第1幕・こんな日常
〈はじめに〉
本作は、作者が中学時代に文化祭に向けて作成した劇「理科部冒険記」のシナリオを原作としたリメイク及び続編小説です。
小説の執筆は本作が初となります故、拙い部分等ございますが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
【2025年7月以前からの読者の皆様へ】
これまで本作は、プロローグ及び原作のリメイクである「理科部冒険記・第零幕」と、その続編を異なるページで連載しておりました。
しかし私は、ページが分けられている事によるストーリーの連続性の分かりにくさを憂慮し、2025年8月を以て、掲載エピソードを1つのページに統合させて頂きました。
既存の読者の皆様にはご不便をおかけしますが、ご理解の程よろしくお願い致します。
眩しいオレンジ色の光が差し込む教室。
終業を告げるチャイム。
風で軋む窓枠と、街中に跋扈する鴉の声。
さよならの一言を残し、その場を後にした。
・ ・ ・
【旧第3理科室】
「こんにちは、先輩」
開けっ放しの扉を潜り、そう口にした。
「おっ!来たかヨシヒコ!」
丸眼鏡の似合う短髪の人物が、こちらに歩み寄りながら応答した。
「早いですね、通谷先輩。
班長はまだ来てないんですか?」
「おう!まだ!」
…彼の名前は"通谷 昴"。
僕の先輩の3年生だ。
そして僕の名前は吉田ヨシヒコ。
公立中学校に通学している。
毎日放課後、理科部で独自の研究に励んでいる………はずだった。
「…ヨシヒコ…お前さ…。」
真剣な面持ちで、通谷先輩が呟く。
向かい合う形で丸椅子に座る僕を見つめながら続けた。
「彼女とか…居んの?」
「居ないです」
「即答ッ!流石だな!」
………。
部屋の中に沈黙が浸透する。
「…告白された事―」
「ないです」
「おおっ!やっぱりか!ハッハッハ!」
(ほぼ一方的に)談笑する通谷先輩を他所に、
横で丸椅子を引く音がした。
「やめなよ通谷。それ以上ヨシヒコ君を弄らないであげな?」
「あっ、班長!」
乱れたストレートヘアと尖った目つき、
常に結び目の緩い蝶ネクタイの女子…
彼女が僕達のグループの班長である
"秋葉 原"先輩だ。
読みが"アキハバラ"なのか"アキバハラ"なのかは分かっていない。
「今日は遅かったな班長!何かあったんすか?」
「まあ…ちょっとね…。」
「よぉし!全員揃った事だし、今日のテーマ決めるぞぉ!」
「…やっぱり雑談の…ですよね…。」
俯いてボソリと呟いた。
威勢よく通谷先輩が返答する。
「あったりめーじゃん!という訳で今日のテーマは…。」
僕達は理科部員。
しかしそれは形式上の肩書きに過ぎない。
…実際の所は、部室で雑談しているだけの放課後仲良しクラブと言ったところだ。
それなのに、名ばかりの部員である僕達を咎める人は誰一人として存在しない。
何故かって?それは…。
「…ずっと気になってたんだけどさ、班長の名前ってなんて読むんすか?
アキハバラ?それともアキバハラ?」
留まらない声で通谷先輩が問いかけた。
「確かに、それ僕も気になってました。」
「………バ……ジン……」
「え?班長なんて?」
「…シュウバ オリジンよ。」
「……えっ?」
衝撃的な回答に頭がフリーズする最中…
「オリジ……ブフォwwwオリジンって……やばぁwwwwwシュウバは……wまだしもwwwオリジ……wwwオリジンって…wwwやべえ腹痛いwwwww」
…通谷先輩は横で笑い転げている。
「…通谷先輩…笑い過ぎ――」
「ああ、もうっ!」
バンと机を叩き、班長が立ち上がった。
丸椅子が膝裏に押し出され、ガタリと床に倒れ込んだ。
「…は…班長!?」
困惑を露わにして、班長の方を向き直した。
「どうしたんすかオリジ…w…班長!」
「……違う…」
「違う?」
机を両手で押さえつけながら震える秋葉班長に、軽く問い掛けた。
「違うの…私が理科部でやりたかった事はこんな事じゃない!」
「こんな事って…毎日仲間と90分雑談して…しょうもない事で笑い合って…で、帰る。
それだけで十分楽しくないすか?」
通谷先輩が変わらぬ調子で反論する。
「…楽しくないか?…って、楽しい訳無いでしょッ!!!」
「まあまあ…落ち着いて班長…」
慌てて班長を宥める為に立ち上がった矢先、
班長は部屋の奥を指差した。
…そこには夕焼けに照らされながら散る埃、
チカチカと点滅する蛍光灯に、
積み上げられた錆びた実験器具――
――そして、誰も居ない理科室の姿があった。
「…2人も分かってるでしょう?
ウチの理科部は超実力主義…碌に成果を上げられない班は消される…活動場所を隔離された挙げ句"無かったことにされる"の…。
文字通りの幽霊部員である私達に与えられるのは、物置部屋と化した旧第3理科室と、
使いようのないオンボロの器具だけ…。
顧問には見捨てられ、他の部員に背に指差されながら送る学校生活…。
…こんな惨めな日常、誰が楽しいなんて思うのよ…。」
「…班長…。」
「…そんな事言われたってさあ…。
顧問を見返せるような実験なんて思いつかないっすよ…?俺…。」
頬杖をつきながら、眉をひそめて通谷先輩は言った。
「通谷先輩…メントスコーラの実験してた時の集中力は凄まじかったですよね…。」
「あん時は認められると思ってたんだ、努力の結晶とも言える実験成果がな。
顧問が実験名だけ読んで突き返すモンだから、俺、すっかり萎えちまったよ…
…とにかく班長、実験内容のネタは出せないっすよ」
「…なら通谷、それからヨシヒコ君も。
…一つ質問するわ。」
班長は頭を掻き毟りながら、その場に立って僕らを見下ろした。
窓から差し込む夕焼けが逆光となり、班長のシルエットを醸し出している。
…ついでに、頭髪から散るフケも。
破壊された夕焼けのドラマチックに目を細める中、班長が口を開いた。
「…"サイエンティスト"って、どんな人間を指すと思う?」
「科学者!」
「それ、和訳しただけ…!」
通谷先輩の回答に、脊髄反射で返答した。
「…サイエンティストってのはね…
失敗を恐れずに挑戦を重ねる勇気と、
常識を疑う探究心の持ち主…
そんな人間の事だと思うの。」
「……つまり、何が言いたいんです?」
通谷先輩が問い掛けた。
「世の中にはね、"理解の領域"と"不理解の領域"の他に、"誰も試していない領域"が存在するの。」
そう言いつつ班長は、ある一冊の本を取り出した。
その本の表紙はボロボロで色が剥げており、B級ホラー映画のような悍ましいデザインの表紙が顔を見せている。
タイトルは、"超越科学手記"。
「…それ、絶版になったオカルト本じゃないですか?」
「知ってるのか、ヨシヒコ?」
「この前出版社の倒産がネットニュースになってて、記事に載ってたんですよ。」
「マジすか班長…遂に迷信じみたモンにまで手を出すなんて…幾ら何でも追い込まれ過ぎっすよ…。」
呆れたまま肩を竦める通谷先輩とは裏腹に、
班長の顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。
「甘いわ通谷…コレが"誰も試していない領域"…科学における人類未踏の地なのよ…。」
「はあ?何言って…」
「迷信だから…結果が読めているから何?
その程度の理由で挑戦の価値を見失う人間に…栄光も発展も…ある訳ないでしょっ!」
班長は突如火でもついたかのように、素早くページを捲り、本を180度ひっくり返した。
項を指差す班長の眼を見つめると、まるでそこに暴風でも吹き荒れているかのような、激しい熱意が感じられた。
「地動説は、天動説を疑った人間がいたから証明された!
雷は神の怒りでは無いと確信した人間が、その正体を解き明かした!
…だったら、私だって…
私達にだって、出来るはず…。
新発見は…私の夢そのものだから…!」
「班長…。」
僕は…
壮大な声明を前に肩が竦んだ。身が震えた。
…でも、それ以前に――
「…りましょう」
「…ヨシヒコ?」
「…やりましょう…!皆で!」
――言葉が、飛び出していた。
To Be Continued