第2幕・夕暮れの決意
「…次は重曹2kg…通谷!重曹2kg!」
「ああ…はいはい…」
班長の指示に従う通谷先輩がちらりと視界に映る中、素早くドアを潜る。
「班長!先輩!懐中電灯1ダース用意できました!」
「ナイスよ、ヨシヒコ君!」
班長が僕の両腕から懐中電灯を取り上げた。
即座にボウルに懐中電灯を投げ込む。
「はい、通谷!潰して!」
「いや無理っすよ!?」
「アンタの体重ならいけるでしょ?
いけ!通谷!ジャンピングクラッシュよ!」
「ポケモンの技みたいなノリ!?
てか勝手に俺をデブキャラにしないで下さいよ!そもそも班長が痩せすぎなだけで俺は…」
「班長!錆びたハンマーありました!」
2人の論争に割って入る。ハンマーだけに。
「よくやったわヨシヒコ君!貸して!」
班長は素早くハンマーを受け取り、ボウルに入った懐中電灯を機関銃の如く叩き始めた。
「はあ…全く、イエスマンな後輩を持つと苦労するな…。」
溜息をつきながら、通谷先輩が呟いた。
「えっと…もしかして先輩、実験に参加するのが嫌でしたか…?もしそうだったら――」
そう不安気に零した返答はすぐに遮られた。
「いや、コレで良いんだ。
どうせ今の俺に理科部で失う物なんて無いし、むしろガンガン打ち込んでいける位さ。」
通谷先輩ニヤリと笑いながらそう話す横で、秋葉班長が懐中電灯の入ったボウルにハンマーをガンガン打ち込んでいる。
「それに、こうやって、しょうもない事に対して熱心に打ち込んでると、昔を思い出すみたいでさ…。」
そう言うと通谷先輩は、何かを思い出すように目を閉じて俯いた。
(通谷先輩の昔話、長いんだよなぁ…。
…下校時間までに話し終わらなくて2部構成になった時は心底恐ろしかったっけ…。)
「通谷、ガソリン10ml持ってきて!」
危うく回想シーンに突入する瀬戸際、
凍りついた水面を砕くように班長が指示した。
「げっ…話の最中だったのに…。」
(助かった…。)
「ヨシヒコ君、可燃物を使う時は例のテロップ!」
「あ!はい!」
【※良い子は真似しないでね】
「これで良しっと…。」
「これで良しヒコ…。」
一息ついている横で、通谷先輩が呟いた。
「…えっと、呼びましたか?先輩…」
「ああうん…やっぱ何でもねえや…。」
「……?」
何故か、通谷先輩は肩を落として気まずそうにしている。
「次!膨張したリチウムイオンバッテリー!
あと光らなくなったペンライト12本!」
班長は次の指示を繰り出す。
「せいやっ!!!」
掛け声と共に、通谷先輩が100均のペンライトを折り始めた。
大量のペンライトが眩しい光を放ち出す。
「あとは…バッテリーだけね。」
そう呟くと、班長は手元の本を机に置いた。
「どっちか持ってない?リチウムイオンバッテリー…」
――キーンコーンカーンコーン…
「あ、終業チャイム…」
「残念だけど、また明日ね。
…リチウムイオンバッテリーは私が探しておくわ。」
班長と通谷先輩が傾いた壁掛け時計を恨めしそうに睨んだ。
「ふふっ…」
「…?…何で笑ってんすか、班長?」
突如笑みを見せた班長に、通谷先輩が問う。
「…こうやって、皆で実験に熱中するのって、何時ぶりかな…って思ってね。」
「確かに…通谷先輩も、久々に楽しそうな顔してましたよね!」
僕も便乗して、通谷先輩と目を合わせた。
「…それじゃ俺が普段退屈そうにしてるみたいじゃね…?」
「いや、そういう訳では…」
「気にしないでいいわよ、ヨシヒコ君。
通谷がめんどくさい男なだけだから。」
「"めんどくさい"って…班長に言われたかないっすよ…!」
班長の毒舌に、すかさず通谷先輩が反撃する。
「な…何ですってぇ!?誰に向かってそんな事――」
すると逆上した班長が、卓上の錆びたハンマーを拾い上げた。
「ダメダメダメダメダメ!!!」
慌てて班長の前に割り入る。
僕の後ろでは通谷先輩が顔の前に両手を翳して防御姿勢を取っている。
「タンマ!ストップ!暴力反対!
あとヨシヒコ!暴力沙汰になりそうな時は例のテロップ!」
「あっ!はい!」
【※良い子は真似しないでね】
「…ふぅ…全く…。」
班長が深呼吸と共に胸を撫で下ろし、静かに錆びたハンマーを机の上に置き直した。
「…じゃあ、また明日、同じ時間に集合!
そして実験を完成させるわよ!」
「はい!」「ウッス!」
解散が合図されたその時、窓の外の真っ赤な空は暗く染まりつつあった。
飛び去るカラスの群れの翼の音や、帰路につく自動車の走行音。
街の喧騒が薄ら聞こえる中、僕は教室を後にした。
・ ・ ・
「…もう夕暮れなのに…まだまだ暑いな…。」
生徒玄関で、下駄箱の靴に手を伸ばしながら呟いた。
「よ〜しひ〜こ君っ!」
突如溌剌した声と共に、誰かが僕の背中を叩いた。
「うわっ!?」
驚いて振り向いた先には、キラキラと瞳を輝かせる少女の姿があった。
「一緒に帰ろっ!ヨシヒコ君!」
サイドテールを揺らしながら、少女は笑顔のまま歩み寄って来た。
・ ・ ・
いつの間にか夕焼けよりも明るくなった蛍光灯が照らす廊下を、2人の生徒が歩いていた。
「いや〜、それにしても何時ぶりっすかね〜…
真剣に片付けに勤しむ時間なんて…。」
両腕を高く伸ばしながら、通谷が呟いた。
「別に大した事じゃなかったし、ヨシヒコ君と一緒に先に帰っても良かったのよ?」
秋葉は廊下の先を見つめたままそう返した。
「発火したボタン電池と、その炎に突っ込んで突然変異したミュータントゴキブリの始末は十分大した事だと思うんすけど…。」
片付けの間の数分の間に起きた、壮絶な闘いの記憶を通谷は辿る。
「というかあのゴキ、ウチの班の研究テーマに出来たんじゃ…。」
「虫嫌いだし…キモいからやだ」
「そっすか…。」
「…ん?アレは…。」
ふと静かに呟いた通谷は、歩みを止めて下駄箱の前に立つ人物に視線を合わせた。
「…ヨシヒコじゃん?まだ帰ってなかったのか。てか誰かと話して……」
「待って通谷、ヨシヒコ君と話してるアイツ――」
通谷と同じ目線に立った秋葉は、突如血相を変えた。
通谷はそんな秋葉に目もくれず、同じ場所を凝視している。
「女子だぁ!班長!ヨシヒコが女子と話してるっすよ班長!ヨシフィホゴォ!?」
「黙って!!!」
そう小声で怒鳴ると共に、秋葉は持っていた水筒を通谷の口に捩じ込んだ。
「あのさ…ヨシヒコ君。」
覗き込む2人を他所に、少女は話し始めた。
「…この前の話、覚えてる?」
「…覚えてるよ。それで?」
ヨシヒコが下駄箱から手を離し、問い返した。
「…?なんは?ほろはえのははひっへ…。」
「通谷…何て…?」
「はんははおへほふひひふいひょお――」
「うるさい!」
「はひ…。」
物陰の2人は、再び会話に耳を傾ける。
「私の話はね、この前の通り…」
少女は息を吸い込んで話し始めた。
「ヨシヒコ君、私達の班に移る気はない?」
「なっ…!?」
「ほあ!?」
物陰に戦慄が蔓延する傍で、ヨシヒコは静かに口を開いた。
「……僕は…」
To Be Continued