第20幕・The stupid
"王都からモンスターが撤退した"
予測されるモンスターへの襲撃への警戒を深め、勇者一行の元に現れた警部、"サンダ・オ・マワリ"。
戒厳令の発令まで半日を切る中、
警備体制を強化するメガバイト村と一行。
全ての人類の覚悟と、モンスター達の悪意は、
両者の視野の外で巨大化していく――
・ ・ ・
「…早速仕事が舞い込んで来ましたね。」
「明日の4時か…。早起きしなくてはな。」
「私がモーニングコールするんで大丈夫ですよ!リカブさん!」
「同じ屋根の下で寝るんだから直接起こせば良いんじゃ…?」
いつも通りズレた調子の9万職員さんの発言を流しつつ、警部が去る前の事を思い出す。
「"魔力の種子"とか言ってましたよね…力を奮うモンスターの裏側にそんな物があったなんて…。」
背筋が冷えるような感覚を覚え、そう呟く。
「…何にしろ我々のする事は一つだ。
襲撃に対する厳戒態勢を整え、村を守り、魔王城の場所を突き止め、魔王を討伐する。」
「ソレ、一つじゃないですよね…?」
「ともかく、明日に備えるとしよう。私が夕飯を作るから、暫く待っててくれ。」
リカブさんはそう言って、キッチンの方向へと歩き出した。
「あっ、僕は食卓の上を片付けますね。」
「じゃあ、私は料理を手伝いますね!」
「ヤメテェ!!!」
キッチンに向かう9万職員さんを慌てて引き留めた。
「…よくやったヨシヒコ君。9万、テレビの続きでも見ていてくれ。」
「えっ…?はい…」
9万職員さんは少し残念そうな様子で、リビングのソファに飛び込むように座り込んだ。
・ ・ ・
「魔力の種子…。"力と引き換えに忠誠に縛られる"…という物ですか…。」
テレビ画面を虚ろな目で眺めながら、9万職員さんは呟いた。
「昔聞いた童話を思い出しますね〜。勇者様は知らないでしょうが…。」
「童話…ですか…。この世界の童話、ちょっと気になりますね。良かったら聞かせてもらえますか?」
僕は興味本位で質問を持ち掛けた。
「勿論です。その童話は、"賢者"と6人の人間が主役のお話でして…。」
「ああ、"賢者と6人の愚者"だな。」
キッチンの方からリカブさんの声がした。
器用にフライパンの上で焼けた卵をひっくり返している。
「…賢者って、"神に準ずる存在"って言ってましたよね…。童話の主役にもなってるんですか?」
調理の音にかき消されないよう、少し大きな声で問い返す。
「その通りだ。そして、"この世界最初の魔導士"ともされている、伝説の存在だ。」
リカブさんはフライパンから焼けた卵を放り投げ、ケチャップライスの乗った皿で綺麗にキャッチして見せつつ、答えた。
(…夕飯はオムライスかな…。)
「…"賢者と6人の愚者"、通称"ケンロク"は、とにかくメディア展開が活発でな。
本棚にもあるが、コミカライズ作品が長いこと連載しているんだ。」
そう言われて本棚に目をやると、
"ケンロク!"と書かれた背表紙の本がズラリと並んでいた。
一番右の本には"187巻"と書かれている。
「多っ!?どんだけ長期連載してるんですか!?」
「コレでも途中離脱したんだ…。現在は318巻が発売中だ…。」
「メディア展開と言えば、最近アニメ化も決まりましたよね。」
「アニメ化まで!?」
「だが、アニメは少し不安だな…。ティザー映像の時点で作画が不安定だったし、そもそも既にマンネリ化しているコミック版準拠のシナリオなのが…。」
「私は声が解釈違いでしたね…。キャストも見た事ない名前ばかりですし、新人声優の育成に利用されてるとしか…。」
「メディア展開で事故ってるのは分かったんで…内容を教えてくれませんか…?」
呆れきった口調で僕は言った。
自分では見えていなかったが、表情もかなりの呆れ顔になっていた事だろう。
「ああ、そうでしたね――」
・ ・ ・
――遠い昔、
世界は6人の暴君によって支配されていた。
暴君達は、人々を支配下に置き、意のままにするために破壊と殺戮を繰り返し、罪無き民達を恐怖の底に陥れた。
やがて暴君達は、唯一手中に収まらない
"海"を我が物にしようと結託した。
海原の島々に住む人々は戦火に呑まれ、
泳ぐ魚達は撒かれた毒により死に絶えた。
その時、見かねた"賢者様"が深い眠りから目を覚まし、自身の領域であった深海から地上へと姿を現した。
暴君達は、賢者様を隷属化しようと激しく戦ったが、賢者様の力の前には赤子の如く無力であった。
賢者様は、人々や自然を傷つけた暴君達に罰を与えた。
それは"賢者の呪い"と呼ばれ、
暴君達は"力を正しく使う事"を生存の条件とされた。
それでも自身の力によって人々を傷つけた者は、自由を失い、希望を失い、姿を失い、終いには命を失う、とした。
加えて暴君達は、賢者様によって"愚者"の烙印を押され、人々の目の前から姿を消した。
今でも"6人の愚者"は、
人々や自然に対する罪を償い続けている。
・ ・ ・
「…というお話です。」
「へぇ……。」
僕は食いつくように、質問を続けた。
「賢者…というのは、今も生きているんですか?」
そんな僕に対し、微笑みながら9万職員さんが答える。
「小さい子供のように、純粋な質問ですね。」
「えっ…あぁ…それは……どうも…?」
「賢者はあくまで伝説上の存在です。神から与えられた魔法を、人々に伝えた第一人者だとされています。人類発展への役目を果たし、深海で眠りについたとされていますが…。本当に実在するかは分かりません。
…まあ、魔法の起源は未判明ですし、私は存在してもおかしくないと思いますけどね。」
つまり、神話の類なのか…。僕の元居た世界にも神話はあったが、この世界には魔法が存在する分、こういった話にも信憑性がある…気がする。
「つまりはロマン…という事だな。ほら二人共、夕飯が出来たぞ。」
皿に乗ったオムライスを運びつつ、リカブさんが言った。
…食卓にオムライスが乗せられる。
表面の卵には亀裂一つ無く、まるで玉のような形をしていた。
湯気と共に、香ばしい香りが漂ってくる。
「わぁ…!凄い美味しそうですね!このオムライス…。」
「ケチャップ!ケチャップ下さい!私オムライスにハート描きます!」
横では9万職員さんが、小さい子供のようにはしゃいでいる。
「まあ待て、まず先にすべき事があるだろう。」
リカブさんはケチャップを机から取り上げて言った。
「あ、そうでしたね!」
9万職員さんはパチン、と両手を合わせた。
僕もそれに続く。
「「「いっただっきまーす!」」」
食卓に3人分の、食材への感謝が轟いた。
(ん…?"いただきます"の文化って、この世界にもあるのか…?)
…魔法の概念然り、もしかしたら何処かで、元居た世界と繋がっているのかもしれない。そんな事を考え込みかけたが、空腹状態でオムライスを前にして、理性を保てる訳も無く…思考は脳の片隅から弾き出された。
まずは食べよう。考えるのはそれからでいい。
僕はスプーンを手に取った。
・ ・ ・
「見て下さい!ハート描けました!」
「私も何か描くとしよう。次、貸してくれ。」
「二人共…冷めちゃいますよ〜?」
僕はケチャップアートではしゃぐ2人を横目に、スプーンを口に運んだ。
…!?
蕩ける程に柔らかい卵の食感に、最大限引き出された黄身のコク…。
そして弾力のある米粒に、卵の風味と潰し合う事の無い程良いケチャップの酸味…。
ああ駄目だ、義務教育すら終えていない僕には語り尽くせない…!
「う…美味すぎる…!美味いです!世界獲れるレベルですよ!」
「ハハハ、褒め過ぎだよ。ヨシヒコ君。」
「いや…ホントに美味いですってコレ…」
気付けば僕の語彙は、"美味い"以外の表現が消滅していた。
「見て下さ〜い!ハート〜!
…の真ん中にナイフを入れていきま〜す!」
9万職員さんがケチャップで描かれたハートを両断しながら騒ぐ。
…うん…アレは無視するとしよう。
「さて2人共、明日からは村の警備だ。
この村を巡る戦いも近い。今夜はしっかり休むんだぞ。」
「私もこの村にはお世話になりましたからね〜
何がなんでも守り抜くつもりです!」
「そういえば2人共、この村にはどれ位…?」
僕は興味本位での質問を持ち掛けた。
「ふむ…私は4年だな。」
「4年…?意外と短いんですね…。」
「昔、外国に住んでいてな。ある日その国に嫌気が差して、ここまで越して来たんだ。」
何かを懐古するようにリカブさんは話した。
「外国、ですか…。それで、9万職員さんは?」
「私は6年ですね。」
「…もしかして、2人共移住してきた感じですか?」
「どうだったんでしょうね…?
私にはココに来る前の記憶が無いので分かりませんが…。」
9万職員の唐突な爆弾発言に、食べていたオムライスが気道に入り込んだ。
「ヴッ…そっ…それってゲホッゴホォ…」
「記憶喪失…というヤツか」
「ゴホッ9万職…員さゲッホゴッホ…そんな事があったんですね…。」
「大丈夫かヨシヒコ君?水、あるぞ。」
「ありがゲホッゴホォ…」
「つまり…この村の思い出は私の全てなんです。だから、何がなんでも守りたいと思ってるんですよ。」
9万職員さんは食器を握る手を止めて、そう言った。
「ゴクッ…成程…。」
9万職員さんの過去と意思を照らし合わせて、それから妙に納得しつつ、食事を再開した。
「アレ?リカブさん、オムライス食べないんですか?私が貰っちゃいますよ?」
9万職員さんの声に反応し、僕はリカブさんの皿を覗き込む。
そこには、リカブさんそっくりの肖像画がオムライスの上に描かれていた。
「いやいやいや!何ですかこれ!?」
「自画像だ。」
「知ってますよ!無駄にクオリティ高くないですか!?」
「凄いですね〜!美術館にでも展示して貰いましょうよ!」
「腐るだろ…。」
9万職員さんの言葉を流すと、リカブさんはオムライスをスプーンで掬った。
「…ああ勿体無い…。」
思わず惜しむ言葉が飛び出してしまった。
「せめて写真にでも撮れば良かったんじゃないですか?」
9万職員さんも同じ気持ちのようだ。
「まあ、そう悲観するな。また作ればいいのだから。」
「2度も作れるクオリティには見えませんでしたが…?」
・ ・ ・
「さて、食べ終わったら食器を運んでくれ。」
「はい……ってああっ!!!」
「どうしました勇者様!?コックローチでも出ましたか!?」
「何ィ!?コックローチだとぉ!?私のゴキジェットで粉砕してやろう!」
殺意に満ちた表情で、スプレー缶を持ったリカブさんがスライディングしてくる。
「…いや、勇者の剣、お湯に浸けっぱなしで…。」
「ああ、それか…。2時間位経ったんじゃないか…?」
「ふにゃふにゃになってるかも知れないですね…。」
「最早完全にカップ麺じゃないですか…。」
カップから勇者の剣を拾い上げる。
「良かった…何とも無さ――」
次の瞬間、勇者の剣が手から滑り落ちた。
…いや、滑り落ちたのではない。
"巨大化した"。手では持てない程のサイズに。
…軽く3mはあるだろうか。床と天井に突っかかり、大きなヒビを形成している。
「えっと…コレは…?」
戸惑いながら呟く。
「…浸け過ぎましたね…。勇者様。」
・ ・ ・
「…ひとまず、勇者の剣はベランダで干しておこう。明日には乾燥して多少縮んでるかも知れないしな。」
ひび割れたフローリングを遠い目で見つめながら、リカブさんは言った。
「すみません…。何かもう色々と…。」
「気にするなヨシヒコ君。今日はもう休むとしよう。寝室に2人分布団を敷いておいたから、それぞれどっちを使うか決めてくれ。」
リカブさんはそう言うと、リビングの隅の階段を登り始めた。
「寝室は3階にある。着いてきてくれ。」
「この家、一軒家なのに3階建てって凄いですね…。」
「3階!?やった〜!窓からの景色が見たいです〜!」
9万職員さんは我先にと、先に登り始めていたリカブさんを抜かしながら階段を駆け上がる。
まだまだ体力が有り余っている様子だ。"枕投げしよう"などと言い出しても違和感が無いレベルに…。
僕は疲労困憊だというのに…事務仕事が主なハロワ職員とは思えないタフさだ…。
僕はそんな事を考えつつ、2人を追うように階段へと踏み出した。
3人分の足音が、家の中に響く。
やがて1番最後に階段を登り切ると、目の前には開いた扉があった。
扉の向こうでリカブさんが手招いている。
「ヨシヒコ君、ここが寝室だ。」
…寝室に足を踏み入れて、まず目に付いたのが、どう見ても1人用のサイズじゃないベッドと、床に敷かれたマットレスだ。
それらを覆うシーツと布団には、汚れ一つ見つからない白さだった。
こんなに大きいマットレスを置けてしまう部屋なのだから、言わずもがな広い。
…リビング含め、他の部屋もかなりの広さがあったが、寝室まで広いとなっては、この家の良い意味での異常性を認める他無い。
広さの象徴と言うべきかは分からないが、部屋の隅には観葉植物と、大量の漫画らしき本が並べられた本棚の数々があった。
極めつけにはテラス窓から出られるベランダ。一般的な家屋よりも高く造られているお陰で、ここからメガバイト村の夜景を一望できる。
まるでリゾートホテルの一室だと錯覚しそうになる程、居心地の良さそうな空間だった。
「リカブさん!勇者様!このデカ過ぎる枕で枕投げしましょう!"スリープ・オブストラクター"と呼ばれた私の底力をお見せします!」
「9万…君が掴んでいるそれはマットレスだ。」
…僕が寝室の広さに圧倒されている横でも、9万職員さんは平常運転だ。
疲れた僕には、枕もマットレスも花の咲き乱れる楽園にしか見えないというのに…。
「…枕投げは楽しそうだが、明日は早いからもう消灯するぞ。」
そう言うとリカブさんは、部屋の電気のスイッチを切った。
僕は布団に身を包み、静かに目を閉じる…
To Be Continued




