第十六幕・翼の無い鴉
【あれから、マワリさんは男が疲れ果てて気絶するまで30分近く殴られ続けた】
【駆けつけた看護師に連れて行かれる男の顔は、目元を中心に赤く腫れ上がっていた】
「…大丈夫ですか、マワリさん…?」
「何年この仕事をしていると思っている…
1人の人間の悲しみを受け止める事位、俺は厭わないさ。」
「………。」
僕はマワリさんの覚悟に言葉を失った。
マワリさんは顎下まで垂れてきた鼻血を拭き取りながら続ける。
「…君の仲間の戦士、リカブだが…
魔王軍幹部と見られる魔人、"ウェルダー"との戦闘以来、昏睡状態のままだ。
…いつ目を覚ますかも分からない…。
これ程の重症では、戦いに復帰する事も絶望的だろう…。」
「…リカブさんは…そんな簡単にやられる様な人じゃ無いはずだ…。
…マワリさん、そのウェルダーって魔人は、そんなに恐ろしいヤツだったんですか…?」
「ヤツは"鋼鉄の魔人"を名乗っていた…。
その名の通り、攻守共に隙が無いが、それに留まらない…。
…ヤツの"障壁魔法"は、"あらゆる攻撃を弾き返す"性質を持っている。
俺はこの目で見た…。
戦士達が日々鍛え上げた自らの剣技によって命を落とす姿…
魔導士達が全力を込めた幾十ともある光線が、逆に彼らを焼き貫く様を…。」
「…そんなの…あんまりですよ…!
あらゆる攻撃を弾くなんて…抗う術が無いじゃないですか…!」
マワリさんと共鳴するように青ざめていく自分の表情を、心の奥で否定しながら答えた。
「魔法の突破手段は分かっていない…。
…この魔人は、王都陥落にも一役買っていたという調査結果も出ている…。」
マワリさんは、光の無い目付きを浮かべて続けた。右腕がビリビリと震えている。
「…クソォッ!!!」
空を切る音と共に、マワリさんは右腕を自身の膝に振り下ろした。
「人の命を踏みにじったアイツにッ!
仲間達を傷付けた魔王軍共にッ!!!
…どうして…立ち向かう術すら無いんだ…
クソッ…クソがぁッ!!!」
半狂乱になって叫びながら立ち上がり、座っていた丸椅子を蹴り飛ばし__
_息を荒らげ、秘めていた怒りを露わにするマワリさんと目が合った。
「ヨシヒコ少年……。」
まるで人が変わったような、穏やかな視線だった。
「…泣いているのか?」
・ ・ ・
『_メガバイト村における死傷者は6万人、行方不明者は7千人程とされており、現在もその数を増やし続けています…』
『本国、サーバリアン王国内での死者、行方不明者の総計は230万人を超えるとされ__』
病室のラジオからは淡々とした声が流れる。
この一瞬、この場に存在する音はラジオの物だけ。
「…ヨシヒコ少年、君が責任を感じる必要は無い。これは本来民間人である君達に協力を仰がざるを得なくなった__
_そして、人々を守りきれなかった我々の_」
「違うんです…!そういう次元の話をしている訳じゃないんです…!!!」
「…………」
俯いたまま声を張り上げて叫んだ。
「責任の所在とか、誰のミスだとか、そんな話がしたい訳じゃない!!!
ただ…悔しいんです…!!!
村の人達やリカブさんも!目の前で連れていかれた9万職員さんも!何も守れなかった!
…結局僕は、勇者の道を選んでおきながら…大切な物を何一つ守れなかったんですッ!!!」
「ヨシヒコ少年…。」
病室の中をラジオの音声が響き渡る。
涙ぐむ僕の声は、きっともう音の下だ。
・ ・ ・
「俺について来い」
「えっ?」
マワリに手招かれ、ヨシヒコは病室を後にした。
「…まだ悔しいと思えるなら、また戦いたいと思えるのなら…俺について来い。
怪我の方は大丈夫か?」
「まだちょっと…でも何とか歩けます。
でも…何処に向かうんですか?」
コツコツとぎこちない靴の音が廊下に響く。
マワリはそれを遮るように答えた。
「君の仲間の9万職員…目の前で連れて行かれたと言っていたな…。」
「………はい。」
ヨシヒコは目線を逸らしつつ答える。
廊下に放り出された患者達が少し減った事に違和感を覚えながら。
「いいか、ヨシヒコ少年。」
マワリが院内の静寂を破った。
「俺と共に村の入口の警備をしていた者から証言を得た。
"撤退するモンスター達が人間の女性らしき者を背負っていた"と。
同時に聞いた姿の特徴から推察しても、勇者一行の魔導士の"9万職員"である事は間違いないだろうが…。」
病室に居た時とは打って変わって、落ち着いた雰囲気でマワリは続ける。
「不自然じゃないか?
モンスター共は人類の絶滅を目的としている…そんな通説とは裏腹に、9万職員をその場で殺さずに連れ帰った…。」
「…奴等…プロミネンスを名乗る魔人は…去り際に何か言っていた様な気も…。」
「内容を覚えているか?」
「いえ…。」
バツが悪そうにヨシヒコが答える。
「そうか…まあいい。
聞け。これから情報収集に向かう。
結果次第では、魔王軍の今後の動向を予測出来るかも知れん。」
マワリはヨシヒコと目を合わせてそう言った。
「分かりました。それでまずは…。」
「無限回廊…9万職員の身辺を調べるぞ。
魔王軍の狙い…それを知る為にな。」
To Be Continued