。
「オマケに電気、水道までストップと来ました。職員やここに避難してきた街の人々は皆、既に極限状態ですよ。」
「どうしてこうなったのか…心当たりはあるのか?」
マワリさんが問い掛けると、アレフさんはポケットから1枚の写真を取り出した。
「…これはこの施設の航空写真です。
広い施設ではありますが、この写真を見る限り、精々業務スーパー程度の面積しかありません。
…この施設は、外観に比べて内部が広い、"魔導空間"だったんですよ。」
「"魔導空間"…?」
「"空間魔法"によって生み出された、特殊な空間の事だ。だが、以前の無限回廊のように大規模な物は、他に見た事が無かったな…。」
僕の抱いた疑問に、マワリさんはそう答えた。
「この施設が縮んだ原因は、恐らく空間魔法が解除されたからでしょう。
…この場所は、村の避難所に指定されていたのですが…このままでは、村は路上で野垂れ死ぬ人々で溢れかえるでしょうね。」
「ならば、空間を維持していた魔導士の安否確認、そして新たな村人の避難場所の確保を行う。アレフ、本部に連絡を――」
マワリさんが素早く指示を出す。しかし――
「お断りします、マワリさん。」
―アレフさんは、静かにその指示を遮った。
「…何だと?」
そう反応を零すマワリさんの表情からは、怒りよりも驚きが感じられる。
「僕は、魔王軍対策本部の職員として責務をこなしに来たのではありません。
…マワリさん、あなたに、コレを渡すために来たんです。」
アレフさんは、何かを持った両手をマワリさんに突き出した。
…白い紙、そこには"辞表"の2文字が構えていた。
「辞めちゃうんですか…!?」
「今、人類は存亡の危機に瀕している…。辞めると言うなら、相応の理由を示して貰うぞ、アレフ…!」
傍観していただけの僕が驚いて発した声にも、マワリさんの怒気を帯びた声にも、一切顔色を変える事無く、アレフさんは話し始めた。
「ヨシヒコ君はともかく…マワリさん、あなたなら知っているハズです。
…僕はもう、誰も殺したくないんですよ…。」
そう語る彼の表情は悲しげに見えた、が、僕にその言葉の真意は分からなかった。
…ふと真横に目線を逸らすと、そこには雨にでも振られたかのような表情をしたマワリさんの姿があった。
「…魔術学会が公表した調査結果に、"魔力の種子"という物がありましたね。
魔王への忠誠と引き換えに、圧倒的な力を手にする事が出来る代物だと…。
…アレは…もとい一般人に知らされてる情報は、半分本当で半分嘘だったって事…。」
言葉に続けて、アレフさんは僕の目を見た。
ほらね、と静かに呟く声が聞こえた気がした。
「モンスターから摘出した魔力の種子を、死刑囚数名に飲ませる、心臓、肝臓などに埋め込むなどの実験を行った結果、全てが時間をおいてモンスターになった…
村が襲われる前、学会はこの実験結果に基づき"人間がモンスターになる可能性"について言及していました…。
…僕はその日から怖くなったんですよ。
"もしかしたら、さっき殺したモンスターは、昨日まで1人の人間として生きていたんじゃないか"…ってね。」
「アレフ…お前、まさか…」
「…僕はね、ずっと思ってきたんですよ。これまで殺してきたモンスターが、"魔王が無から作り出した木偶人形"だの、"闇から生まれた悪の権化"であって欲しいって。
…笑えますね。そんな物は最初から存在しないってのに…。」
アレフさんの顔には苦笑が浮かんでいた。
…誰の目から見ても、それが作り笑いである事は明白だった。
だが、それより僕は、アレフさんが続けて何か言おうとしている様子を、唇が開く瞬間を目の前にして、首筋に刃物を押し当てられるかのような緊張を感じずには居られなかった。
「…マワリさん、あなた、ヨシヒコ君に何も話してないでしょ?…いえ、ヨシヒコ君だけでなく、民間人や傭兵部隊にまで…。
"全てのモンスターは皆、元は人間だった"…って事を…。」
全て…元は人間…?
僕の頭は、彼の言葉を受け付けようとしなかった。
仲間や人々を傷付け、村を滅茶苦茶にした連中が…元は人間…?
脳内をぐるぐると思考が巡り出して間も無い中、アレフさんは話し続けた。
「…つまるところ僕は、知らず知らずのうちに人殺しの片棒を担がされていたんですよ…。
…いや、傭兵達は今も何も知らずに、"人間だったもの"と戦わされている…。
何より僕は…人々を守るためならある程度の犠牲は…つまり元人間であるモンスターの死は避けようが無い、とでも言いたげな対策本部の姿勢が気に食わない…!
モンスターを人間に戻す手段は存在するハズなのに…!」
「ならば聞くぞ、アレフ。」
暫く黙っていたマワリさんが口を開いた。
「差し迫った脅威を見逃して、民間人を見殺しにする事が正しいか?
"元人間"が魔王の傀儡として、殺戮を繰り広げるのを阻止する事は間違っているか?」
「それは…」
「お前が言っているのは、そういう事だ。」
「……ッ!」
マワリさんは静かに、しかし荘厳に告げた。
アレフさんが狼狽しながら反論する。
「違う…!きっとあるハズだ…!誰も犠牲にならない方法が…」
「アレフ、お前の意思を否定するつもりは無い。だがそれは綺麗事というヤツだ。」
そう言うと、マワリさんはさっき受け取った辞表を突き出した。
「辞めると言うならこの辞表は受理する。
だが…目の前の脅威に背を向けては、守るべきものも守れなくなってしまうぞ。」
…マワリさんは、さっきとは打って変わって、アレフさんに優しい目を向けていた。
「俺達だって、人々の犠牲は望んでいない。
だからこそ、対策本部は目の前の脅威を排除する道を選んだ。
傭兵達に葛藤を抱かせない為に、人々の間で分断が起こらないよう、"この情報"を伏せる選択をした。
…全て、元凶である魔王に辿り着く為だ。」
そう言い聞かせるマワリさんの手から、アレフさんは静かに辞表を受け取った。
「…もう一度、考え直させて下さい。」
アレフさんはその一言を残し、施設から去っていった。
・ ・ ・
「マワリさん…さっきの…"モンスターは皆人間"という話…。」
「本当だ。学会は"モンスターと人間の生物学的類似点"や"行方不明者とモンスターの目撃事例の数の相関関係"などのデータを基に、モンスターは全て、人間が魔力の種子によって変質した姿だと結論付けた。それは我々対策本部と"一部の関係者"のみの間での秘匿事項とされた。
…さっき言っていた"伝えたい事"は、この事だ…。」
マワリさんは随分と落ち着いた声でそう話した。
「…モンスターを人間に戻す方法は、あるんですか…?」
「…魔力の種子を作り出したのは魔王自身だ。"魔王を倒す事"が鍵になるだろう。
…その上で聞く。例え"元人間"と戦う事になるとしても、君は魔王討伐のためにその力を尽くす気はあるか?」
「僕は……」
頭の中で考えを巡らせながら、固唾を飲む。
そしてやや弱い声で、言葉を発した。
「…モンスターと戦わないと、人々を守れないんだったら…そうする他に無いと思っています。」
「…その答え、覚えておくぞ。」
マワリさんは、そう呟いて歩き出した。
「ここの所長室に向かう。
所長なら9万職員の素性を知っているだろうし、魔王への糸口も掴めるかも知れん。」
そう話すマワリさんの背中を追う僕の心で、大きな不安が渦巻いていた。
(人間がモンスターになる…なら、魔王軍に連れて行かれた9万職員さんは…。)
(まさか…)
・ ・ ・
「…魔王、ヴェンジェンス様。
我々は、貴方の望む物を取り戻しました。
全て、貴方の願いの為…。
"復讐の幕開け"の為に……。」
夜のように暗い森に囲まれ、湿った風の吹きさらす、ドーナツ状の崖の中心の、冷たい黒鉄のように光を弾く巨大な城の前で――
――ある者は跪き、
――ある者は空を見上げ、
――ある者はその表情に笑みを浮かべていた。
…悪夢でも見ているかのように、苦しげな表情を浮かべて眠る、白い髪の女性を連れながら……。
To Be Continued




